【2章 聖女降臨】◇3
◇3
王宮内に入ると、女王の間に向かうことになった。
ヴェールをとるように指示をされ、わたしはヴェールを頭にかけて、女王の間に頭を下げながら入る。
「エリザベス女王陛下、マラネロ王国に栄光あれ!顔を上げて良し!」
儀仗兵が叫んだので、顔を上げると、玉座には女王陛下がつまらなそうに頬杖をついて座っていた。
「いったいこれはどういうことだ、ガヤルド大司祭。わたしは異世界の聖女降臨の儀に、多額の|税金を費やし、教会に委ねていたはずだが?」
「そ、それは――この方が……召喚された聖女です……」
「失礼ながら、女王陛下も分かっておられるはずだ、彼女はあなたに側使えだった女性のカリナです」
「知らん、こんな女など知らん。異世界の聖女でなければ困るのだ」
「女王陛下、この“信任の指輪”をお忘れか。この指輪を誰が使っていたか、私は陛下に問う権利があります。婚約破棄を宣言した侍女は誰だったのか、ここで問いかけに陛下は何と申されるのですか」
「――っ! こ、これだからウィンターガルド家の者は嫌いなのだ! ウラカン、お前達の一族はいつも正論でわたくしを問い詰める! どうにかしろ、ガヤルド大司祭!」
ガヤルド大司祭は震えて跪いて、動こうとしない。恐怖でどうすればいいか分からないらしい。
(これは……つまり、異世界からの聖女降臨の儀が失敗して、現世から、わたしを召喚しちゃったのね?)
この芝居じみたやり取りをみて察しの悪いわたしもおよその見当がついてきた。
異世界の聖女降臨の儀が、まさかウラカン閣下に婚約破棄を女王代理で言い渡した元侍女のわたしとなれば、確かにこれは、ややこしい。この事実を民衆に説明ともなれば、憶測が憶測を呼び、果ては暴動や反乱になりかねない。国庫が減っていたのは異世界の聖女様のためという宣伝は侍女だったわたしでも知っている。
ただでさえ、マラネロ王国は、辺境の地バレンシアの風土病や貧困など諸問題で内政が荒れている。その救国の象徴だった聖女が、わたしだなんて、どうするのだろう。
(ガヤルド大司祭も逃げ場がないのでしょうね……わたしもどうすればいいか分からないわ)
ガヤルド大司祭はぶるぶると震えながら、ぽつりと言い始めた。
「こ、この命をもって責任を。私の死を持って……」
(え、ええっ! 待って、ガヤルド大司祭! 早まらないで!)
「フーッ! およしなさい。ガヤルド大司祭の命は、聖女降臨の儀よりも安くて、わたくしのソロバンでは計算が合いませんわ。時間の無駄です。ウラカン、あなたはどう考えているの」
女王陛下は、うんざりするように、手をひらひらと振った。わたしは、このままガヤルド大司祭が自死するよう女王陛下が促していたらどうしようと思って、恐ろしくてしゃがみ込む。
怖くて、頭がくらくらがする。
「大丈夫か、カリナ。これを、見ろ!! これがあなたのしようとしたことだ、ガヤルド大司祭。あなたのしたことは、何の罪もない一人の女性を追い込むだけだ、死のうなどと馬鹿なことは冗談でも言うもんじゃない」
「も、申し訳ありません。カリナ殿、ウラカン殿、じょ、女王陛下……。わ、わたしはどうすればいいか分からず……申し訳ありません……」
しゃがみ込んだわたしをウラカン閣下が労るように肩に手をのせてくれて、ガヤルド大司祭を叱責する。本当にその通り。自死なんて、冗談でも言わないで欲しいです!
「女王陛下、いっそここは彼女はカリナであると公認して民衆に謝罪を――」
「ならぬ。そんなことをすれば国の威信を賭けた聖女降臨の儀を進めてきたわたくしの立場はどうなるのです、あなたはわたくしを脅そうというのですか? これは見過ごせません!」
女王陛下は手にしていた扇子をベキッとへし折った。あまりの怒りで我を忘れてしまったのかも知れない。怒り狂った女王陛下が、とても恐ろしい。わたしは思わず足がすくんだ。ウラカン閣下が素早くわたしを支えてくれる。
「道を二つ与えましょう。いえ、三つです。一つは王族を恐喝した罪として二人とも地下牢。一つは、そうね、永遠の籠の鳥として聖女を側室に迎え入れて、わたしと婚約しなさい。もう一つは、聖女の護衛騎士となり、辺境伯としてバレンシアの地への旅立ち」
「何がどうあっても、真実は語る気はないということですね? 女王陛下」
「くどい! わたくしは道を示しました。選ぶのはウラカン、あなたです」
ウラカン閣下はわたしを見た。氷の結晶のようにきらびやかで美しく整った顔立ちとアイスブルーの瞳に吸い込まれそうな気持ちになる。
何か決意に満ちた表情だけど、何を考えているかは読み取れなかった。
でも、だいたいの予想はつく。
未来あふれる次期公爵令息の伯爵様であり氷の騎士であるウラカン閣下が、地下牢に進んで入るなんてことはありえない。
そして、この国家機密はあまりに巨大でどうしようもないくらい重苦しい重圧であり呪いだ。関わった人の全ての未来をめちゃくちゃにしてしまうぐらい。
だから、もうきっと答えは出てる。
わたしは捨てられる。助けてなんて、もらえない。
女王陛下が願っているのは、わたしを存在しているのに存在していないかのようにしてしまうことだ。
(ああ、きっと、ウラカン閣下はわたしを籠の鳥にされるのね。側室に入れられて、誰とも会うこともできない立場になり、幽閉されるのね)
わたしは、ちょんちょんとウラカン閣下の服の裾をひっぱった。
ウラカン閣下は気づいてこちらに顔を向ける。
わたしは思いっきりの笑顔を浮かべた。ええ、構いません、ウラカン閣下。
わたしは喜んで籠の鳥になります――
「君はそれで本当にいいのかい?」
「え? ええっと、他にもう選択肢がありませんよね……」
「想像を超えた困難が待ち受けているかも知れないんだぞ?」
「構いませんよ。わたしはずっとこうでした、だから、きっと、これからもこうなんです。どうせ、わたしなんて――」
「いや、俺がついている。言っただろう『君を見捨てたりはしない』。言っただろう、君の琥珀色の瞳も銀髪の髪もとても綺麗だ。あの時も、今日も。」
ウラカン閣下はわたしの右手をギュッと握って何かを決心したようだった。
わたしも緊張しながら、ギュッと握り返した。
大丈夫、心の準備はできている。
わたしは籠の鳥、側室に――
「では女王陛下、辺境の地バレンシアに、護衛騎士となり辺境伯として、聖女カリナを連れて旅立ちます。それで異論はないですね」
「ほえ?」
予想外のウラカン閣下の宣言にわたしは驚いた。
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