【1章 王宮追放】◇4
◇4
王宮追放を命じられて住み込みだった部屋から、僅かばかりの荷物を取り出すことも許されないまま、わたしは王宮を追い出された。
馬車に乗るお金もない。わたしは涙をこらえながら3日かけて徒歩で実家に帰った。そこで待っていたのは温かい抱擁などではなく、母の平手打ちと父の殴打だった。
「この家の恥さらしが! こんなことなら侍女になどならず、どこかの貴族のメイドでもして娼婦の真似事でもやっていればよかったんだ! 公爵令息に婚約破棄を代わりにやるなんてとんでもない不敬な奴だな!? 俺まで縛り首になってもおかしくないぞ! 何をしでかしたか分かっているのか!? 女王様と公爵令息の顔に泥を塗るようなみっともない真似をしやがって!!」
「まったくとんでもない子だよ! 呆れて言葉も出ないね! あんたのせいで、可愛いジェスコが退学になったら責任とってやりなよ! ろくでもないどうしようもない愚かな姉として、せいぜいその身を粉にしてでも、せめて弟の面倒ぐらいは命かけて見てやるんだね! ん? 何とか言ったらどうだい! “はい”、も言えないのかこの娘は! 生意気だね!」
父と母の罵声は容赦がなかった。お酒が入っていたにしても、あんまりだ。
わたしは殴打された頬をさすりながらよろけて立ち上がると、酒をかけられた。
お酒で髪の毛と頬が濡れたが、そこに涙が混じっているかどうかはもう分からないし、どうでも良かった。
口の中が切れたらしい、鉄の味がする。嫌な味だ。
「お父様、お母様。本当に、申し訳ありませ――」
どうにか両親をなだめようと、謝っている途中で母に突き飛ばされ、わたしは再び床に崩れて倒れた。よろけながら、血の味がする口をぬぐって、もう一度、立ち上がる。とにかく、父と母の怒りが静まるのを待つしかない。
わたしにできるのは許してもらうこと、ただそれだけだ。他にできることなんて、何もない。王宮にも見放されて家族にも見捨てられたら行き場がない。
(わたしにできることは、どこに行っても謝ることだけだ。ひたすら頭を下げて、許しを乞うこと。それだけしか許されない。なんて悲しいんだろう。悔しい。でも今はとにかく謝るしかない。耐えて耐えて、もっと耐えなきゃ。それがわたしのできることなんだから)
わたしが、もう一度よろよろと立ち上がって頭を下げると、父が無表情になり、ばさっと、ぼろぼろになった黒いワンピースを足下に投げてきた。
「お前の着ている侍女の服、王宮の支給品だろう。これに着替えろ。作業着だ。侍女の服は、こっちで何とか王宮に返しておいてやろう」
「ありがとうございま……っ!」
服を拾おうとした手を母に踏まれた。
「カリナ、調子に乗るんじゃないよ。あんたはこれに着替えたら家を出て行きな。王宮に追い出された子なんて、もう、メイドとしてすら誰も雇っちゃくれない。うちの子にそんな娘はいらないんだよ」
母の目は光を失っており、その目は笑っていなかった。本気の顔だ。
父も腕を組んで、石ころを見るような顔でわたしを見て、深く目を閉じて首を縦に何度もふる。
見捨てられた。わたしは王宮だけでなく、たった今、両親にも見捨てられてしまった。
「あっ……ああ……」
わたしは嗚咽が止まらないを無理に息を殺して、どうにか肩で深呼吸して叫びたい衝動を止めた。そして、わたしの手の上から母が足をのけるのを見て、ゆっくりと手を動かした。
母に激しく踏まれて割れている手の爪が目に入った。涙があふれそうになるのをこらえながら、大きく深呼吸して、涙をこらえて足下にある、ぼろぼろの黒い服をゆっくり拾い上げて立ち上がった。
黒いワンピースは腰のあたりがほつれて少し破れている。本当にぼろぼろだ。今のわたしと同じ……。
「納屋に行って、とっとと着替えんか、この馬鹿娘が。もうお前は勘当だ。二度とこのファリーナ家に戻ってくることを許さん!」
父は唾を飛ばしながら叫んだ。わたしは力なく、ただ「わかりました。今までお世話になりました」とだけ答えた。
それから、納屋に行って黒いぼろぼろワンピースに着替え、侍女時代の服を畳んで靴と共に父に渡し、わたしは家を裸足で出た。わたしは王宮侍女として支給された靴以外は持っていなかったからだ。外は寒い冬空で、少し雪が舞っている。刺すように冷たい。
(わたし、どこに行けばいいの?)
鉛色の空を見つめてわたしは、途方に暮れた。
こんな行き場のない娘を誰が拾ってくれるのか。
雪の冷たさが頬の熱を奪い、泣こうと思っていないのに頬を伝う涙が刺すように冷たくて痛い。
何のあてもないまま、ふらふらとわたしは川辺に向かって歩き始めた。
肩を震わせて目に涙をためながら、それでも泣かないようようにして、どうにかよろよろと歩く。わたしは誰もいない道を一人ぼっちで歩く。誰も気にかけてなどくれない。一人だけの道を歩く。
川沿いに歩けば船でも流れてきてどこか行けるかもしれない。普通に考えたら絶対にありえないことだが、わたしはすっかり参ってしまって、そんな、起きもしない空想をしながら川辺を歩いて行くことにした。
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