【6章 再会】◇2
◇2
【エリーゼ視点】
私エリーゼは、ウラカン様の指示を受け、奪還作戦に必要な荷物をまとめるために早馬で屋敷へと急行しました。
屋敷に到着すると、そこにはメイドのピニンがいました。状況は一刻を争います。私は彼女に、ウラカン様が指定された装備や私物を至急まとめるよう手伝いをお願いしましたが、彼女は驚き、抗議の声を上げました。
「そんな、旦那様をあんなお体で行かせるなんて、いけません!」
「承知しています。ですが、私が治癒魔法をかけ、半日は無理が利く体にします。今は議論している暇はありません。一刻も早く準備を!」
私の剣幕に、屋敷にいた他のメイドたちも集まってきました。私は彼女たちにも手分けして作業に当たるよう指示を飛ばしましたが、そこで予期せぬ壁が立ちふさがりました。
「エリーゼ様、なんぼあぜくって急ぎこいたばってん、えぇごどぁおまへんっちゃだよ」
メイドのエスパダが口を開いたのですが、その言葉は極度の興奮からか、あるいはこの土地特有の激しい訛りのせいか、私には一単語たりとも聞き取ることができませんでした。彼女は困惑する私を見て、親切にもゆっくりと言い直してくれました。ですが、やはり意味を捉えることができないのです。
「ピニン、……彼女は一体、何と言っているのですか?」
「ええっと……『そんなに急いでも、良いことはありません』と言っています」
ピニンの通訳を聞いて、私は脱力しそうになりました。
エスパダは「承知しました、すぐにかかります!」と威勢よく、私が指示した荷物を持って早馬の方へと駆け出しました。ところが、その直後です。
「わああっ!」
ドシーン、という鈍い音が響きました。見れば、エスパダが生け垣の陰に落ちていた果物の皮に足を滑らせ、見事なまでに尻餅をついています。
「……彼女は面接の時は、あんなに明瞭に話せていたではありませんか」
「すみません……。焦ると、どうしても言葉が乱れてしまうのです」
ピニンが申し訳なさそうに肩をすくめながら、「とりあえずエリーゼ様も一息ついてください」と、ポットから紅茶を注いでくれようとしました。
その時、私の脳裏を、ある不穏な光景がよぎりました。昨夜、シロンが敷地内で目撃した、闇に紛れてうずくまる不審な人影の姿です。
「いけない! ピニン、今出している飲み物や料理は、すべて今すぐ廃棄してください!」
「えっ、どうしたんですか、突然?」
私は驚くピニンの手からポットをひったくるように奪い取ると、そのまま流しへ中身をぶちまけました。
「井戸です……。賊が井戸の中に毒を投げ入れた可能性があります。飲んでしまった者がいるなら、すぐに教会の医師に診察を!」
「ええっ!?」
「きっと、判断力を失わせる毒です……。カリナ様が情緒不安定になり、屋敷を飛び出してしまったのも、そのせいかもしれません!」
その時、立ち上がったエスパダが再び走り出そうとして、今度は生け垣に茂る蔓に足を引っ掛けました。
蔓が揺れ、棚から落ちてきた大きな実が彼女の頭を直撃します。エスパダは涙目で頭をさすりながら、千鳥足でふらついていました。
「ピニン、とにかく村長さんを呼んでください! 井戸の処置が済むまで、誰も口にしないように! いいですね!」
「分かりました、すぐに手配します!」
ようやく状況を理解したメイドたちが、必死に荷物を詰め込みました。作業を終えたエスパダが、私の元へ歩み寄ってきます。
彼女は生け垣に咲いていた真っ赤なハイビスカスを一輪摘み取ると、「お守りです」と言って、私の頭に差し込みました。
「……ありがとう、エスパダ。もらっておくわ」
私は花の重みを感じながら、馬の首筋を撫でて覚悟を決めました。
「では、行ってきます。カリナ様を、必ず連れ戻します」
私は手綱を引き、早馬を力強く走らせました。向かうは、ウラカン様が待つアプタ教会です。
馬の蹄が蹴り上げる土の匂いと共に、私は朝の風を切って駆け抜けました。
海の香りが心地よいです。
かつて、教会の不正を知って絶望していた私に、カリナ様が投げかけてくれた言葉を思い出します。
『もう、大丈夫だから。エリーゼ、元気出して』
今度は私の番です。私は、決してカリナ様を見捨てない。
「カリナ様、もう大丈夫ですから。待っていてください!」
大丈夫、きっと大丈夫。
あの御方なら、非力な私と違って、カリナ様を救い出してくれる。
『ルミナス』という名の、空を駆ける船に乗って、すべてを終わらせてくれるでしょう。
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