36 日常の幸せ(2)
チャールズは約束通り、すべてをきっちりと整えていた。
早朝、潮風の香りに包まれて目を覚ますと、いつも台所から料理の香りが漂ってくる。
ドアを開けると、リビングの窓からは明るい光が差し込み、床は新品のようにピカピカだった。
中庭に面した大きな窓を開けると、目に飛び込んでくるのは単調な芝生ではなく、チャールズが丹精込めて手入れした花壇、ヒナギク、バラ、そして数本の青く揺れるアイリスが、朝露に濡れて咲き誇っている。
エマが書斎にこもり、複雑な魔法陣や膨大なデータに頭を悩ませている時、チャールズは決まって時間通りに保温弁当箱を持って現れる。
「エマ先生、今日のお弁当です」
彼はエマの手元の資料を隣の棚に移し、弁当を机の上に置いた。
その動きは自然で熟練していた。
傷だらけの顔の奥で、琥珀色の瞳がきらりと輝き、褒めてもらえるのを期待するような表情で彼女を見つめていた。
「新しいソースを作ってみたんです。試してみてください」
「ええ、ご苦労様」
「今日はエマ先生が好きなビーフシチューを作りました。 人参とジャガイモも入れていますよ」
弁当箱を開けると、湯気が立ち上り、香りが漂ってきた。家庭料理の温もりが心を癒やす。
こうした言い表せない気遣いは、過去十何年間、一度も味わったことのない味だった。
エマは一口食べた。
「おいしい?」
チャールズは平然とした口調で尋ねたが、耳はわずかに彼女の方を向いていた。
「おいしいわ」
エマがそう言い終えるや否や、彼女の視界の端で、あのオレンジ色の大きな尻尾が「シュッ」と立ち上がり、まるで勝利の旗のようだった。
チャールズは顔色一つ変えずに食事を続け、まるで何も起きていないかのように振る舞った。
しかし、その尾はすでに抑えきれないほど小さく左右に揺れ始め、床を擦ってサササッと音を立てていた。
エマは笑いをこらえるのに必死だった。
彼女は気づかないふりをした。
なぜなら、チャールズには「喜びは外に見えてしまうもの」だと理解する時間が必要だと分かっていたからだ。
隣のジョン先生は、最初の驚きを乗り越え、今では厚かましくもご飯をごちそうになる「戦略的パートナー」へと変貌を遂げていた。
ある日の午後、彼はまたしても香りに誘われてやって来た。
「チャールズ!君の料理の腕は最高だ!」
彼は牛バラ肉を箸でつまんで口に放り込むと、瞬く間に目を丸くした。
「この牛バラ肉、柔らかくて味が染み込んでる!このスープだけでご飯を三杯食べられそうだ!」
「ありがとう、ジョン先生。先生用も用意してありますよ。玉ねぎは入れていませんから」
チャールズは穏やかに笑いながら、エマに見えないところで、しっぽでジョンを思いっきり叩いた。
「ありがとう!」
ジョンは器用にそれをかわし、そう言いながら待ちきれない様子で蓋を開け、深く息を吸い込んだ。
「うわっ、いい香り! 最高にいい香りだ! この腕前、最高だ!
エマ先生、まるで宝くじに当たったみたいだよ!」
彼はそう呟きながら、自分の分をひと口大きく頬張った。
「うっ——か――」
チャールズは、「辛い!」と言いかけたジョンに、ほほえみかけた。
「お口に合いましたか?」
「……合ったよ」
「それは良かったです」
ジョン: ……
チャールズはケチなやつだ!タダ飯を食わせたくないのか? それなら、あえて食ってやる!
「うまい! エマ先生、食費は倍払います! いや、3倍! これからの昼食はチャールズ君にお任せします! どうか、よろしくお願いします!」
チャールズ「……それなら、全部食べきってくださいね」
ジョン「……もちろん、こんなに美味しいんだから、全部食べなきゃ!」
「最高に美味しい!お腹いっぱいだ!」
食べ終わった後、ジョン先生は大げさに胸を押さえた。
エマは、辛さで腫れ上がったジョンの口元を見て、それから動じることなく笑っているチャールズの顔を見て、黙ってうつむき、食事を続けた。
ジョンはエマに向かって苦しそうな表情を浮かべた。
「エマ、うちのあの猫獣のソフィアってやつ、
見た目は可愛いんだけど、家事は全くダメなんだ。
気性も荒くて、昨日僕が少し遅く帰ったら、ドアに鍵をかけちゃって……外にあるベンチで一晩寝たんだ」
「えっ?!」
エマは呆然とした。
「エマ先生、彼の言うことなんて信じないでください」とチャールズは言った。
「ソフィアさんはとても優しい方ですよ。きっとジョン先生がまた怒られるようなことをしたんでしょう」
「へへへ……」ジョンは頭をかき、反論しなかった。
エマは微笑み、それ以上何も言わなかった。
ジョン先生は幸せなんだろうな。
喧嘩をしても、帰る場所がある。
怒られても待っていてくれる相手がいる。
それはきっと、当たり前のようでいて、とても幸せなことなのだ。
彼女は心の中でそう思った。
そして喧嘩だって、召喚獣が甘えたり親しみを示したりする方法の一つなんだろう。
ルーカスは……喧嘩どころか、召喚獣が主人に対して示す最も基本的な親しみの表現さえ、惜しむようにしか与えてくれない。
喧嘩することさえ、かつては望みすぎだったのだ。
夜、海風が唸りを上げて窓を叩く。
エマはベッドに横たわり、隣から聞こえてくる、規則正しく穏やかな呼吸音を聞いていた。
彼女はもう長い間、不眠に悩まされていなかった。
この小さな家は、いつから、本当の家のようなものになったのだろう?
彼女にははっきりとは分からなかった。
チャールズに初めて起こされたあの朝かもしれない。初めて温かいお弁当を食べたあの昼かもしれない。花壇に青いアイリスが咲いているのを見たあの夕暮れかもしれない。
あるいは、もっと前のことかもしれない。あの雨の夜、彼女がオフィスのドアを開けると、廊下の突き当たりにずぶ濡れのキツネの獣が立っていて、彼が顔を上げ、まっすぐ彼女を見つめていたあの時。
その日から、何かが静かに変わっていった。
窓の外から月明かりが部屋に差し込み、床に降り注いで、まるで銀白色の霜が敷き詰められたかのようだった。
エマは寝返りを打ち、目を閉じた。
明日はチャールズにカレーを作ってもらおう。トンカツを添えてカツカレーにしよう。
今すぐ食べたくなってきた。
そう考えているうちに、エマの口元がほころんだ。
眠くなってきた……おやすみ。




