【4章 辺境の日々】◇7
◇7
【カリナ視点】
――翌日。
エリーゼはまだ、昨日の事件のショックで肩を落としたままだった。
それでも義務感からかペンを動かそうとする彼女を、わたしは無理やり机から引き剥がした。
「エリーゼ! お願い、ちょっとだけだから!」
「カリナ様、ちょっとだけですよ? わたし、これでも忙しいんですから」
渋々ついてくるエリーゼの手を引き、わたしは再びアプタ公会堂へと向かった。扉の前に立つと、エリーゼは少し不安そうに視線を泳がせたけれど、わたしは彼女の手をぎゅっと握りしめて、思い切りその扉を押し開けた。
「「「せーの、シスター・エリーゼ! 新生アプタ教会へようこそ!! それから、誕生日、おめでとうございます!!」」」
ホールを揺るがす歓声と花吹雪。
そこはウラカン様が公会堂の方たちや無罪の教会員のみんなと準備した、極秘のバースデー会場だった。中心にはバナナやパイナップルなど、バレンシアの果実をふんだんに使った大きなケーキが並んでいる。
「え……っ、あ……みなさん、ありが、ありが――っ」
状況を飲み込んだエリーゼが泣き崩れる。いつもは毅然としている彼女が、今は顔を真っ赤にして子供みたいに泣いている。その姿は、守ってあげたくなるような愛らしさに満ちていた。
「エリーゼ、もう大丈夫よ。ここはもう『悲しいウソ』のある場所じゃないわ」
わたしが彼女の背中に手を添えると、ウラカン様に促された村長が、照れくさそうに頭を掻きながら大きな木箱を抱えて歩み寄ってきた。
「エリーゼ、君の新しい門出にお祝いだ。村を代表して、ワシからも謝らせてくれ」
村長の無骨な手から渡された箱をエリーゼが開けると、中にはバレンシアの空のような淡い青の刺繍が施された、真っ白で柔らかな最高級シルクの修道服が入っていた。
「生地はウラカン様だけど、刺繍はわたしが徹夜で縫い込んだの!」
「わ……わたしの、ために……。……も、もう! みなさんして……意地悪すぎます……」
エリーゼは服を抱きしめ、頬を林檎のように染めてもじもじと視線を泳がせた。
「……ありがとうございます。……とっても、嬉しい、です。……カリナ様も、……その、大好き、ですからっ!」
消え入りそうな声で「大好き」と口にしたエリーゼ。あまりの可愛さに、わたしはたまらなくなって彼女に抱きついた。
「エリーゼ! わたしも大好きよ!!」
「ひゃっ、苦しいですってば! ……もう、ほんとに……うふふ」
幸せそうに目を細めるエリーゼ。そんな感動的な空気を、ガハハという村長の豪快な笑い声が突き破った。
「いやあ、めでたいべ! 聖女様二人の仲が良さそうでワシも楽しい! これであんたもついに三十二歳だな、シスター・エリーゼ!」
村長は最高級のシャンパン『海の滴』を片手に、デリカシーの欠片もない笑顔でエリーゼの肩を叩いた。
「「…………え?」」
わたしとウラカン様の声が重なった。わたしはエリーゼの顔と村長の顔を何度も見比べる。二十代前半にしか見えない彼女が、まさか、三十路を……?
「三十二!? エリーゼ、あなた、そんなに年上だったの!?」
「ちょ、ちょっと村長!! 今ここでそれを言う必要がどこにありますか!?」
「なーに言ってんだべ、隠すことねえべ? あんたのその若々しさは村の誇りだからよ! ガハハハ!」
村長は悪びれる様子もなく、わたしたちの驚きをよそに次々と料理を勧めて回る。その憎めない愛されキャラっぷりに、エリーゼも「もう……っ」と毒気を抜かれたように溜息をついた。
――新生アプタ教会。
わたしたちの物語は、この温かな笑い声から始まったのだ。
花売りをしていた子供たちは全員保護され、今は誰もが清潔なベッドと温かい食事に困ることなく過ごしている。
わたしが子供たちと一緒に、伝説の青い花の歌を口ずさみながらケーキを食べていると、エリーゼがスッと隣に座ってきて耳元で囁いた。
「カリナ様。……それで、ウラカン様へのプロポーズの返事は、もうされたんですか?」
「――っ!!?」
「おー? カリナ様、プロポーズされとったべか? ガハハハ!!」
心臓が跳ね上がり、あやうくケーキを落としそうになって空中で必死にジャグリングする。
隣を見ると、そこには年上らしい余裕を感じさせる「意地悪なシスター」の顔をしたエリーゼが、村長さんと一緒になってクスクスと笑い声を上げていた。
「な、何を、エリーゼっ! 村長さんも! 今は子供たちと歌を――」
「おや、カリナ。そんなに慌ててどうしたんだい?」
聞こえていないふりをしていたウラカン様が、いたずらっぽくこちらを振り向いた。
「返事なら、俺はいつでもいいと言っただろう? 君の準備ができるまで、十年でも二十年でも、俺は全然っ、気にしていないよ……おっと?」
ウィンクをする彼に動揺は限界突破し、わたしの手元のグラスが大きく傾く。
「ひゃっ! あ、危ない……っ!」
「あはは! カリナ様、顔が真っ赤ですよ!」
「やれやれ、これでは返事をもらう前に、カリナが真っ赤なリンゴになって、ころころ転がっていきそうだな! それ、リンゴころころー、ガッハッハ!」
わたしの無様な姿を見て、エリーゼも、ウラカン様も、そして誰より大きな声で村長が、お腹を抱えて笑い出した。恥ずかしくて、情けなくて、でも――この笑い声の中に、自分を虐げる人は誰もいない。
「……もう、みんな意地悪なんだから!」
わたしもつられて、笑い声を上げた。バレンシアの強烈な太陽の下、新しい家族の形が、この賑やかな公会堂の中に刻まれていくのを感じていた。
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