【1章 王宮追放】◇3
◇3
会場の外にある庭園の噴水前にあるベンチに腰を掛けてウラカン閣下は、トントンと隣に座るよう促してくる。わたしはうなだれながら隣に腰掛けた。
「さて、魔法の解けてしまったお嬢さん。君の言った婚約破棄は本当かな?」
わたしは黙って頷いて薬指にはめた本物の女王の「信任の指輪」を外して、ベンチに置くとゴトッと重たくて重厚な音がした。
一瞬、驚いた顔をしたウラカン閣下はすぐに微笑んだ。
「本物の“信任の指輪”を身につけた使者は初めてだ、驚いたよ。」
「閣下、本当に申し訳ありません。わたし……」
「いや、気にしてないよ。こうなることは、実は前から予感はしていたんだ。親同士が勝手に決めた婚約で、お互いの名前以外ろくに交流もなくてね」
「そうだったのですか……それでも、閣下に公の場で不敬な態度を……わたしは……」
指輪に込められていた王族に伝わる「身代わりの魔法」は一つの指輪につき一度限りしか使えない。
役目を終えた指輪は、鉄化して重たいただの指輪になってしまう。
それでも、その指輪に刻まれた細かい紋章は一つ一つが異なっており、模造品や偽物は作れない。
つまり、役目を終えた指輪を手にしていたということこそが、わたしが正当な王族の信任を受けて役割を終えたという意味であり、わたしの言葉がでまかせや悪意があることではない身の潔白の証明となることを意味していた。
そして、鉄と化した指輪をウラカン閣下にそっと託す。これで、女王陛下から託された「メッセージが王家として正当なもの」という証明が完了する。
きちんとお顔を見て話すべき状況なのに、申し訳なさから、スカートの端をぎゅっとにぎりしめて、わたしは下をうつむいてしまう。
「君は命じられていたんだろ? そんなことより、初めて他の人と古代語を話せたから、とても楽しかった。『カリナ。本当の君が知りたい、どうしたら君に会えるかな?』」
「――っ! そんなっ、わたしなんて――」
涙がこぼれそうで唇を噛みしめていると、そっと優しい指が頬に触れた。
「まさか、観衆の目の前で堂々と古代語で会話できるなんて思ってもいなかったから、痛快だったよ。それで……君の本当の名前は?」
「カリナ……カリナ・ファリーナです。お嬢様でもありません。ただの侍女なんです。わたしは王女側仕えの侍女なんです。でももう、きっと今回のことで……」
「ふむ。ファリーナ卿と言えば名誉男爵じゃないか。平民でもない君が、王立学校にも通わず今や侍女だなんて、不憫でならないよ」
「いいえ、婚約破棄でウラカン閣下だってこれからどうされるか、お考えにならないといけない時に自分のことばかりで、申し訳ありません」
今後、ウラカン閣下がことの真偽を問われるのであれば、この信任の指輪を手に女王陛下と対峙されれば、すべては白日の下にさらされるはずだ。
(いけない、閣下に対して視線を逸らし続けるなど失礼だわ。でも……)
心の中は申し訳なさと惨めさでいっぱいで、堂々と話し続ける勇気なんてひとかけらも残っていなくて、謝罪の言葉ばかりが頭の中を回っている。
「大丈夫だよ、カリナ。『君を見捨てはしない』。さあ、可愛い侍女さん。君の琥珀色の瞳も銀髪の髪もとても綺麗だよ。せっかくの美人が台無しだよ」
「でも、わたし、これからどうなるか不安で仕方がないんです。ごめんなさい。自分のことばかり」
するとウラカン閣下は、そっとわたしの肩を優しくぽんぽんと叩いて、もう一度、微笑んでわたしを見つめてくる。そのアイスブルーの瞳に魅了されて吸い込まれそうになってドキドキしてしまう。
「これからのことが不安なら、いっそ俺のところに来ないか。」
「いえ……無理です。わたしの身を案じてくださってありがとうございます。でも、どうせ、わたしなんて――」
「この言葉は知ってる?『再び蘇って……その命が続く限り』」
「えっ、どうしてその言葉を? 続きはこうですよね、『我が身を尽くして、その言葉を誓います』」
