33 僕を引き取ってくれませんか?
先を歩くエマは、チャールズが何も言わず、さっき階下で見ていたようなおとなしい様子でもないことに気づいた。
ああ、聞こえていたんだ。
ちょっと気まずい。
何か言わなきゃ……とエマは思った。
「髪と尻尾がまだ濡れているわ。 このままじゃ風邪をひくわよ。 自分で拭くのが難しいなら……私が拭いてあげようか?」
きっと断られるだろう。
エマは反射的にそう思った。
「はい、よろしくお願いします」
チャールズは即答した。
「じゃあ、自分で拭いて……え?」
今度はエマの方が固まった。
「ダメですか?」
「い、いいえ……構いませんよ」
チャールズはそれ以上何も言わず、うつむいた。
エマには見えない角度で、口元がほんの少し持ち上がったように見えた。
エマは彼をオフィスに案内し、椅子に座らせた。
柔らかいタオルを手に取り、彼の柔らかくふさふさしたオレンジ色の髪と耳を、慎重に拭いていった。
優しく丁寧に、次は同じくびしょ濡れになった大きな尻尾へと移った。
チャールズは抵抗せず、むしろ彼女の方へわずかに首を傾けた。その動きはごくわずかで、無意識のようだった。
エマは召喚獣にこんなことをするのは初めてで、手つきはぎこちなく不器用だった。
櫛がもつれた毛に引っかかり、エマは慌てふためいた。ドライヤーを手に取ると、熱風が彼に当たりそうになった……
やばい!召喚獣の尻尾は敏感なはずなのに……
案の定、チャールズは全身を硬直させた。
チャールズは、かつてクラブである客に尻尾を触られたことを思い出した。
「なんて柔らかいんだ、この狐ちゃん」
その手は脂ぎっていて、酒とタバコの臭いがした。
彼はその手を折ったが、あの感触は今でも吐き気を催す。
吐きそうになる。
しかし次の瞬間――
「痛かった? ごめんね、もっと気を付けるね」
エマの声だ。優しく、申し訳なさそうに。
彼女の指は温かい。
悪意も、貪欲さもなく、ただ……優しい。
チャールズは体を緩め、片手で顎を支え、まぶたを上げて鏡越しに、緊張した面持ちのエマを見つめた。
エマは本当に謝るのが好きで、召喚獣にさえ謝ってしまうのだ。
ずっとエマをじっと見つめていたことに気づき、チャールズは視線をそらし、わざと彼女を見ないように自分に言い聞かせた。
「い、いいんです、エマさん。 気にしないでください。
私のためにこんなことをしてくださるだけで、もう十分感謝しています」
彼の声には鼻にかかったような響きがあり、頬にはそっと赤みが差していた。
「本当にありがとうございます……本当に……」
耳の先まで真っ赤になったチャールズの頬を見て、エマは口元をほころばせた。
チャールズは自分の前で良い子ぶっているのか? なんだか可愛らしい。
…………やっとできた!
エマは熱い紅茶を一杯、チャールズに手渡した。
そして、生徒たちから贈られた、まだ手つかずのケーキとチョコレートを彼の前に押しやった。
「お腹空いたでしょう? どうぞ」
チャールズは甘い香りを放つ魅力的な食べ物を見つめていたが、手を伸ばそうとはしなかった。
彼はうつむき、両手を固く握りしめていた。
なぜ、自分を引き取りたいと言わなくなったんだ?
もう俺のことがいらないのか?
そんなこと許せない!
俺の主人は彼女しかいない!
彼女の召喚獣になるなら、俺しかいない!
チャールズは突然口を開いた。
「後悔したのか?」
オフィスには窓の外で降る雨の音だけが響いていた。
エマ:「……え?」
チャールズは苛立ちを隠せない様子で大きな尻尾を振り、しばらくしてようやく気持ちを押さえて、顔を上げた。
琥珀色の瞳でエマをまっすぐに見つめ、まるで説明するかのようにゆっくりとした口調で言った。
「エマさん……僕を本当に好きになってくれた人は、これまで誰もいなかった。
僕も別に喧嘩が好きってわけではありません。ただ……抵抗しないと、殴られるから」
チャールズの声はさっきと変わらなかったが、エマは彼の口調がずっと真剣になっているのを敏感に感じ取った。
笑みのないチャールズの顔は、さっきまでの気を使ってひれ伏すような態度を見せていた時よりも、かえってずっと本物らしく、心地よく見えた。
エマはうなずいた。
「うん、あなたがとてもいい人だってことはわかってるわ」
「人」?
エマからそんな言葉を聞くのは、これが初めてではない。
本当に召喚獣を自分と同じ、対等な生き物として扱う召喚士がいるのだろうか?
チャールズはエマの白い仮面を見つめ、ぼんやりとしていた。
エマはチャールズがどうしたのか分からなかったが、彼は慰めを必要としているように感じた。
「ちょっと触らせて」
チャールズは答えもせず、抵抗もしなかった。
そこでエマは背筋を伸ばし、手を伸ばして、試しにチャールズの頭を撫でてみた。
「チャールズはいい子よ。 どうして誰も好きになってくれないなんて言うの? 私は大好きよ」
チャールズは全身を硬直させた。
エマの動きはまるで子猫を撫でているようで、もう少し力を入れれば傷つけてしまいそうな気がした。
自分を好きだと言うなら、なぜ「引き取る」と言わないのだろう?
エマは誰に対しても親切だ。彼はその中の一人に過ぎない。
彼は「その他大勢」ではいたくない。唯一無二の存在、最も特別な存在になりたいのだ。
チャールズは目を伏せ、その思いを押し殺した。
再び顔を上げたとき、その眼差しは穏やかになっていた。
「エマさん、僕……実はすごくできるんですよ! 本当です!
料理もできます。 掃除もできます。 花だって育てられます! 園芸を習ったんです!」
チャールズは必死に言った。
でもそんなこと何の意味がある?召喚獣が示すべきなのはこんなことじゃない。
彼は手を膝の上に置き、傷だらけの手を一瞥してから、再びエマを見上げた。
口調は真剣だった。
「もし……もし戦争が起きたら、僕は必ず……エマさんの前に立ちはだかり、あなたを守るために死んでみせます!
だから……だから…………」
彼の声は微かに震え、小さくなった。
「エマさん……お願いです…… 僕を、引き取ってくれませんか?」
彼はそう言い終えた。
オフィスには窓の外の雨音だけが響き、静けさが漂っていた。
チャールズはうつむき、彼女を見る勇気がないようだった。
受け入れてくれなくても、俺は去らない。
君が私を必要としなくても、俺は君のそばにいたい。
君はいずれ俺の主人になる、俺の主人は君しかいない。
しかし、彼はその言葉を口にする勇気がなかった。
彼は両手を組み、指の関節が白くなるほど強く握りしめた。
彼は静かにエマの答えを待っているだけ。
未来のある日:
「俺は……」
チャールズは言いかけて止まった。
「いや、僕は……」
エマ:「俺?」
チャールズ:「ち、違います!」




