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2 死にかけの白狼に、選ばれたと思っていた

誤字や不自然な表現などがありましたら、教えていただけると助かります。

長老たちは驚いた表情を浮かべたが、エマの赤い瞳を見て、鼻で笑って止めはしなかった。


だが、その場にいたもう一人の少年はまるで違う目をしていた。

トーマス・フォン・アデルハイム。

代々、強大な狼獣と契約してきた名門アデルハイム家の嫡男だった。

彼は群れの端に横たわる白狼を見つけた瞬間から、一度も目を逸らしていない。

その青い瞳をじっと見据えていた。

――変だ。

トーマスは眉をひそめる。

今にも死にそうなくらい弱っている。

身体は痩せ細り、息も浅い。

なのに、あの氷みたいな青い瞳には、彼の本能を震え上がらせる何かが潜んでいた。

背筋がぞくりとした。

――こいつは違う。

――本物だ。


アデルハイム家には昔から言い伝えがあった。

強き狼を従える者こそ、真のアデルハイムである、と。

だからトーマスは迷わなかった。

「……決めた」

にやりと口元を歪める。

そして周囲の視線も気にせず、大股で白狼の前まで歩いていった。

影の中で身体を縮める白狼を、上から見下ろす。当然のような口ぶりだった。

「おい、お前にする」

トーマスは腕を組み、鼻を鳴らす。声には生まれつきの傲慢さが滲んでいた。

「赤い瞳の主人なんて嫌だろ? あいつはエミリーの姉だが、エミリーとは似ても似つかないぞ」

そう言って手を差し出した。口元には自信満々な笑みを浮かべた。

いや、ほとんど施しを与える側の顔だった。

「俺はトーマス・フォン・アデルハイムだ。 お前はこの俺に選ばれたんだ。 光栄に思えよ」


しかし、白狼はトーマスを見なかった。

差し出された手にも、周囲でざわつく子どもたちにも。

氷のような青い瞳はその全部を通り越して、ただ一方向だけを見つめていた。

その先には――エミリーがいた。


「ダニエル! こっち見て!」

日差しの下、エミリーは楽しそうに灰狼へ抱きつき、ころころと笑っていた。

金色の巻き髪が風に揺れる。

澄んだ笑い声が、秘境の中へどこまでも響いていく。

「わっ、耳が可愛い!」

つま先立ちになって手を伸ばくエミリー。

すると灰狼はまるで当たり前みたいに、彼女の背丈に合わせてゆっくり頭を下げた。

エミリーの顔がぱっと明るくなる。

「えへへ!」

陽の光の中で笑う少女と隣には寄り添う灰狼、まるで最初からそうだったみたいに自然だった。


白狼は瞬きも忘れたようにじっと見ていた。

胸の奥が、少しだけざわつく。

なぜなのか、自分でもわからない。

けれど視線が離せなかった。


灰狼が喉を鳴らしながら頭を下げ、エミリーは嬉しそうにその耳を撫でた。

白狼の瞳がわずかに揺れる。

そしてゆっくり目を閉じようとした。

――もう遅かった。

彼女はもう誰かのものだった。


その時だった。

視界の端に、もう一つの手が差し出された。

細い指先、痩せた腕、袖口から覗く手には、薄い傷跡がいくつも残っていた。

小さく震えているのに、その手は逃げなかった。

「……怖がらないで」

声が降ってくる。

とても小さくて驚くくらい優しい声だった。

「大丈夫ですよ。 ちゃんと治してあげる。 大切にするから」

少しだけ言葉に詰まり、それでも少女はまっすぐ白狼を見つめた。

真っ赤な瞳が不安そうに揺れている。

「……私と、仲間になってくれる?」


白狼はゆっくり顔を上げ、赤い瞳と目が合う。

――エミリーじゃない。 さっきあの少年が言っていた。

ああ、この赤い瞳はエミリーの姉。

ぼんやりした意識の中で、その言葉だけが浮かぶ。

断るべきだった。

あの傲慢な少年の手を無視したように、この手も無視すべきだった。

