62 シャドウファングの真実
月明かりは水のように優しく、海風は穏やかだった。
エマとチャールズは砂浜に並んで座り、素足の足先を何度も波が洗っていた。
あの学園祭での魔物襲撃から、すでに一週間が経っていた。
校内は平穏を取り戻し、傷は癒え、日々は続いていく。
しかし、エマには、今こそはっきりさせておくべきことがあると感じていた。
「チャールズ」と彼女は口を開いた。
「ん?」
チャールズが振り返ると、琥珀色の瞳が月明かりの下で水のように澄んでいた。
「シャドウファング……って何?」
一瞬空気が凍りついた。
チャールズの笑顔が固まった。彼はうつむき、長い間沈黙を守った。
そして口を開いた。
「エマさん、実のところ……僕にも詳しくは分からないんです。
シャドウファングは、古くから存在する巨大な組織です。 僕がそこにいた頃、目にしたのは実験室と地下クラブだけでした。
千年前、召喚獣の地位は今よりもさらに低かったんです。
当時の召喚獣は聖国によって消耗品として扱われ、戦場で命を落とした召喚獣は数え切れないほどでした。
当時の白羊獣の姫様が、聖国王太子との婚姻契約を破棄し、代わりに召喚士協会の少主と平等な婚姻契約を結んだことで、初めて召喚獣の地位は大幅に高まった。しかし、行き届かない部分はどうしてもありました」
「シャドウファング……それは当時、聖国に存在した秘密の召喚獣暗殺組織であり、その存在はすでに千年を超えている」
「彼らは全国各地から才能のある召喚獣の幼獣を集め、基地に連れ帰り、……改造を行っている」
チャールズは一呼吸置き、声を少し低くした。
「彼らの手段は多岐にわたる。薬物、魔法陣、血統の移植。彼らはそれを『潜在能力の引き出し』と呼んでいる。
だが結果として、生き残った幼獣は、もはや普通の召喚獣ではなくなってしまう」
「改造?」エマは胸が締め付けられるような思いがした。
「……うん」
チャールズの声は不気味なほど平静だった。
「成功するまでは、彼らは私たちに読み書きを教えなかったし、善悪の区別も教えなかった。彼らが教えたのはただ一つ、人を殺す方法だけだった」
「僕はその実験体の一人、047だ」
「彼らは幼獣を檻に閉じ込め、三日三晩飢えさせ、それから武器一本と成体の召喚獣を一匹放り込むんだ」
「『お前がそれを殺すか、それとも奴に殺されるか』と彼らは言った……」
チャールズの声は震え始め、その瞳には嫌悪の色が浮かんだ。
「僕は……良い生徒じゃなかった」
チャールズの口元に苦い笑みが浮かんだ。
「手が出せなかった。毎回……できなかった。
放り込まれた召喚獣はそもそも実験の失敗作だったが、たとえ失敗作だとしても、幼獣よりはるかに強かった。毎回、僕は奴らに噛みつかれ、体中傷だらけにされた。
死ぬかと思ったが、奴らは俺を死なせなかった。限界に近づくと、奴らはその召喚獣を引き離し、傷の手当てをしてくれて、それからまた……」
エマはそっと首を振り、涙が音もなく頬を伝った。彼女はチャールズの手を力強く握りしめた。
「チャールズ、もうその話はいいわ。 ごめんね、あれは全部過去のことよ。 もういいよ」
チャールズは顔を上げず、月明かりに照らされた砂浜をじっと見つめていた。
「……でも、奴らはまた来るのです。 シャドウファングは僕を見逃さない。 絶対に」
「それなら戦い続けなさい。ずっと勝ち続けて! チャールズ、怖がらないで。 私が一緒にいるから」
チャールズは顔を彼女の方へ向け、その瞳に何かが揺らめいていた。
「……エマさん、僕は同族を殺したことがないんです」
「うん、チャールズは優しいのね」
チャールズは苦笑いした。
「優しさじゃない、怖さなんです。 もし僕が本当に刀を手に取り、もし本当に同族を殺してしまったら、僕は何になってしまうんでしょう? それでも……また自分に戻れるでしょうか?」
月明かりの下、彼の横顔は紙のように青白かった。
「シャドウファングは深く隠されているけれど、いつの日か……」
彼は遠くの暗い地平線を見つめ、言葉を途切れさせた。
エマの爪は手のひらに深く食い込んでいたが、彼女の声は揺るぎなかった。
「私が一緒にいるわ」
チャールズが振り返ると、琥珀色の瞳の中に、エマの赤い瞳が映し出されていた。
「この先の人生は、このままなのかと思っていた。エマさんに出会うまでは。
エマさんが『家に帰ろう』と言ってくれました。
それは僕の人生で……初めて誰かに『家に帰ろう』と言われた瞬間でした」
「……チャールズ」
エマが口を開いた。声はかすれていた。
「ん?」
「あなたに出会ったあの日、私が言った『家に帰ろう』……それはあなたを可哀想に思ってのことじゃなかったの」
「わかってるよ」
チャールズは微笑んだ。
「エマさんの『家に帰ろう』という言葉には、本当に力がありました。きれいな服があり、温かいご飯があり、ふかふかのベッドがあるのです。
それに、エマさんが僕を待っていてくれています」
彼はうつむき、額をエマの額に寄せ、声をとても小さくした。
「これこそが運命だと思います。
エマさんは、僕に運命づけられた人なんです。
ただの主人でも、僕を保護してくれた人でもないです。 それよりも……一生をかけて守りたい人なんです」
遠くから海風が吹き込み、塩と砂の香りを運んできた。
エマは身を寄せ、チャールズにそっとキスをした。
チャールズは呆然と彼女を見つめた。すると、あのオレンジ色の大きな尾が、また左右に揺れ始めた。
波が押し寄せ、二人の足首を濡らして、また引いていった。
月明かりの下、二人は肩を並べて座り、影が重なり合い、もう離れることはなかった。
過去の傷跡は消えることはない。
しかし、この瞬間の出会いと寄り添いは、これからの残りの人生の道を照らすには十分だった。




