58 破壊と守護の力、妖狐チャールズ
チャールズの脳裏に、ある声がよぎった。
それは遥か昔、シャドウファングのトレーナーが彼の耳元で囁いた声だった。
「047、お前の体には妖狐の血が流れている。 それは街一つを滅ぼすに足る力だ。 だが、お前はそれを使えない。 お前が優しすぎるからだ」
「妖狐の力は、絶体絶命の危機に瀕し、『すべてを破壊したい』という怒りに駆られた時だけ目覚めるのだ」
「お前がこの世界を心底憎むようになった時、お前は無敵になる」
チャールズは、自分がその力を使うことは決してないだろうとずっと信じていた。
魔物を食い止めるだけで十分だと思っていたのだ。
だが、魔物は尽きることがなく、広場の人々は次々と倒れていく。
彼は、学生たちがエマを取り囲んでいるのが本当に嫌だった。だが、もし彼らが死んでしまえば、エマは悲しむだろう。
学生たちが次々と倒れていく光景も、もう見ていられなかった。
あいつらの顔はにはやっぱり笑顔に似合う。
このまま何もしなければ――チャールズは目を開けた。
目を開けると、狂ったように襲い掛かってくる魔物たち、そして背後でまだ必死に結界を張ろうとしている、大切なエマさんが見えた。
琥珀色の瞳の中に、「すべてを破壊したい」という怒りが燃え上がり始めた。
破壊と守護。
力の本質において、おそらく同じことなのかもしれない。
「それなら……よく見ておけ」
チャールズは低く呟いた。
脳裏にセレナがひざまずいた姿がよぎった。死んだ召喚獣を抱きしめて離そうとしない少年。仲間を守るために背中で一撃を受け止めた少女、そして震え続けるエマの姿。
そして彼はずっと固く閉ざしていた扉を開いた。
真っ先に変化したのは、彼の目だった。
琥珀色の瞳は瞬く間に眩い金色へと変わり、瞳孔は細い線のように縦に細くなり、まるで太古の存在がついに目を開けたかのようだった。
次に尾が現れた。
一本、二本、三本……一本増えるごとに、彼の体は金色の光に一層包まれていった。
四本、五本、六本……魔力が嵐のように彼の体から溢れ出し、周囲の空気は肉眼でも見えるほどの波紋となって、四方八方に広がっていった。
彼に近づいた魔物たちは、悲鳴を上げる間もなく、金色の魔力の嵐によって粉々に引き裂かれた。
広場では、誰かが「あれは何だ?!」と叫んだ。
「す、すごい魔力……あれはチャールズか?」
「彼の尾……六本? いや……七本……まだ増え続けている!」
次の瞬間、九本の尾が、チャールズの背後で大きく広がった。
九本の金色の光の尾が、一本一本の尾の先端には金色の炎が燃え上がっていた。
チャールズは空中に浮かんでいた。
彼の耳は長くなり、歯は尖り、指先には金色の鋭い爪が生えていた。
顔には古びた金色の紋様が浮かび上がり、まるで封印が無理やり破られた後に残された痕跡のようだった。
彼はうつむき、自分の手を見つめた。
かつては花を植え、料理をし、本棚を整理することしかできなかったその手は、今や金色の炎に包まれ、破壊的な力を宿していた。
その力は、広場にいるすべての魔物、いや、キャンパス全体さえも瞬く間に灰に変えてしまうほどだと、彼はそう感じ取っていた。
金色の炎が理性を焼き始めていた。チャールズの呼吸が獣のように荒くなった。
広場の魔物たちを見つめながら、チャールズは舌を出し、唇を舐めて笑った。
金色の炎が彼の視界を飲み込んだ。
彼の脳裏に浮かんだ最後の明確な思考。
「……奴らを皆殺しにすれば、それでいい」
九本の光の尾が空中に九本の金色の軌跡を素早く描いた。
チャールズは高台に残ることをすっかり忘れてしまったようで、高台を飛び降りて魔物の群れへと突っ込んだ。
一撃の爪で、一匹の魔物が腰のあたりで真っ二つに斬り裂かれた。
尾を一振りすると、数匹の魔物が炎に飲み込まれた。
彼はあまりにも速く、あまりにも強かった。
「召喚獣」とは思えないほど強く、まるで殺戮の機械のようだった。
「チャールズ、なんだかいつもと違うみたい……」
「ちょっと怖い……」
「召喚獣にこれほどの力があるものなのか?」
「あれは召喚獣じゃない」
いつの間にか、ジョンが広場に来ていた。
彼の制服にはいくつもの裂け目が走り、明らかに戦闘を経験した様子だった。
彼は空に浮かぶ、金色の炎に包まれたその姿を仰ぎ見た。
その眼差しは複雑で、まるでずっと心配していたこと、いつか起こることを知っていたかのような様子だった。
チャールズはやはり、ここまで来てしまったのだ。
「召喚獣じゃない? じゃああれは何だ?」
「九尾の妖狐、チャールズだ」
「妖狐? 妖獣なのか? ありえない、妖獣は絶滅したはずだぞ?」
「まあいいさ、とにかく良いことじゃないか?」
五分はあっという間に過ぎた。
「見て、裂け目が閉じようとしている!」
「陣法が完成する――!」
空の裂け目がゆっくりと閉じ始めた。
銀白色の光が裂け目の端から内側へと収縮し、まだ溢れ出そうとする魔物たちを押しつぶしていく。
「ギィイイイイイ――!」
抜け出す間もなかった数体の魔物は、閉じゆく裂け目に押しつぶされて肉片と化し、悲鳴が次々と響き渡った。
ブーン――!
裂け目は完全に消え去った。
空は再び紺碧を取り戻し、陽光が降り注いだ。
一方、ジョンはその防御を全く顧みず攻撃に徹するチャールズを見つめ、手首に装着した爆発クリスタルのスイッチをそっと触りながら、険しい表情を浮かべた。
数ヶ月前、チャールズが彼を訪ねてきて、冷たい小さな金属片を机の上に置いた。
「これは何だ?」
「爆発クリスタルのスイッチだ。 もし僕が暴走したら、これで僕を殺せる。 よろしくね、ジョンさん」
ジョンは長い間黙っていた。
「なぜエマに渡さなかったんだ?」
チャールズはスイッチを撫でながら、優しく笑った。
「エマさんは押せないだろう? それに、僕もエマさんに押させたくないんだ」




