61 バカね、あなたを見捨てるわけないじゃない
チャールズは顔を上げた。
広場では、あちこちに隠れていた学生たちが、次々と顔をのぞかせている。
彼らはエマとチャールズを見つめていた。
その目には恐怖はなく、一命を取り留めた安堵の涙と感謝の念だけが宿っていた。
「エマ先生……本当に赤い瞳だったんだ。すごくきれい! チャールズ、かっこいい――!」
誰が最初に叫んだのかは分からなかったが、その声には泣き声が混じっていた。
そして、さらに多くの声が加わった。
「すごくきれいな目だ!先生、なんでずっと隠してたの!」
「すごくかっこいい――!」
「チャールズありがとう! エマ先生ありがとう!」
チャールズはそれらの声を聞きながら、口元に微かな笑みを浮かべた。
「エマさん……みんな……あなたの目を褒めてるよ……」
「うん」
エマは笑った。頬にはまだ涙が伝っていた。
「聞こえたわ。あなたのことだって褒めてくれてる」
「よかった……」
チャールズは目を閉じ、顔を彼女の首筋に埋めた。
「エマさんの目が……褒められて……よかった……」
「もう話さないで。 たくさん血を流しているわ」
「うん……エマ先生の言う通りに……」
チャールズの声は次第に小さくなっていった。
魔力は尽き、体力は限界に達し、傷口からは血が流れ出していたが、エマの腕の中にいるととても安心できた。
呼吸が徐々に落ち着き、彼は目を閉じ、ようやく安らかに意識を失った。
遠くで、ジョンは廃墟の端に立ち、まだ押し込まれていないスイッチを手に握りしめていた。
彼は瓦礫の中に倒れ込み、互いにしっかりと抱き合っている二人の姿を見つめ、ゆっくりと指を緩めた。
「……クソ野郎」
彼は低く呟いたが、その声には笑みが混じっていた。
「ずいぶん心配させられたよ。まあ、これからはもう使う必要もないだろうな」
本来ならスイッチを破壊するつもりだったジョンは、何かを思いついたのか、突然不敵な笑みを浮かべた。
彼はスイッチをポケットにしまい、のんびりと振り返って、負傷した学生の方へと歩み寄った。
夕日の残光が広場に降り注いでいた。
エマは昏睡状態のチャールズを抱きかかえ、荒れ果てた場所に座っていた。彼女の瞳は輝き、今まさに夕日を映し出していた。
彼女はうつむき、腕の中の穏やかな顔を見つめた。
あの傷跡は消えていたが、チャールズの顔には新たな傷が刻まれていた。
彼は眠りの中で微かに身動きし、顔を彼女の胸にさらに深く埋めた。尾は一本だけ残っており、彼女のふくらはぎにそっと乗っていた。
口からは、まるで「エマさん、僕を置き去りにしないで」と言っているようだった。
エマは一瞬、呆気にとられた。そして、彼女は微笑んだ。
「……バカね。私があなたを見捨てるわけないじゃない」
そう言って、彼女はチャールズをさらに強く抱きしめた。
***
魔物は一掃され、駆けつけた聖国の守備軍には特にやることもなく、負傷者の救助を手伝うくらいしかなかった。
学園祭は中止を余儀なくされたが、もはや誰も気にしていない。
死者3名、重傷者十数名、軽傷者の数は現時点では不明だが、これほどの規模の魔物襲撃にしては、不幸中の幸いだった。
トーマスの住居からは、禁忌の魔法陣の痕跡が発見された。
彼は「公共の安全を脅かした容疑」「魔界への通路を違法に開いた容疑」などの罪で逮捕された。
彼を待ち受けるのは、聖国の法律で最も厳しい裁きである。
夜が更け、負傷者の手当てが終わり、魔物の死体が片付けられた後、ジョンは校内の一番高い塔の上に立ち、遠くを見つめていた。
彼の傍らには、黒いローブをまとった人影が立っていた。
「見ただろう」とジョンは言った。
「あの狐獣は、お前たちシャドウファングの047ではない。 彼はチャールズだ。 エマ先生の召喚獣だ。 今夜、皆を守った英雄だ」
黒いローブの下から、低く重いため息が漏れた。
「……妖狐の血筋が人間の感情によって目覚めた。こんなものは見たことがない」
「今、お前は見たんだ」
ジョンは振り返り、その人影をまっすぐに見つめた。
「戻って、お前の主人に伝えろ。チャールズはもうお前たちのものじゃない」
「それに、シャドウファングはすでに聖国司法省の監視下にある。お前たちは大人しくしていたほうがいい」
黒いローブは長い間沈黙した。
そして、その姿は一筋の黒い煙と化し、夜風に溶けていった。
ジョンはその姿が消えるのを見送り、小さく息を吐いた。
「もしまた来たら……次はセレナが殴るわけじゃない。チャールズの赤い瞳の持ち主が殴るんだ」
「失礼ね」
いつの間にか背後に立っていたセレナが肩をすくめた。
「私はまだ一発くらい殴り足りないわ」
ジョンはセレナの肩の方へ顎を少し上げた。
「傷は?」
「まあ、死なないでしょう」
セレナは自分の肩をポンと叩いた。
「その台詞、毎回聞いてる気がするな。 縁起でもない話はやめてくれ」
セレナは小さく笑って肩をすくめた。
「シャドウファングも、そろそろ終わりだ」
「聖国も本格的に動くでしょう」
「問題は黙って終わる連中じゃないってことだ」
「そういえば、シャドウファングはディヴァーン大学の不名誉だと聞いたけど、一体どういうことだ」
「あらら、情報通のジョンさんでも知らないことがあるのね。 でも、まだ教えないわ。話すには少し早いもの」
「……まあいい。 いずれ決着をつける日が来るだろう。少なくとも、今回は俺たちの勝ちだ」
「赤い瞳と妖獣のおかげか、しばらくは聖国中の噂になりそうね」
ジョンはエマが仮面を外し、赤い瞳でチャールズを目覚めさせたあの光景を思い出した。
「厄介な二人だぜ」
セレナも口元に微かな笑みが浮かんだ。
「ええ。でも、本当に……お似合いの二人ね」
ジョンも思わず笑った。
「……否定はできないな」




