30 偶然という名の計画
誤字や不自然な表現などがありましたら、教えていただけると助かります。
狐獣を探すと言ったものの、どこを探せばいいのだろう?
ミミを世話しているおばあさんは、「あの子は誰かを待っていたみたい」と言っていた。
まさか、私を待っていた?
それでもエマは思いつく場所を、ひとつずつ紙に書き出しリストアップしていった。
召喚獣福祉院、あの街角、大学……ひとつひとつ丸をつけ、あるいはバツを付けていった。
大学に引いた×印が最も多かった。
やっぱり、自分を待っているなんてあり得ない。
エマは研究室に座り込み、途方に暮れていた。
夜、彼女が研究室を出た時には、もう12時を過ぎていた。
頭の中ではまだあの狐獣のことが気にかかっていたが、雨に降られてしまったので思考を一時中断した。
雨粒は細かかったが、顔に当たるとひんやりと冷たかった。
「寒い!この雨、本降りになりそうだわ」
エマはコートをきつく巻き直し、足早に歩いた。
突然、オレンジ色の影が脇の茂みから飛び出した。
飛び出した場所は、まさにエマが通る道だった。
びしょ濡れの大きな尾を引きずり、建物の軒下に雨宿りしようとしているようだった。
あの狐獣?なんて偶然。
こんなところで?
エマの心臓がドキッと跳んだ。
「狐……チャールズくん?」
彼女は思わず小声で呼びかけた。
「えっ?!」
その影は急に足を止め、振り返った。
影の中に立っているエマに、今になって気づいたようだ。
彼は慌ててうつむき、傷だらけの手で必死に顔を隠した。
顔を隠すその仕草は、あまりにも大げさで、まるで「顔を隠してるんだ、見つかるのが怖いんだ」と強調しているかのようだった。
どう見ても「見ないでください」と全力で主張していた。
しかし、彼の声には驚きと申し訳なさが入っていた。
「エ、エマさん!」
「すみません! ただ雨宿りしに来ただけで、ここに人がいるなんて知らなかった……今すぐ帰ります。 ごめんなさい!」
そう言うと、彼は雨の中へ駆け出そうとした。
「ちょっと待って!」
エマは慌てて彼を呼び止めた。
チャールズって、こんなに臆病だったっけ?
エマは少し不思議に思った。
前回会った時は、自分の顔なんてあまり気にしていなかったはずだ。
誰かにからかわれても、歯をむき出して通行人を威嚇していたのに。
しかし、エマにはそれ以上考える余裕もなかった。
チャールズの薄着はすっかり濡れきっており、同じくびしょ濡れの毛並みや尻尾からは、絶えず水滴が滴り落ちていた。
ヴェルニスはすでに冬だった。
海辺には雪は降っていないが、雨は骨の髄まで凍えるほど冷たかった。
凍える彼の姿は、実に哀れに見えた。
「顔を隠さなくてもいいわ、わかってるから」
エマはできるだけ優しい声を出した。
「名前はチャールズだよね?
雨もひどいし、私のオフィスにはお湯があるから、上がってお風呂に入って体を温めて行かない?」
チャールズの体が明らかに硬直した。
顔を隠していた手が微かに震え、迷っているようだった。
二ヶ月も姿を消していたのに、彼女は……まだ自分を必要としてくれるのだろうか?
彼は召喚獣福祉院で、彼女が迎えに来てくれることを期待していた。
だが、待っていたのは「気性が荒くて醜い狐獣なんていらない」という言葉だった。
彼はこの言葉を信じなかった。
だが……もしや?
「お風呂に入りたくないなら、温かいお茶でも飲んで。濡れた服は着替えてね。そのままだと風邪をひくわよ」
数秒後、チャールズはようやく少しずつ手を下ろし、濡れた琥珀色の瞳を覗かせた。その瞳に一瞬、興奮が走った。
茂みの中であれほど長く待った甲斐があった。
興奮が収まると、彼は素早く表情を隠し、軽く頷いた。
「それ……では、お手数をおかけします」
エマはチャールズを見つめた。
とても礼儀正しいんじゃない?聞いていた話と違う気が…
彼女は振り返って先導し、その際、チャールズの指が傷だらけであるだけでなく、指関節には普通の召喚獣には見られない分厚いタコができていることに気づいた。
召喚獣の保護施設で暮らしているはずでは?
どうして手に、長期間武器を握り続けたような痕があるの?
「あなた……」
エマは一瞬ためらったが、結局口には出さなかった。
チャールズは彼女の視線を鋭く捉え、無意識に指を縮めながら、小声で言った。
「昔……少し護身術を習ったことがありまして。大したことじゃないですよ」
彼はうつむいた。
その表情は、「習った護身術」を思い出しているようには見えなかった。
エマはそれ以上問い詰めなかった。
彼女には、その眼差しがあまりにも馴染み深かった。
それは、自分の過去を心の奥底に葬り去ろうとする、絶望的で無益な眼差しだった。
なぜなら、彼女自身もそうだったからだ。
彼女はそれ以上何も言わず、チャールズを連れてオフィスへと入った。
礼儀正しいチャールズは、オフィスへ向かう道中、ずっと距離を保ち、いつでも逃げ出せるような姿勢を崩さなかった。
……
エマは少しだけ不安になった。
二ヶ月も待たせてしまったのだ。
もしかすると嫌われているかもしれない。
しかし、エマは振り返らなかった。
もし振り返っていたら、彼女は気づいただろう。
さっきまで「慌てふためいていた」あの狐が、貪欲とも言えるような眼差しで、彼女の背中をじっと見つめていることに。
その眼差しには期待と緊張、そして「ついにこの瞬間が来た」という執念が込められていた。
するとエマは足を止め、振り返りそうになった。
チャールズは瞬時に表情を消し、再びあの「用心深い」狐獣に戻った。
エマは鏡のような水たまりを一瞥したが、振り返らなかった。
彼女はただ言った。
「足元に気をつけてね。水たまりがあるわ」
「……はい」
チャールズの声はウサギのように従順だったが、心臓は激しく鼓動していた。
オフィスに入り、明るい照明の下で、エマは初めて彼の今の姿をこれほど鮮明に見つめた。
二ヶ月ぶりに会ったチャールズはさらに痩せていた。
エマはため息をついた。
やはり飢えていたのだろうか?
少年と青年の間のような体つき。
エマの生徒たちとほぼ同い年、20歳くらいだろう。
顔の輪郭にはかつての端正さが微かに残っていたが、無数の恐ろしい傷跡が枯れた蔦のように両頬に広がり、すべての美しさを台無しにしていた。
びしょ濡れの髪が体に張り付き、彼をより一層痩せ細って哀れな姿に見せていた。
チャールズはそこに立ち、うつむき、両手を体の脇に垂らしていた。まるで先生に職員室に呼ばれた生徒のように、おとなしくしていた。
しかしエマは見えた。
彼の視線が部屋の中を素早く走っていることに――ドアの位置、窓、隠れられる隅々まで。
それは「おとなしい」人間がする行動ではない。
エマはチャールズの警戒に気づかないふりをした。
「シャワー室はあっちよ。中に新しいタオルがある。お湯は好きなだけ使ってください」
エマは方向を指さした。
「ああ、ありがとうございます、エマさん!」
チャールズは再び深くお辞儀をすると、シャワー室へと駆け込んだ。
シャワー室のドアが閉まる。
その瞬間、チャールズはピンと尻尾を立てた。
隠しきれない喜びが、顔いっぱいに広がった。
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