13 エマ先輩
誤字や不自然な表現などがありましたら、教えていただけると助かります。
大学3年生の頃、エマはすでに学科内の「伝説」となっていた。
「エマ先輩」という呼び名が、下級生の口から漏れ出すようになった。
総合成績は3学期連続で学科1位。
教授たちもよく彼女の課題を授業で使った。
「またエマ先輩の答案だ」
「今週何回目?」
「もう模範解答係じゃん」
学生たちは笑っていた。
中には“生きる教科書”なんて呼ぶ人までいた。
でも、エマ自身はあまり実感がなかった。
ただ名前を呼ばれることが増えた。
それだけは、ちゃんとわかっていた。
「あの仮面をかぶった女子」としてではなく。
「エマ」として。
ある時、彼女が廊下を歩いていると、背後から突然、慌ただしい足音が聞こえてきた。
「エマ先輩! ちょっと待ってください!」
彼女は振り返った。
ノートを抱えた一年生の新入生二人が、息を切らして駆け寄ってきた。
「先輩、ちょっといいですか!?」
「空間魔法の課題が全然わからなくて……!」
「教授に聞いたらエマ先輩に聞けって……」
エマは少し固まった。
……私に?
なぜわざわざ自分に?
以前は誰も彼女を必要としなかった。
彼女は透明人間のように生きてきた。
「あの赤い瞳の読み手」で、誰もが避けようとする存在だった。
今、わざわざ助けを求めてくる人がいる。
「えっと……」
彼女は口を開きかけた。最初の反応は「人違いじゃない?」だった。
だが、その後輩はすでにノートを彼女の目の前に差し出し、瞳には期待が満ちていた。
「ここなんです!」
「この式が途中からわかんなくて……!」
エマはうつむいてその問題を眺めた。
難しくない。
ただ、空間ノードの位置決めロジックを分解して説明すればいいだけだ。
「……座って」
彼女は廊下のベンチに座り、ノートを開き、最も基礎的な概念から説明を始めた。
20分ほど説明し、話しながら紙に図を描き、抽象的な空間の公式をひとつひとつノードと線で具現化した。
後輩の目はますます輝きを増していった。
「……あっ、わかった!」
後輩は太ももを叩いた。
「そういうことだったんだ! 」
「先輩、ありがとう!」
もう一人の後輩も続いて礼を言った。
「教授の講義が早すぎて、全然ついていけなくて……先輩の説明、めちゃくちゃわかりやすい!」
「エマ先輩、ありがとうございます!」
「エマ先輩、本当に助かりました!」
彼女たちはノートを抱えて走り去っていった。
エマはベンチに座り、窓から差し込む日差しが彼女の仮面に降り注いでいた。
彼女は小声でつぶやいた。
「エマ先輩」
「エマ先輩……」
「赤い瞳の読手」よりずっと心地よい響きだ。
彼女はうつむき、顔を腕に埋めて笑った。
彼女はヴェルニスに残り、薬草店でアルバイトをしながら、3年生の実技試験の準備を進めていた。
来週には試験が控えているが、3年生の実技試験で何が待ち受けているのか、彼女には分からなかった。
何があろうと、その時になってから考えよう。
あの黄色い小さな花は、今もノートに挟まれたままだった。すっかり乾ききって、紙のように薄くなっていた。
それでも、彼女はそれを捨てるのが惜しかった。
彼女は学校での素敵な瞬間をひとつひとつ集めて書き留め、枕の下に押し込んでいた。
だが、仮面だけはまだ外せなかった。
何度か鏡の前に立ち、指を仮面の縁に掛け、思い切って外してみようかと考えたこともあった。
すると、頭の中であの声が響いてくる――
「赤い瞳の読み手!」
「じゃあ、この魔物と同じ赤い瞳の持ち主を君にあげるよ、いるか?」
そうして、指先から力が抜ける。
彼女は苦笑いし、やはり勇気が出なかった。
過去はあまりにも辛かった。彼女にはただ時間が必要なのだ。
そう自分に言い聞かせた。
窓の外は海で、遠くにはカモメが飛んでいる。
彼女は窓を開け、風を部屋の中へ招き入れた。
今年、彼女は21歳になる。
家を出てヴェルニスに来てから、すでに4年が経っていた。
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