「俺も楽しいよ。じゃあ、これも知ってるかな?『バレンシアに眠る青き花』」
「あっ、それは、聖女伝説の――」
わたしが次の言葉を言いかけた時、衛兵がやってきた。
「ウラカン閣下、失礼いたします! 陛下が御自ら会場へお越しになり、この娘を直ちにお連れせよとの仰せです。……カリナ、来い! 陛下がお呼び出しだ!」
わたしは衛兵に腕を掴まれた。
「カリナ……君は……」
「さようなら、わたしのことはもうお忘れになってください、ウラカン閣下」
「まて、俺はまだ君のことを――」
「ウラカン閣下、お下がりを! 女王陛下はカリナ一人を召し出されております!どうか、お引き取りください!」
背後でウラカン閣下が衛兵に阻まれる鈍い音が響く。わたしは深く、深く頭を垂れたまま、引きずられるようにして会場へと歩いていく。
背中から、閣下の切実な呼びかけが聞こえる。
(ウラカン閣下、わたしには後ろを振り返る勇気なんて、わたしには、もう残ってないんです)
わたしは自分の耳を塞ぎ、感情を檻の中へ閉じ込めて、心を閉ざした。そして、追いすがろうとする自分自信の未練から逃げるように衛兵に従って歩いて行く。
周囲に悟られぬよう、唇を固く噛みしめながら、わたしは心で叫び続けていた。
これ以上ないほど最悪な形で終わったのだ。
(あんなに惨い言葉を言い渡して、ごめんなさい。わたしが二度とお会いすることなど、許されるはずがない。どうか、どうか、こんなわたしのことなどお忘れください。本当に……申し訳ありませんでした)
会場に着くと、整然とした近衛兵の一団が女王陛下を取り囲んで待ち構えていた。
その陣形の中央に、エリザベス陛下が本物の豪華なドレスを着て、本物の豪華な扇子をゆらゆらとゆらしながら待っていた。折れそうなほど細い腰、すらりと綺麗にすらりと伸びた手足、朱色の大きな瞳に長い睫毛……ああ、あの圧倒的な存在感と美しさは、身代わりの魔法では完璧には再現できない。
身代わりの魔法の姿だった時のわたしの姿を嘲笑うかのような「本物の美しい女性の姿」がそこにはあった。
わたしは恥ずかしさと惨めさで、思わずうつむいて、下をうつむいた。
(どうして、わたしだったんだろう……。結局こうして陛下が直接お越しになるのなら、わたしが閣下に投げつけたあのウソに、何の意味があったの?)
わたしの胸の内を見透かしたかのように、女王陛下は喉の奥でくつくつと喉を鳴らした。そしていつもの、あのひどく退屈そうな手つきで指先をひらひらと動かしてみせる。
……見覚えがあった。灰まみれになって暖炉を掃除するわたしを、面白そうな玩具でも眺めるように、陛下が鼻先で笑っていたときの仕草だ。
この後に続くのは、いつだって慈悲のない、冷酷な宣告なのだ。
「カリナ、婚約破棄の伝言、大義であったわ。わたくしの真意が婚約破棄にあることに相違はない。それは、問題ではありません。しかし――」
「も、申し訳ありません! エリザベス女王陛下、何卒、何卒お許しを……!!」
「いいえ。グラスを割って会場をざわつかせ、わたくしがまるでそのような蛮族のような振る舞いをするような真似事をしたのは頂けませんわね……」
ただひたすらに、慈悲を乞う言葉を喉から絞り出す。今のわたしには、なりふり構わず頭を下げることしか残されていなかった。
(お願い、惨めだとか、滑稽だとか、誰に笑われても構わないから! グラスのことは、許してください!)
けれど、そんなわたしの浅ましさをすべて見透かしたような陛下の眼光が、冷たく、鋭く突き刺さる。わたしは蛇に睨まれた蛙のように体が強張り、必死に紡いでいた謝罪の声は、情けなく震えて小さく消えてしまう。
「陛下……お、お許しください……」
「カリナ。わたくしへの不敬への罰として、もはや側付きの侍女であることを許しません。即刻、この王宮からの追放を命じます!」
――王宮を追放。
それがわたしに下された宣告だった。
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