59 妖狐チャールズの暴走
エマは魔力が枯渇し、痛みのあまり座っていられないほどだった。
彼女は無意識に振り返ったが、チャールズは彼女の後ろにはいなかった。
魔物はもう押し寄せてこなかった。
そして、地面に倒れている人々、まだ血を流している人々、負傷した仲間を抱きしめて離そうとしない人々、彼らは皆、顔を上げて空を見上げていた。
亀裂は消え去っていた。
あの白い仮面をかぶった先生が成し遂げたのだ。
泣き出す者もいれば、笑い出す者もいた。中には地面に崩れ落ち、立ち上がる力さえ残っていない者もいた。
「もう終わりなのか……?」
すでに押し寄せていた魔物たちは、まだ広場で暴れ回っていた。
だが、これだけ数が減れば勝利は確実だ。
皆が振り返り、再び戦おうとしたその時、広場に残る魔物はほとんどいないことに気づいた。
チャールズが止まらなかったからだ。
彼はもう止まることができなかった。
「チャールズ……?」
殺戮に興奮していたチャールズは、ぼんやりとした意識の中で誰かが自分を呼ぶ声を聞いた。
誰だろう? とても聞き覚えのある声だ。
「チャールズ……」
またか、本当にうざい。殺戮の邪魔をするなんて。
「チャールズ……私、エマよ」
エマ? エマって誰だ?
魔物を手で引き裂いていたチャールズは一瞬動きを止め、その隙に魔物に激しく尻尾を振り回され、血が滴り落ちた。
エ……
……マ?
エマさん……
チャールズは振り返ろうとしたが、突然動きを止めた。
彼は怖かった。
振り返った時に、エマではなく「獲物」が見えるのではないかと恐れていたのだ。
妖狐の血筋が咆哮している。
彼の意識は、その力に飲み込まれつつあった。
殺せ。すべてを殺し尽くせ。動くものすべてが敵だ。
チャールズは歯を食いしばり、必死に最後の理性を守り抜いた。
「エマさん……」
彼の声はかすれていた。
「近づかないで……僕に……
僕……自分を……抑えられない……」
言葉が終わるや否や、彼は手近な魔物を引き裂き、体は再び外へと飛び出していた。
広場にいる魔物たちは、彼の狂ったような攻撃の下、ほぼ全滅していた。
しかし、チャールズは依然として止まらなかった。
高台の上で、エマは崩れ落ちるように座り込み、手を上げる力さえ残っていなかった。
彼女は金色の炎に包まれたその姿を見つめ、すでに散り散りになった魔物たちを尚も狂ったように攻撃し続ける彼を見つめていた。
彼の後ろ姿を見つめていると、突然、涙がこぼれ落ちた。
「チャールズ……戻ってきて……」
しかし、いつもならエマに気づくはずのチャールズは、どこにも見当たらないようだった。
彼は彼女の呼び声に気づかず、なおも殺し続けていた。
広場上の魔物はついに一掃された。
チャールズは廃墟の真ん中に立ち、金色の炎は依然として燃え盛っていた。
そして彼の視線は、建物の陰に隠れて恐怖の眼差しで彼を見つめる学生たちへと向けられた。
チャールズの体が浮き上がり、九本の尾が空中で舞った。
冷たい金色の瞳が左右に動き回る。彼の目には、震え上がる学生たちと、あの魔物たち……
そこに違いはあっただろうか。
妖狐にはなかった。
「チャールズ……彼はどうしちゃったの……」と、学生の一人が泣き叫んだ。
「彼、もしかして……私たちを攻撃しようとしてる……?」
「逃げろ――」
「だめだ! 彼を校内で暴れさせてはならない! まだ低学年がいるよ。 戦わないと」
「でも、あれはチャールズよ……」
「敵よ!……今は敵だよ……」
明らかに恐ろしくてたまらない。
それでも彼らはチャールズの前に立ちはだかる。
「ごめんね、チャールズ……」
誰かが震える声で呟いた。
涙で目を真っ赤にしながらも、誰ひとり、一歩も退こうとはしなかった。
チャールズはそこに立っていた。
微動だにしなかった。
広場全体が静まり返っていた。
ジョンはチャールズの前に立ちはだかり、鎮静の魔法を放とうとした。
しかし、その魔力はチャールズの体に届く前に、金色の炎に飲み込まれてしまった。
チャールズが振り返り、金色の瞳をジョンに釘付けにした。
一匹の猫獣が素早くジョンの前に立ちはだかった。
「ソフィア、どいて――」
チャールズが手を上げた――
ジョンの手もスイッチに押し当てられた。
「チャールズ――!」エマの声が大気を裂いた。
防護バリアが、襲い来る金色の炎を正確に遮った。
ジョンは振り返りソフィアを引き寄せると、チャールズのそばから逃げ出した。指は震え続けていた。
エマは高台からよろめきながら駆け下りてきた。
彼女の足は震え、魔力が枯渇しためまいが視界を暗くさせ、ほとんど意志の力だけで体を引きずって進んでいた。
彼女はチャールズの目の前に立ち、まさに彼の鋭い爪の真下に身を置いた。
「エマ先生――! 危ない――!」誰かが叫んだ。
しかし、エマは後退しなかった。
彼女は顔を上げ、空中に浮かび、全身を金色の炎に包まれたチャールズを見つめた。
彼は、エマが自分の攻撃を阻んだことに強い興味を抱いているようだった。
さらに数回、炎の攻撃を放ったが、どれもエマに的確に防がれた。
しかし、防ぐたびにエマの頬を涙が伝った。
「チャールズ、私の身を守るために教えてくれた攻撃を、どうして私に対して使うの?」
エマは再び攻撃をかわすと、顔を上げてチャールズを見つめた。
チャールズの瞳から興味はすでに消え去り、今は再び感情のない状態に戻っていた。
あれは彼女のチャールズではない。
彼女のチャールズは、琥珀色の瞳をしていて、彼女に褒められるとこっそり尻尾を振り、悪夢を見ているときはそっと抱きしめてくれ、台所で歌を口ずさみながら料理をし、庭で丁寧に花を植えてくれる。
あのチャールズは、ここにはいない。
「チャールズ、これがあなたが私と契約しなかった理由なの?」
チャールズは反応しなかった。
ただ冷たくエマを見つめ、指先で金色の炎が揺らめき、今にも襲いかかってきそうな様子だった。
エマはチャールズとこれほど長く一緒に暮らしてきたが、チャールズは契約の話を一度も口にしなかった。
エマは、彼が前の主人の影に悩まされているのだと思い、一度尋ねた後はそれ以上触れないようにしていた。
今、彼女は理解した。
妖獣を召喚すると制御が難しくなる。これこそがチャールズの最大の秘密だったのだ。
「彼は今、君の声が聞こえないんだ」
ジョンはソフィアと学生を広場の端まで送り届け、急いで戻ってくると、立ち上がれないエマを支えようとした。
しかし、エマはジョンの手を振り払った。
「そう? チャールズ! 私のこと、もう分からないの?」




