17 新たな始まり
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観測船の上。
「救助隊を出動させろ!」
モノクルの男が突然言った。
「今ですか? あの学生は――」
「彼女はもう十九分持ちこたえている。 召喚獣なしで、単独でA級魔物を足止めしたんだ」
彼の声は穏やかだったが、ペンを握る指は微かに震えていた。
「この成績なら、合格には十分すぎる」
彼はスクリーンから目を離さなかった。
「信号を送れ。 それと、この学生の番号を記録しておけ」
「K-2209、エマ・エリアス」
通信官はすでに情報を確認していた。
モノクルの男はうなずき、その名前をゆっくり繰り返した。
「エマ・エリアス……」
彼は記録帳に一行書き込んだ。
――空間召喚の才能、実戦評価S、重点観察。
***
遠くから、鋭い破空音が響いてきた。
次の瞬間、数本の拘束魔法が同時に人魚へ叩き込まれる。
巨大な魔力の鎖が怪物の身体へ巻き付き、無理やり海面へ押し戻した。
「ギィイイイイイッ――!!」
変異人魚が激しく暴れる。
そこへ、封印師たちが一斉に駆け込んできた。
彼らは裂け目の周囲へ魔法陣を展開し、漏れ出す空間を一層ずつ封じていく。
歪んでいた黒い裂け目が、ゆっくりと閉じていった。
救援隊が到着した!
その光景を見届けた瞬間、エマの身体から力が抜け、岩礁の上へ崩れ落ちる。
魔力を限界まで使い切った反動が来た。
頭が激しくズキズキと痛み、視界が揺れ、世界がぐるぐると回り、輪郭がぼやけていく。
それでも遠くから、歓声と泣き声が聞こえてきた。
「助かった……!」
「生きてる……みんな大丈夫?」
「あの仮面の子は!?」
「大丈夫か!?」
「エマ! 聞こえるか!?」
誰かが彼女の肩を叩いた。
彼女はぼんやりと返事をしたが、その声はほとんど聞こえないほど小さかった。
すると、もっと遠くから誰かが叫ぶ声が聞こえた。
「あそこにまだ召喚獣が一匹いる!」
「あっ、見えた! 岩の隙間に挟まってる!」
「早く引き出せ! 急げ!」
慌ただしい足音が響く。
「うわ! ひどく怪我してる……顔もぐちゃぐちゃだよ……」
「とにかく連れ帰れ! まだ息がある!」
エマは顔を上げて見ようとしたが、目の前が暗すぎて何も見えなかった。
ただ、ぼんやりとした橙色だけが見えた。
それが夕陽だったのか。
それとも、誰かの毛並みだったのか。
もう、彼女には分からなかった。
そのまま、エマの意識は静かに闇へ沈んでいった。
***
あの混乱の中、全身は血にまみれ、顔は切り裂かれて原形を留めていない若い狐獣が、担架に載せられた瞬間、かすかに片目を開けていた。
その瞳は琥珀色だった。
ぼやけた血と肉の間から、彼は一つの人影を見た。
白い仮面をつけた、小柄な少女。
誰かに肩を支えられながら、ゆっくりとその場を離れていく。
彼女の仮面にはひびが入り、白い制服は泥と血で汚れ、袖口は裂けている。
それでも彼女は立っていた。
最後まで。
――なぜ?
狐獣は、人間をよく知っていた。
召喚士も数え切れないほど見てきた。
彼らは「仲間」と呼ぶ。
だが、その多くは召喚獣を「戦力」としてしか見ていない。
人間の召喚士は武器を選ぶように召喚獣を選ぶ。
壊れれば、また次を探す、何の未練もない。
――どうしてだ?
あの少女は、なぜ最後まで立っていた?
見知らぬ召喚獣たちのために?
名前すら知らない誰かのために?
魔力が枯れるまで、全身が血に染まるまで。ふざけるな……!
そんな召喚士、いるはずがない! 絶対に何かを企んでる!
狐獣の喉から、かすかな息が漏れる。
何かを伝えようとしたのか。
それとも、ただ痛みに耐えていただけなのか。
彼自身にも分からなかった。
視界が暗くなっていく。
意識を失う直前。
彼の脳裏に最後まで残っていたのは、あの白い仮面だった。
そして、その下からわずかに覗いていた、白い顎先だけだった。
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