5 十年の契約、終わりの日
誤字や不自然な表現などがありましたら、教えていただけると助かります。
強烈な酒の匂いが、奇妙な香りと混ざり合い、辺りに漂った。
ルーカスの足取りは少しふらつき、暗闇の中で冷たい青い瞳が周囲を掃き、やがてソファに丸まっているエマに留まった。
その視線は、ほんの一瞬だけ留まった。
まるで道端の空き缶を通り過ぎるかのように、どうでもいい野良猫を一瞥するかのように。
声もかけず、気遣いもなく、深夜の邪魔をしたことへの申し訳なささえもなかった。
ただ一瞥して、彼はあっさりと背を向け、自分専用の寝室へと向かおうとした。
その一瞥…………
その一瞥は今日一日、必死に押し込めていたものが、エマの胸の奥で音を立てた。
理性で押さえつけていた何かが、この無関心な一瞥によって、ついに決壊した。
エマは限界を迎えた。
エマはソファから飛び上がるように立ち上がった。その勢いで、隣にあったクッションを倒してしまった。
ルーカスが寝室の扉の影に足を踏み入れようとしたまさにその瞬間、彼女は彼の背後に駆け寄った。
「ルーカス……」
その声は、彼女自身にも見知らぬもののようにかすれていた。
彼は足を止めたが、振り返ることはなかった。
エマは震える手を伸ばした。
その先にあるのは、薄暗い光の中でも月明かりのように白く輝く狼の尾――彼女が十年間、一度も触れさせてもらえなかった尾だ。
彼女は何も言わなかった。
ただ手を伸ばし、その尾へと触れた。
憧れを満たすためではなく、ただ一つ、確かめたかったのだ。
十年ずっと、彼女は知りたかった。
彼が本当に……そこまで自分を嫌っているのか、と。
指先が、柔らかく少し冷たい毛に触れた瞬間――
「バシッ!」
尻尾が激しく振り払われた! 焼けるような激痛が走った!
エマは感電したかのように手を引っ込めた。手の甲は真っ赤に腫れ上がっていた。
ルーカスは勢いよく振り返った。一歩後退し、敵意に満ちた距離を置いた。暗闇の中で、冷たい狼の瞳は隠すことのない嫌悪の炎を燃やしていた。
「触るな!」
彼の声は低く、冷たかった。
まるで十年前、あの弱々しい子狼が彼女の手を払いのけた時のようだった。
あの時、エマは憐れみから手を伸ばし、彼のふわふわした耳を撫でようとした。
子狼は全身の力を振り絞り、鋭い爪の生えた前足を伸ばして、容赦なく彼女の手を払いのけた。
当時のエマにはその意味が理解できなかった。
今では……それは決して「種の特性」などではなかったのだと分かる。
彼は彼女に触れられることを嫌っていた。
あの時から、十年間ずっと、一度も変わっていなかった。。
「はあ……」
喉の奥から砕けたような苦笑が漏れた。
どうやら、本心というのは「間違った相手」の前では、本当にこれほどまでに安っぽいものなのだ。
顔を上げると、リビングにはとっくにルーカスの姿はなかった。またどこかへ行ったのだろう。
空っぽの部屋には、エマ一人だけが残されていた。
そして、手の甲に残された赤く腫れた跡。それはまるで烙印のように、彼女の十年にわたる片思いを刻みつけていた。
もう泣きたくないけど、ルーカスのための涙は、これで最後だ。
「ポタ……ポタ……」
床に落ちる音が、静寂の中でひときわ鮮明に響いた。
彼女はゆっくりと膝をつき、自分の体を抱きしめた。
「そうか……そういうことだったのか……」
もういい。
本当に、もういい。
エマはルーカスを解放することに決めた。
心臓のあたりに激しく刺すような痛みが走ったが、すぐにそれはほとんど麻痺したような決意に取って代わられた。
エマは深く息を吸い込み、そして吐き出した。まるで胸の奥に残る、ルーカスに関するすべての息吹を、徹底的に吐き出そうとするかのように。
手を上げ、指先に純粋な古式契約魔陣を凝縮させた。それは彼女と彼との間にある、最も根源的な絆だった。
「召喚師エマ・エリアスの名において。」
エマの声が、広々としたリビングに響き渡った。声は驚くほど静かだった。
「ここに、狼獣ルーカスとの本命契約を解除する。」
指先の光が突如として強まり、形のない鋭い刃へと変わり、エマとルーカスを結ぶ、きらめく契約の糸を確実に断ち切った。
「キンッ――」
彼らにしか聞こえない、魂の奥底から響く金属の鋭い音が鳴り響いた。
十年続いた契約だった。
エマのすべての希望と絶望を背負ってきたその契約の糸は、今、その音と共に断ち切られた。
その瞬間――妙な感覚が走った。
「パキッ」
体の奥深くで、何かが裂ける音がした気がした。
十年間彼女につきまとっていた、魔力が流れる時の「重苦しさ」が、この一瞬にして突然軽くなった。
胸を押し潰していた見えない何かが、わずかに緩んだ気がする。
エマは目を瞬かせた。
「……何?」
彼女は自分の手を見つめ、指先が微かに熱を帯びていた。
けれど今は、疲れ切った彼女はそれを考える余裕なんてなかった。
エマは首を振り、その一瞬の異変を錯覚だと決めつけた。
エマはまだ知らない、体の中で固く閉ざされていたその扉が、音もなくわずかに開いた。
たった今、十年にわたる絆をエマは自分の手で断ち切った。
まるで魂の一部が無理やり引き剥がされたかのようだった。
ルーカスとの魔力の繋がりが消え、エマははっきりと感じ取った。
エマの精神世界の片隅に存在していたルーカスの魂の刻印が、完全に色褪せ、光の雨になって消え去ったのだ。
終わった。
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