11 入学式
誤字や不自然な表現などがありましたら、教えていただけると助かります。
新入生登録の日、至る所に人が溢れている。
新入生、保護者、召喚獣たち。
笑い声と足音が、絶え間なく行き交っている。
「こんにちは――」
「これからよろしくね!」
「召喚契約学科? 私もだよ!」
声が重なって、流れて、また遠ざかっていく。
春の熱気で、空気は少しだけ息苦しかった。
エマは列の最後尾に立っていた。
白い仮面が顔の大半を覆っている。
手のひらは汗でびっしょりだ。
彼女は目の前の長い列を見つめ、頭の中にはただ一つの考えしかなかった。
――もし仮面を外せと言われたら、その時は帰ろう。
前の列が進む、また進む。
心臓の音がうるさかった。
どくん。
どくん。
――本当に自分が「ふさわしくない」と思っている。
仮面を被った人間、いわゆる「赤瞳の魔物」が、一体何の資格があって大学に入れるというのか?
爪が手のひらに食い込んだ。
ついに――
「次の方。」
彼女の番だ。
受付の先生は顔を上げることなく、羽ペンを手に持ち、目の前の書類は山積みになっていた。
「お名前?」
「エ……エマ・エリアス。」
自分でも聞こえないくらい小さかった。
先生はまぶたをわずかに持ち上げた。
エマの肩がぴくっと揺れた。
でも。
「専攻」
「……召喚契約。」
さらさらとペンが動いて、紙がめくられる。
そして――
ドン。
スタンプの音。
「二番窓口で教科書と制服を受け取って。次の方」
……それだけ?
エマは動かなかった。
ない――
「なぜ仮面を被っているの?」なんてない。
「外して見せて」なんてない。
「変だね」なんてない。
終わった?
「おーい、後ろにまだ並んでるんだぞ」
軽く肩を押される。
エマはハッとした。
「あ……ご、ごめんなさい」
慌てて横へ避ける。
そのまま人混みを抜けて、講堂の柱の陰へ行った。
手元の書類をうつむいて見つめた。
新入生案内と学生証。
そこにはただ、
エマ・エリアス。
専攻:召喚契約。
学生番号:K-2209。
それだけだった。
何もない。
突然、彼女の目頭が熱くなった。
他の人にとっては――何も起きていない。
彼女にとっては――世界は崩れなかった。
***
食堂。
昼休み。エマはトレイを手に、一番隅の席を見つけて座った。
周りを確認する。誰も見ていない。
それから白い仮面を少しだけずらした。
口元だけ出して、静かに食べ始める。
隣の席では女子生徒たちが話していた。
「それでさー!」
「ええ!? うそ!」
楽しそうな声だ。
エマはできるだけ聞かないようにした。
その時だった。
「ねえ、見て、あの子」
……
箸が止まって、肩が少し強張る。
「ほら、あの仮面の子」
エマの心臓が跳ねる。指が箸をぎゅっと握りしめた。
来た。
*やっぱり来るんだ――
「めっちゃカッコいい~」
???
「何……どこどこ?」
「謎のキャラみたい! 呪術系かな?」
「私は錬金系だと思う。 錬金系ってみんな変だし。」
「ハハハハ――」
笑い声が聞こえてきた。
エマは箸を握る手をますます強く握りしめた。
次の言葉を待っていた。
「どこで買ったんだろ?」
「聞けば?」
「無理無理、人見知りだったらどうするの?」
「そうね。あ、そうだ、午後はサークルの新入生勧誘に行く?」
「行く!」
会話はすぐに別の話題へと移った。
「……」
エマはゆっくりと箸を緩め、うつむいてお皿のご飯を見つめた。
呆然とした。
終わった?
評価も推測もなし、彼女たちはただ、彼女がカッコいいと思っただけだった。
エマは小さくご飯を口へ運んだ。
ご飯は少し硬く、でも――
これが今まで食べた中で一番美味しい食事だ。
***
午後、専門科目、最初の授業だった。
話し声、椅子を引く音、ノートをめくる音が溢れる。
ざわざわとした空気が教室いっぱいに広がっている。
エマは最後列の壁際の席を選び、仮面をしっかりと装着した。
しばらくして、教室の扉が開いた。
入ってきたのは、白髪交じりの方だった。
分厚い眼鏡をかけ、古びた講義ノートを挟んでいた。
「『魔力学原理』の教科書を開いてください」
授業が始まる。
授業中、彼女は手を挙げず、質問もせず、誰とも話さなかった。
ただ書いた。
一行、また一行、気づけばノートは六ページ埋まっていた。
やがて授業終了の鐘が鳴る。
エマはノートを抱えて外へ歩いた。
後ろから声がした。
「ねえ、エマさんでしたっけ!」
エマは体が硬直した。
ポニーテールの女子生徒が彼女に向かって笑いかけた。
「そのノート、ちょっと見せてくれない? さっきぼーっとしてて、中盤の部分を聞き逃しちゃったの」
エマは少し躊躇したが、ノートを差し出した。
女子生徒はページを二枚めくった。
「わあ、字がすごくきれい!」
そう言うと、自分のノートを取り出し、ササッと数行書き写して返した。
「ありがとう! 助かった!」
少し笑って。
「次は一緒に前の席に座ろうよ、後ろだとよく見えないから」
そう言って手を振る。
「じゃ!」
そのまま去っていった。
エマは廊下に立ち、ノートを抱えていた。
「次は一緒に前の席に座ろうね。」
誰かが彼女に「一緒に」と言ってくれたのは、これが初めてだった。
「離れて」でもなく、「あっちいけ!」でもなく、「一緒に」だった。
彼女はノートを少し強く抱きしめ、早足で家へと戻った。
夜、彼女は机にうつ伏せになり、あの黄色い小さな花の横に、一行書き記した。
「初日は、誰も私を嫌わなかった」
***
そうして日々は過ぎていった。
エマが想像していたよりもずっと穏やかだった。
もっと大変だと思っていた。
もっと怖いと思っていた。
でも違った。
誰かが仮面を見て、少しだけ不思議そうな顔をすることはあった。
けれど。
「その仮面かっこいいね」
大抵はそれで終わりだった。
そして皆、すぐ別の話を始める。
彼女は授業中に手を挙げるようになった。
そのたびに、机の下で手のひらの汗を拭き取らなければならなかったけれど。
グループワークの日もあった。
「よろしく!」
「えっと……」
「ご、ごめんなさい」
緊張しすぎて名前を間違えた。
「ハハハ!」
「エマ、落ち着いて!」
笑われた。
でも誰も怒られなかった。
気づけば廊下で声をかけられるようになっていた。
「あ、エマ! おはよ!」
「ノート見せて!」
「課題やった?」
そんな言葉が少しずつ増えていった。
名前を覚えてもらえるようになった――「エマ? ああ、あの仮面をかぶった優等生ね」。
最初の学期が終わった時、彼女の成績は学科全体で3位だった。
1位ではない。
でも、エマは気にしなかった。
成績表に自分の名前を見たとき、彼女が思ったのは「まだ足りない」ではなかったからだ。
そうではなく――
「やったんだ」
「本当にここにいるんだ」
エマは成績表をノートに挟んだ。
あの黄色い小さな花の下に。
最初のページにはこう書かれていた:
「初日は誰も私を嫌わなかった」
最後のページには:
「第一学期。
やっぱり誰も嫌わなかった」
……
窓の外では波の音がしていた。
エマはその文字をしばらく見つめる。
それからほんの少しだけ笑った。
不思議だった。
本当に。
不思議だった。
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