8 仮面の少女は海の町で降りた
誤字や不自然な表現などがありましたら、教えていただけると助かります。
エマはリビングのソファに、一晩中じっと座り続けていた。
窓の外を彩っていた都会のネオンは、いつの間にか消えていた。代わりに差し込んできたのは、夜明けの淡い光だった。
最初の淡い光が彼女の顔に差し込んだとき、彼女は体を丸め、慌てて手で目を覆った。
逃げるように、エマは寝室へ駆け込んだ。
いつもの薄暗い部屋。
分厚いカーテンが外を遮り、ベッド脇の小さな明かりだけが、ぼんやりと灯っていた。
エマは冷たい布団に深く潜り込み、ベッドの壁際の影に身を縮めて、ようやく息苦しさから解放された。
張り詰めていたものが切れたように、強い疲労が押し寄せてくる。
次に目を覚ました時、頭が割れそうに痛かった。
カーテンを少し開けると、ぼんやりとした薄暗い黄色い光が差し込んでいた。
……もう夕暮れ時だった。
数秒間、昨夜のことは全部、嫌な夢だったんじゃないか。
そんな都合のいい錯覚が頭をよぎった。
しかし意識はすぐに現実に戻り、部屋は静かだった。
一日一夜。
魔法通信クリスタルは振動せず、玄関のドアが開く音もなく、頭から残存する感知を通じて届く問い詰めや怒りの気配さえもなかった。
何もない。
ルーカスはそうして彼女の人生から消え去った。「なぜ」の一言さえも惜しんで。
「……ふふ」
エマは苦笑いした。
「……これでいい、これで……」
彼女は自分に言い聞かせるように呟いて、机へ向かう。
羊皮紙を広げ、羽ペンを握り、机の前に座った。
筆先は微動だにしなかった。
十年の付き合い。その時間はあまりにも長すぎた。
そして最後に残ったのはたった二行だった。
【ルーカスへ
お望み通り、契約は解除された。
これで終わりよ。もう会う必要はない。
エマ】
寝室のドアを開けると、リビングには誰もいなかった。
エマは手紙を丁寧に折りたたみ、一番目立つテーブルの上に置いた。
エマは人差し指の指輪をくるりと回した。それは生みの母親の遺品で、これが空間魔法の指輪だとは誰も知らなかった。
魔力を注ぐと、指輪の刻印が微かに光った。
エマは黙って、部屋にある自分の持ち物を片付け始めた。
まとめようとして、すぐに手が止まる。彼女の視線は、この家の隅々をゆっくりと見渡した。
本棚の上段には、狼獣の手入れや育成についての本がずらりと並んでいた。クローゼットの隅には、エマの古びた服が数着、その横にはルーカスの服がぎっしり掛かっている。リビングのソファやカーペットも、ルーカスが快適に過ごせるようにと購入されたものばかりだった。
三年前、彼女は故郷から遠く離れた魔法学校に必死で合格し、自分を恥と見なす家から逃げ出した。
しかし、唯一手放せなかったのがルーカスだった。自分が去った後、両親が彼を酷く扱うのではないかと恐れていた。
だから連れてきた。
ルーカスを連れていたため、学校の寮には申し込めなかった。借りられるのは狭いワンルームだけだった。
ルーカスは、低いドアを通るたびに頭をぶつけ、そのたびに不機嫌そうに唸っていた。
ベッドは一つしかなかった。
だからエマは譲った。自分はボロボロのソファに丸まって眠った。
夜になると部屋は静かだった。
狭い部屋だから、目を閉じれば、ルーカスの寝息まで聞こえた。
あの頃のエマは、それだけで幸せだった。
それだけでいいと思っていた。
その後、エマは必死に働いて、ついにこの家を購入した。
高くしたドア枠、一番広い寝室、最も快適なソファ、すべてはルーカスのために用意したものだった。
彼女は、二人で暮らす家を作っているのだと思っていた。
今になってようやく、それは彼女一人の独り芝居に過ぎなかったと気づいた。
エマは最後に、かつて「家」と呼ばれていたこの場所を一瞥した。
至る所にルーカスの痕跡が残っているが、エマのものをもう見つけるのは難しい。
「カチッ。」
背後でドアが静かに閉まった。
彼女は振り返らなかった。
街灯が一つ、また一つと灯り始める。
薄暮の街に、ぼんやりと黄色い光が浮かんでいた。
エマは目的もなく街を歩いていた。