だが、この赤い瞳を選べば、エミリーに少し近づけるのではないか。

少しだけでも、あの光の近くへ行けるだろうか。

白狼は静かに目を閉じた。


その横ではトーマスが苛立ったように声を上げる。

「おい、お前は何をやっている! そいつは俺が――」

最後まで聞こえなかった。


白狼はゆっくりと身体を動かす。

傷だらけの白い前足が、震えながら持ち上がる。

そしてエマの差し出した手へ、そっと触れた。

「お前は要らない、俺は彼女を選ぶ」


そうして、トーマスの驚きと怒り、そして信じられないという眼差しの中――

契約の光が、二人の間に灯った。

淡く優しくまるで冬の月明かりみたいな光が溢れ出した。


銀白色の光が、感動の涙で潤んだエマの真っ赤な瞳を照らし出した。

――彼は私を選んだ。


「え……?」

最初に声を漏らしたのは、誰だったのか。

ざわっ、と空気が揺れた。

「うそだろ……」

「あの白狼、本当に『赤い瞳の読み手』を選んだのか?」

「トーマスじゃなくて?」

周囲の子どもたちが一斉に騒ぎ出す。

そして。

「ぶっ……ハハハ!」

誰かが吹き出した。

「おいトーマス、お前はすごいって言ってたじゃないか? なのに、赤い瞳の奴にさえ勝てなかったのか?」

「ルーザー、振られたのかよ!」

笑い声が次々と広がる。


トーマスは動かなかった。

差し出したままの手がまだ空中に残っている。

さっきまで自信満々だったその姿勢のまま。

信じられなかった。

どうして、なぜ俺じゃないんだ?

彼は勢いよく振り返り、エマに向かって大股で歩み寄った。


周囲の子どもたちは空気を察したように、さっと道を空ける。


エマはしゃがみ込み、慎重に白狼の頭をそっと撫でていた。

白狼は逃げない、ただ静かに目を閉じている。

トーマスはその前で立ち止まり、身をかがめ、エマの耳元に顔を近づけた。

「……おい、お前は本気か? そいつを選ぶ気なのか?」


エマはびくりと肩を震わせた。


トーマスの瞳は怒っていた。

「アデルハイムに逆らう気か?……そいつを、俺に渡せ」


エマは顔を上げ、怒りに燃える彼の瞳と視線を合わせると、無意識に少し後ずさった。

けれどぎゅっと白狼を抱きしめた。

「だ、駄目……!」

「この子は……私を選んでくれたから!」

声は震えていて、それでも手だけは離さない。


トーマスは黙った。数秒だけ、エマを睨む。

そして。

「……後悔するなよ。 『赤い瞳の読み手』のエマさん!」

吐き捨てるように言って、彼はエマの返事を待たなかった。背筋を伸ばし、大股で去っていく。


エマはようやくほっと息を吐いた。

そしてうつむき、腕の中の白狼を見つめた。

胸の奥がじんわり熱くなった。

誰かに選ばれたのなんて、初めてだった。

エマは恐る恐る、白狼の頭を撫でる。

「……怖がらないで……、絶対に守ってあげるから」

少し考えて、それから嬉しそうに笑った。

「ルーカスって名前はどうかな?」


白狼の睫毛がわずかに揺れた。


エマは呆気にとられた。

その瞬間、彼女は彼の瞳の中に何かを見たような気がした。

エマは目を輝かせる。

「あっ、この名前気に入ってくれた? ルーカス!」


けれど白狼は彼女を見なかった。

氷のような青い瞳はただ遠くを見つめていた。

ずっと、ずっとその先。

もう姿も見えなくなった、金色の少女が去っていった方角を。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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明日も更新予定ですので、また読みに来ていただけると嬉しいです!


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