41 「戦略的撤退」の戦術(1)
シャドウファングの件以来、チャールズはエマに戦闘を教え始めた。
「エマさん、あの時……僕を守るために、空間魔法を使ったんですよね?」
「え? あ……あれね……」
エマは少し照れくさそうに言った。
「実は、あれが初めての使用だったの……それまで、空間魔法に攻撃ができるなんて知らなかったから」
「なるほど。では魔力の本能が、あなたに代わって選択したということですかね」
チャールズが言葉を継ぐと、琥珀色の瞳に一抹の思索が浮かんだ。
「エマさん、あなたの空間魔法の才能は……ご自身が想像しているよりも、はるかに強いのかもしれません」
「強いか……」
エマはうつむいて自分の手を見つめた。
「私はもともと魔法の扱いが上手じゃなかったはずなのに……」
幼い頃の彼女の魔力には、何か仕掛けられていたのだろうか?
彼女の空間魔力は、ルーカスとの契約を解除してから初めて現れたようだった。
なぜだろう?
「エマさん、エマさん?」
チャールズはそっと彼女の手を握った。
「僕はあなたを守りたいです。でも、ある日……エマさんも自分自身を守らなければならない時が来るかもしれない」
エマは顔を上げた。
「ある日? どういう意味? 私の元を去るつもり?」
「万が一に備えて、ということです」
「……わかったわ。 君が教えてくれるの?」
「エマさんが学びたいと思ってくださるなら」
「……それなら、まずは基本を教えて」
エマは少し考えてから、口元にほのかな笑みを浮かべた。
「少なくとも……次に誰かにいじめられた時、自分で殴り返せるように」
チャールズは一瞬呆気にとられたが、やがてフッと笑った。
「はい。お教えしましょう。ただ――」
彼は突然真剣な表情になった。
「エマさん、一つだけ約束してください」
「何?」
「私より前で戦わないでください」
「どうして?」
「だって……」
彼は耳をわずかに動かし、声を潜めた。
「そうすると気が散ってしまうですよ……ずっとあなたのことが心配で、そうしたら勝てなくなってしまいますから……」
エマは彼の赤らんだ耳先を見つめ、思わず笑みをこぼした。
「わかった、わかった。 あなたが先頭で。 私は後ろから拍手しながら応援する、いい?」
「うん! いいです!」
あのオレンジ色の大きなしっぽが、また左右に揺れ始めた。
「……」
海辺の小屋の裏庭には、チャールズがきちんと手入れした空き地があった。
もともと、彼はここでイチゴを育てようと思っていた。
しかし、あの夜シャドウファングが襲来して以来、ここは訓練場と化していた。
「今日は、エマさんに……逃げ方を教えましょう」
「逃げる?!」
エマは目を丸くした。
「敵を倒す方法を教えてくれると思ってたのに!」
「僕がエマさんを守るから」
チャールズは真剣な口調で言った。
「すぐに倒せない敵に遭遇した時、第一の選択肢は常に危険地帯から離れることですよ。エマさんの空間魔法は、逃げるのに最も適しています」
彼は少し間を置いて、こう付け加えた。
「それに、エマさん……あなたの任務は敵を倒すことではなく、生き延びて、家に帰ることです」
「生きて家に帰る……」エマはその言葉を繰り返した。
「そうです。 この庭へ、私たちの家へ戻ることです。
エマさんが無事に帰ってきてくれさえすれば、外にいる敵たちは私が何とかします」
彼の口調は穏やかで、当然のことを言っているかのようだった。
「……わかった」
エマは彼を見つめ、うなずいた。
「じゃあ、逃げ方を教えて――いえ……これは『戦略的撤退』という戦術ね」
「プッ!」
チャールズは笑った。
傷跡だらけの顔に日差しが降り注いでいたが、その笑顔は日差しよりも温かかった。
「僕は空間魔法が使えないから、エマさんに合わせるしかできません。まずは基本から練習しましょう」
そう言って、チャールズは庭の中央にかかしを立てた。
「僕がかかしを攻撃するから、エマさんは僕の攻撃をブロックしてください。
始めますよ」
エマは集中し、指先に銀白色の光が灯った。そして「ドカン」という音と共に、最初は失敗に終わった。
攻撃をブロックできず、かかしに傷が一つ増えた。
エマは唇を尖らせた。
「方向がずれましたね」
チャールズは笑いをこらえながら言った。
「でも、空間を折り曲げる位置は正確でしたよ」
その後、何度も何度も繰り返した。
あの時の危機感がなかったせいか、エマはどうしても防げなかった。
チャールズは少し考え、砂袋に持ち替えた。
「こうすれば緊張感もあるし、エマさんを本当に傷つけることもないですね」
そう言って、彼は手を上げて一つ投げた。
エマはバリアを展開したが、タイミングが少し遅かった。
砂袋は防がれたものの、魔法攻撃のように消えることはなく、そのまま落ちて彼女の頭に直撃した。
エマ……
「……チャールズ、笑わないで」
「笑ってないですよ」
「しっぽが震えてる!」
チャールズは顔を背けた。確かに尻尾の先が震えていた。
もう一度。
今度はバリアを展開するタイミングが絶妙で、砂袋は目の前で止まり、足元に落ちた。
エマはその砂袋をじっと見つめ、2秒ほど呆然とした後、笑った。
「できた!」
「うん」
チャールズは目を細めた。
「エマさん、すごいですね」




