【2章 聖女降臨】◇2
◇2
そこでガタン、と馬車が大きく揺れ、フードが外れかける。
わたしがあわてて直そうとするとウラカン閣下が優しく直してくれた。
彼の指先が少しだけわたしの頬に触れたので、わたしはカァッと熱くなる。
(ひゃ! わ、わわわたし、どうしちゃったの!? 落ち着いて……)
「どうしたんだい? 大丈夫かい? 顔が真っ赤だよ」
「だだだ、大丈夫です。な、なんでもありません!!!」
舗装の悪い道に馬車が入ってしまったようで、ガタコトと激しくゆれる。
「あ、ああっ……」
わたしは姿勢が崩れて、そのままウラカン閣下に思いっきり寄りかかってしまった。すると、わたしの体を優しい手がそっと包み、怯えるわたしをなだめるように、優しくさすってくれる。
(あわわわ……ウラカン閣下、これは反則です~)
わたしが目をぐるぐるさせていると、思い出したように「いい知らせがあるよ」とウラカン閣下が別の話題を振ってくる。
「実はご実家にも訪問したけど、ご両親は不在で、弟君だけがいてね。君を迎えるのが、遅くなってすまなかった」
「えっ!? ジェスコに会ったのですか? そういえば学費……」
「ああ、弟君の将来は大丈夫さ。学費の滞納分も来年分も、すべて支払ったから、その問題は完全に解決済みだよ」
「そ、そんな、わたしの家のことで、どうしてそこまで……」
「元はといえば、女王陛下と俺の婚約破棄に巻き込まれたのは君じゃないか。君は何も悪くないのに不当に王宮を追放されて、そのことが許せなかったんだよ」
肩をしっかり掴んで、じっとウラカン閣下がわたしを見つめてきた。
真っ直ぐに見つめるアイスブルーの瞳に、わたしの心が吸い込まれそうになる。
(ああ、ダメダメ。ウラカン閣下にわたしなんて分不相応だわ)
わたしは気が緩みそうになるのを、必死に持ち直す。
「そのフードや異世界の聖女様というウソを用意したのは、君を怪我させた悪漢が、どんな奴か俺の方でもまだ調査が追いつかなくてね。だから、シスター・エリーゼと伝書鳩を使いながら、君を保護する手配を進めていたのさ」
「ご、ごめんなさい。そんな、わたしのために……」
「エリーゼからの伝書鳩の知らせでピンときたよ。家を出ていった君が、神殿に転移させられたのだと。そして、すぐに保護が必要だとね」
「そ、そうだったんですね、でも、どうやって弟の学費をお返しすれば……」
「返済なんていいんだ。これぐらい俺にはどうってことない。いいかい、君が弟君のことでは、もう何も心配しなくていい。君の将来もこれから何とかするよ」
「どうして、そこまでわたしのことを……そんな、わたしなんて……」
外は相変わらず聖女様といった声援の渦だ。
そして、馬車は川辺に近づいて橋を渡りはじめた。
この橋は、昨日わたしが襲われた橋……!!!
怖くて、私はフードを深く被ろうとして、見覚えのある人影を見えたので、思わず震えながらウラカン閣下にしがみつく。
その窓の向こうには、善良そうで貴族らしい身なりの整った役人らしい男性の人――昨日、会った男の人――が、石を持ってこちらに向かって叫んでいる。
「なるほど、あいつだね。君の反応で分かった。もう大丈夫だよ」
わたしが震えていると、剣をすうっとウラカン閣下は抜いた。
「魔女め!地獄に落ちろ!」
そんな声と共に石が飛んできて、ゴンッと馬車に当たる。
馬車は停止し、抜刀したウラカン閣下が馬車から駆けながら出ていく。
「ひ、ひぃぃぃ!騎士が乗っていやがった!」
石を投げた男は予想外の事態なのか、腰を抜かして、尻餅をついている。
そんなに怖いなら、どうして石など投げたのだろう。
最初から石なんて投げなければいいのに。
馬車の周りに衛兵だっているのに?
その理解できない暴虐さが恐ろしい。
他の民衆も集まってきて、投石した男の人を取り囲んで突き飛ばして泥まみれにしながら、拘束した。彼は情けなく鼻水を垂らしながら、抜刀したウラカン閣下を前にして、必死に命乞いをしている。
(なんで、石なんてわざわざ投げたの? とにかく聖女が憎いのかしら?)
すぐに衛兵もやってきて、石を投げた男の人をぐしゃぐしゃに泥まみれのまま縄で縛り、どこかへ連れ去って行った。
ウラカン閣下が民衆の拍手喝采している人の洪水を押し分けながら馬車に戻ってくる。
しばらくは、「氷の騎士様、聖女様、万歳!」「悪は滅びろ!」といった声援が響いていたが、衛兵たちがなだめてくれたので、しばらくすると、馬車の前から人が左右に分かれてくれて、馬車は再びゆっくり進みはじめる。
「まったく、どうしようもないゴロツキがいたもんだね。シスター・エリーゼが暴行の証言をしてくれるだろう。役人のふりもしての投石だの悪行だから偽証罪も追加で、当分は牢を出られないだろうな……」
助けてもらえたこと、もう同じ目に遭うことは二度とないということ、何より、その罪をあの男の人が償うよう罰せられることにわたしはホッして、安心して涙がこぼれそうなる。
「もっと他にも酷いことされたのかい? いっそこの場で、あのゴロツキを俺の権限で首ごとばっさり斬り捨てて――」
わたしは首を振って、剣を抜こうとしているウラカン閣下の右手を両手で握った。ウラカン閣下が氷の騎士様と呼ばれる理由が分かった。お怒りになられたら本当に容赦がないお方なのだ。
(でも、わたし、ウラカン閣下に、あんな男のために手を汚してほしくないわ)
「大丈夫です。ちょっと目にゴミが入っただけです」
「そ、そうか、でも君のことを思うと俺は――」
ウラカン閣下が何か言いたそうだったけどわたしは首を振った。
わたしの態度を見て、仕方なさそうに溜息をついいて、ウラカン閣下は剣を鞘に戻して下った。良かった、あんな男、相手にされなくても大丈夫です。
ふと、馬車の窓から外を見ると、いつの間にか景色は代わって丘を登り始めた。
馬車はそのまま王宮の門の前へと向かっていった。
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