【2章 聖女降臨】◇5
◇5
「さあ、着いた。ここだよ。エリーゼの早馬が向こうの厩舎にいたから、もうエリーゼはこちらに着いてるだろうね」
「ここが、ウラカン様のお屋敷ですか……お、大きい……」
馬車でゲートをくぐってしばらく道を進んでようやく建物が見えてくる。
「大きいだけさ。大戦時代の古城に新館を作って併設している。ま、そのへんの富豪の商人貴族の鼻はへし折るぐらいのハクがついてなきゃ、次期公爵なんて肩書きの伯爵は務まらないだけだよ。肩が凝るお荷物さ。ははは!!」
(いやいや、ウラカン様、笑い事じゃないですよ。王宮側付き侍女だったわたしでも、こんな豪華なお屋敷を拝見したことなかったですよ!!!)
「んー? どうした、カリナ。俺の家に面白いものあるかい」
「ウラカン様、何年も社交界に来られなかった理由って……もしかして?」
「ああ、うん、そうだよ。仕事が忙しいのもあるけど、他の貴族の屋敷なんて小さな犬小屋みたいだから、行く気がしなかっただけだよ。ああ、女王陛下にはナイショだよ? 彼女、プライドだけは俺より大きいからね。 ははは!!!」
(お、王族より大きいお屋敷もっておられたなんで、わたし、聞いてない。そんな方にあの女王陛下はわたしを婚約破棄のお使いさせていたの?)
予想を超える豪邸ぶりに、へなへなとわたしは座り込んだ。
(わたしの弟の学費、これなら気にしなくていいって、余裕で言えますよね……こんな方に、わたしのボロボロな実家、見られたの? は、恥ずかしいわ)
「ウラカン様、ちなみに、ご商売は何かされているんですか?」
「んー? そうか、君は知らないのか。まあ大したことじゃないさ、一族で総力を挙げて俺が生まれる30年前に運河を作ったからねえ」
「え、あ! ウィンターガルド運河! ウラカン様ご一家の……そうか、それで……」
何もかもスケールが違う。ウィンターガルド家はこの国で屈指の公爵家と聞いてはいたけど、まさか、女王陛下のお屋敷より、公爵令息のお屋敷だけで既に大きいなんて、それは王族が権力が名ばかりという意味なわけで、女王陛下がウラカン様に必死に辛辣に接するのも無理がないような気がする。
「そうそう。だから世界中の船が、ウィンターガルド運河を通る度に通行料がジャブジャブと支払われてる。例え、女王陛下の船籍だろうと、容赦なく頂くさ。割引なんてしないよ?」
「え、えーっ!? 王族の船でもですか!?」
「そりゃそうだろ。ま、運河を維持するメンテナンス費用だって、こっちの仕事だからタダって訳にはいかない。運河の保守は本当に大変だからね~。納得のいく理由でもあるなら別だけどね。王権とか……おっと、これは冗談だよ? そんなものいらないさ、はははは!!!」
すっごく楽しそうに話すウラカン様だけど、その言葉の節々にエリザベス女王陛下への余裕たっぷりの皮肉を込めた冗談を交えていて、意地悪な茶目っ気があるように感じられて、婚約破棄を悲しんだり気にされるような性格では全く無かったことを、わたしは痛感した。
(そっか……ウラカン様は、そのへんの王族や貴族とは根本的に「格」が違うんだわ……だから、貴族のメンツだの国家の威信だの、なんて笑い話でしかないのね)
ウラカン様がいかにすごい方か、理解してきた(?)気がする、わたしは、生活費だの貴族の慣習だので生きていた自分は何だったのだろう、と卑屈な気持ちが拡がりそうなのを心の中に感じて、チクリと痛い。
(本当に分不相応よね、側室なんてとんでもないわ。こんな方に、わたしなんて……)
ああ、ダメだ。考えてはいけないけど、比較を始めてしまう。
(わたしは、名誉男爵の娘であることに少しばかりの意地を見せようという気概があったけど、そんなの、ウラカン様の前では、何の価値もないわね……)
「どうした?何か、またクヨクヨ、暗いこと考えているのかい?」
しゅんと、うつむいた、わたしを下から覗き込むようにウラカン様がしゃがみ込んでわたしを見上げていて、思わず、後ずさった。
「怖いんです、ウラカン様が……」
「怖い? ああ、馬車に投石で抜刀した時は、君を怖がらせてしまったね。すまない。もう、あんなことがないようにさせるさ」
「違います、こんな大きなお屋敷もあって、エリザベス女王陛下でさえも怖くない方なんて、わたし、怖いんです。わたしなんて、何もない田舎娘です。側室でいいと少し前、確かに思っていました。でも……」
「でも?」
「ウラカン様にとって、貴族の令嬢かどうかなんて、まったく気にならない存在ですよね?」
「そうだね、侍女と貴族令嬢なんて俺からしたら、どんぐりの背比べさ。競い合ったり、いがみ合ったり、足を引っ張り合ったり、何より、つまらないウソをつく奴らが鬱陶しくて嫌いだよ」
「やっぱり!……わたし、怖いんです」
「どうして俺のことが――」
ウラカン様がわたしをなだめようとする手を振り払って、わたしは行くあてもなく走り出そうとするけれども、足がもつれて、こけそうになる。
(逃げ出すことさえ、わたしは上手くできない)
どうすればいいか分からなくなかって、涙がこぼれてくる。
わたしなんてすぐに飽きられてしまうのではないか、そんな恐怖がぐるぐる頭のなかを回ってしまう。ウラカン様はそんなこと、一言も言ってないけども、本能的にこみ上げる恐怖心が止まらない。
(これは圧倒的な差を前にした動物的な恐怖心ね。いまのわたしは、ライオンを前にした小さなアリ同然の気持ちなのよ。比較にすらならない関係なんて、恐怖だわ)
「カリナ様、そこまでです」
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