【2章 聖女降臨】◇4
◇4
(ちょっと待って。辺境の地バレンシアのような過酷な地に、わざわざわたしの自由のために、未来ある公爵令息の伯爵様が辺境伯に? どうして?)
「すまない、俺は交渉が苦手でね、他にいい選択肢を引き出せなくて、君には迷惑をかけるよ」
ウラカン閣下は申し訳なさそうに、頭を掻きながら、ちょっと悪びれたように言うので、わたしはぶんぶんと首を振った。辺境の地でもわたしは自由がある。籠の鳥じゃない! やったー! 嬉しい!
「ふん。まったく、どうしようもない二人ですね。」
「このことは、婚約破棄を直接、わたしに言わずカリナに任せた時から全ての歯車が狂ってしまっている気がします。」
「ええ、そうですね。いいでしょう、それが二人の選んだ道なら、辺境の地でも地獄の果てでも好きなところに行ってしまいなさい。」
「ええ、では喜んで。ではそのようにしますね? 女王陛下」
「――くっ、わかりました。ただし、カリナ! あなたには王宮を追放の命もこれで再度有効とします。このにやけた顔をわたくしは見たくありません。二度と戻って来ないでちょうだい」
「女王陛下が望むなら、そのようにいたしましょう。わたしは彼女をあなたの前に連れてこない。それでいいですね?何があっても、連れて来ませんよ?」
「……ええ、それでいいわ……」
女王陛下はいつの間にか新しい扇子を手にしてゆらゆらとゆらしながら、面白くなさそうに、わたしに改めて、王宮の追放を命じた。
わたしだって、もうこんな怖いところは来たくないので、「はい!」と元気よく答えた。
ウラカン閣下は、小さく縮こまっているガヤルド大司祭に声をかける。
「では、ガヤルド大司祭、聖女降臨の儀の顛末については、辺境伯となった騎士である私と共に辺境の地バレンシアへ向かったと民衆には説明をしてください」
「な、何がなんだか……。ええい、このガヤルド、了解しました。」
「ああ、頼む。教会は、聖女降臨には問題はなかったと説明して……そう言えば、カリナ、ご家族にはどのように説明を?」
晴れて旅立ち、というところで気まずい問題をガヤルド大司祭に言われてわたしは、苦笑いする。
「ウラカン閣下……わたしの家ですが、最初の王宮の追放のあと、実は勘当されていたんです。だから、身一つで彷徨っていて……だから、わたしの実家であるファリーナ家のことは気にされなくて大丈夫ですよ」
「えっ、か、勘当? そうか、君が言うのなら、この件はそっとしておこう……」
ウラカン閣下だけでなく、女王陛下やガヤルド大司祭も驚いた顔をしたが、わたしが深刻な顔をしていないことで、あまり深くは気にされなかった。
(王宮を追放された貴族の娘が、一人で平気でいるはずがないわよね。みんな、本当は感づいていたんだわ)
わたしは、そのまま女王の間を後にした。
王宮の外で、ガヤルド大司祭とも別れることになった。
ウラカン閣下がガヤルド大司祭に握手を求める
「短い間だったが、カリナが世話になったね。ガヤルド大司祭」
「いえいえ、ほとんど大したこともできず、カリナ殿をとんだ騒動に巻き込んでしまい教会を代表してお詫び申し上げます、ウラカン閣下」
ガヤルド大司祭が申し訳なさそうに頭を下げながら、ウラカン閣下におずおずと握手をした。丘の上からの夕焼けが眩しい。
「そう言えば、王宮に向かう途中、カリナのことで私も少し頭に血が上っていた。怖い思いをさせてしまってすまない。カリナ、それにガヤルド大司祭」
「いえいえ、お怒りになられるのは当然のことです。それよりバレンシアの地へは、いつ向かわれるので?」
「そうだね、まずはカリナにきちんとした服を着せてあげたいからね。だから5日後かな」
「5日後ですか。では、ぜひ教会からは側付きシスターとして、エリーゼを同行させてください。カリナ殿の出発に備えるため、閣下の屋敷に向かわせましょう」
「ふーん? 教会の支援者か。カリナの傷を治癒魔法してくれた仲が良い上級シスターだし俺の知り合いで、頼もしい味方が増えるのは歓迎だよ」
「ええ、上級シスターである彼女がいれば教会が公認しているという保証にもなりますから、様々な困難でエリーゼが道を切り開く助けになるでしょう」
「なるほど、あの赤毛のシスターさんは上級シスターだったのか。ありがとう」
「彼女、幼く見えるかもしれませんが、カリナ殿よりずっと歳上なんですよ」
「ええっ!?」
その後、わたしはガヤルド大司祭に頭を下げて、別れの挨拶として手を振った。
上級シスターであるエリーゼは一度、ウラカン閣下のお屋敷でわたしたちと合流するため、教会の早馬で向かうという。何て頼もしいのだろう。
それから、ウラカン閣下が手配された馬車にウラカン閣下と共に乗り込んだ。
ウラカン閣下はアイスブルーの瞳を少し悪戯っ子の目つきさせながら、爽やかな金髪をかきあげて、微笑む。
「あの時、君を側室に迎え入れなんて決めていたら、君はきっと心を閉ざしてしまうって分かっていた。信じて欲しい。君の自由を奪うなんて俺はしない」
「ああ、ウラカン閣下……でも、わたしなんて元侍女の何もない女ですから……」
「うーん、その閣下はそろそろ止めてくれ、ウラカンでいい。君には前にも言ったが、琥珀色の瞳は、すぐに表情が出るな、実に分かりやすい。俺を閣下と呼ぶのなら、俺からも異世界の聖女様と呼ばれたいのか?」
「そ、そんなの嫌です! ウラカン閣下……じゃない、ウラカン……様。じゃあ、ウラカン様って呼びますから、わたしのことも、異世界人の聖女様ではなく、単にカリナと呼んでくださいね?」
「ああ、分かった。そう呼ぶよ、カリナ。だけど、民衆の前ではもうしばらくは異世界人の聖女カリナと呼ばざるを得ない」
「そんな……あれ、ウラカン様が作られた真っ赤なウソじゃないですか~」
「ははは!! いやー、そうでもしないと、あの怖~い女王陛下様にバレたら、二人とも、地下牢行きだから、仕方ないだろう? これは必要なウソだよ」
「そ、そう……ですよね、ああっ、どうしてこんなことに」
「大丈夫だよ、『もっと本当の君が知りたい、これからはずっと君に会える』」
「そ、そうですね……はい、ちょっと体がなんだか熱いです」
わたしは何度も“ウラカン様”と連呼しているうちに、ちょっと恥ずかしくなって下をうつむいた。
(恥ずかしがってるわたしを見て、ウラカン様ったら、愉快そうに笑って、もう!)
王宮を後にして馬車がウラカン様の屋敷に向かって進み始める。
ウラカン様のちょっぴり意地の悪い笑い声が馬車の中で響き渡った。
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