いつの間にか、彼女は中央ホームの端に立っていた。
白い蒸気を吐きながら、巨大な魔動列車がゆっくりと駅へ滑り込んでくる。
彼女の視線は、ホームの向こう側の光景に釘付けになった。
若い召喚士のカップルが抱き合いながら車両から降りてきた。少年は隣にいる小さな風精霊獣の頭をくしゃりと撫でると、精霊獣は嬉しそうな鳴き声を上げ、翼で少年の頬をそっとこすった。
少し離れたところでは、中年の女性召喚士がちょうど降りてきた。彼女の背の高い召喚熊獣が太い腕を伸ばし、ごく自然に主人の重い荷物を引き受けた。
それは温かく、何ものにも代えがたい絆だった。
それは、彼女がルーカスからは一度も感じたことのない、召喚士と召喚獣の間に本来あるべき関係だった。
「おかえり」
「ただいま」
そんな当たり前のものが、今日はやけに遠く見える。
エマは人混みの輪の外側に立っていた。
最初から、そこに居場所なんてなかったみたいに、ふと寒気を感じた。
指先が冷たくなって、息が苦しい。
――だめ、もう無理。
これ以上、ここにいたくない。
エマは逃げるように駆け出した。
すぐ近くにあった小さな雑貨屋へ飛び込む。
顔の大半を隠せる、最も目立たない真っ白な仮面を手当たり次第に掴み、数枚の硬貨を放り投げると、閉まりかけのドアへと急いで向かった。
「ガチャン!」
扉が彼女の背後で閉まった。
列車がゆっくりと動き出し、窓の向こうで街灯が流れていく。光が伸びて、溶けて、色の帯になっていく。
エマは冷たい車内の壁にもたれかかり、ゆっくりとあの仮面を顔にかぶせた。
ざらざらとした素材が肌に密着し、苦しいはずなのに、少しだけ安心した。
これなら、誰にも見えない、泣きそうな顔も、情けない顔も。
窓の外、見慣れた街並み、高くそびえる大学の尖塔、何度も足を止めて眺めたショーウィンドウ……すべてが加速して後方に遠ざかり、次第にぼやけ、やがて深い夕闇の中に消えていった。
エマは何も言わなかった。
ただ、窓の外を見ていた。
列車は未知の彼方へと走り去っていく。車内は穏やかに揺れ、窓の外には次々と移り変わる見知らぬ風景が広がっている。
この先には何が待っているのだろう?
エマはぼんやりと窓の外を見た。
わからない。
何も見えなかった。
心のどこかで、小さな声が聞こえた気がした。
「この先がどうなるかはわからないけれど、少なくとも後ろにある過去よりはましだ」
仮面の下、誰にも見えない場所で、口元がほんの少しだけ緩む。
エマは海のある場所へ行こうと思った。
窓を開ければ海が見え、潮の香りを帯びた海風が感じられる場所。
窓を閉めれば、潮の満ち引きのささやきが聞こえる場所。
そこで、彼女は忘れ方を学び、再び微笑むことを覚えられるかもしれない。
彼女はただ、海の見える場所で、静かに待ちたいだけだった――
いつか訪れるかもしれない、春が訪れ花の咲く日を。
***
家を出てから七日目、エマはまだどこへ行くか決めていなかった。
ただ列車に乗って、降りて、また別の列車へ乗って、街から街へ。
それを繰り返していた。
そして、ある午後、列車がゆっくり止まる。
【まもなく、ヴェルニス駅に到着――】
聞き慣れない駅名だった。
エマが顔を上げると、窓の外は青空が広がっていた。
潮の香りを運ぶ海風が車内に吹き込み、遠くではカモメが空を横切っていた。
なぜか、彼女はふっと列車を降りた。
……
エマは駅を出た。真っ白な仮面が顔の大半を覆っていた。
町の石畳が足元へと続き、両側には名も知れぬ草花が植えられていた。道端のパン屋から香ばしい香りが漂い、風が軒先の風鈴を揺らした。
チリン。
チリン。
空は次第に暗くなっていった。
エマはあてもなく歩き続けた。
その時――
「灯りが点いたよ――!」
前方から突然歓声が上がった。
顔を上げると、光が見えた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
評価や感想、ブックマークなどいただけると、とても励みになります!
明日も更新予定ですので、また読みに来ていただけると嬉しいです!




