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令嬢ではない侍女ですが婚約破棄相手に溺愛されました(連載版)  作者: 灰月 琥珀
【4章 辺境の日々】

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【4章 辺境の日々】◇6

    ◇6




【エリーゼ視点】


 ――アプタ教会の聖堂の奥にある、修道院の会議室。

 私エリーゼは、込み上げるイライラを抑えきれず、床を激しく踏み鳴らしながら抗議の声を上げていました。


「どうなっているんですか! 道中で花売りの子たちがいました! 教会はいったい何をしているのです!」


 私は目の前の長いテーブルを、思いきり叩きつけました。

 ドンッ! という鈍い音が部屋に響き、並んでいたシスターや司祭たちが、ビクッと肩を震わせます。


「も、申し訳ありません、上級シスター・エリーゼ。今日のことは想定外なのです」

「想定外? 私がアプタ村に着く前に、孤児や貧困に悩む子供たちの問題は、アプタ教会ですべて解決しておくよう、ウラカン様からの多額の寄付金と共に指示の手紙を送っていたはずです」

「はい、確かに莫大(ばくだい)な寄付金を頂いております。ただ、その、あまりに莫大(ばくだい)すぎて、まだ暗号帳簿……いえ、会計処理が追いついていなくてですね……」

「会計処理? 何の話ですか? 寄付金の管理は最優先事項だと書きました。まさか、子供たちの空腹よりも事務処理の方が重要だと言うのですか?」

「いえ、決してそのようなことは! しかし、バレンシアの湿気で書類の整理が滞っておりまして……」

「言い訳は結構です! 湿気のせいにするなら、なぜ聖堂の装飾だけはあんなに新しく、美しく保たれているのですか!」


 ドンッ……! 私は再び、怒りに任せてテーブルを叩きました。


「もういいです。私が何とかします。会計処理も、子供たちの保護も、何もかも今すぐ私が――」

「おーおー、お嬢さん、そんなに怖ぇ顔しなさんな。美人が台無しだべさ」


 背後から響いた、場違いなほどにのんびりとした方言に、心臓が跳ね上がりました。

 振り返ると、そこにはウラカン様とカリナ様、そして場を和ませるようにへらりと笑う村長様が並んで立っていました。


「あ、あ……。も、申し訳ありません、ウラカン様……!」


 激しい怒りに我を忘れていた醜態を見られた羞恥のあまり、私は慌てて立ち上がりました。しかしその反動で、椅子がガタンッ! と大きな音を立てて後ろに倒れてしまいます。


(やだ、見られてしまった……。こんな、乱暴にテーブルを叩いているところなんて……!)


 顔がカァッと熱くなり、情けなさと焦りで涙がこぼれそうになります。そんな私に、カリナ様が真っ先に駆け寄ってきて、優しく抱きしめてくれました。


「すべて、村長さんから聞いたよ。この教会が献金を不正に横領しているのが、俺の多額の寄付で隠せなくなってるんだろう?」


 ウラカン様の冷徹な言葉に、私は耳を疑いました。


「横領!? まさか、そんな……この教会は王国で三番目に大きな、由緒ある教会です。そんな不正だなんて、信じられません!」

「信じられんのも無理ねぇが、これが現実だべ。お嬢さん、あんたが一生懸命送った金は、子供の腹じゃなく、こいつらの懐に入ってたんだわ」


 村長様が苦り切った顔でそう付け加えると、カリナ様が一枚の会計書類をそっと差し出してくれました。


「聞いて、エリーゼ。この教会ではね、古代語を使って暗号にして不正会計をしていたの。でも、村長さんは古代語が読めたから、分かっていたのよ」


 書類には、確かに私でもすぐには解読できない、けれど見覚えのある古代語の羅列が並んでいたことに私もハッと気づきました。証拠は目の前にあった……。


「そんな……。教会が、神に仕える場所が、こんな……」


 ショックのあまり、私はカリナ様の腕の中で脱力してしまいました。カリナ様は私を支えるように、より強く抱きしめてくれます。


「全て、調べはついているけど、何か言うことはあるかい?」


 ウラカン様が教会員たちを見据えると、場がざわめきに包まれました。やがて、一人の司祭が震えながら前に出ました。


「け、決して最初から横領しようなどとは……。杜撰(ずさん)な会計をどうにかしようとして、空回りしてしまったのです……」

「ウソをつくな。 私は、人を傷つける醜いウソは大嫌いだよ」


 ウラカン様の声が、氷の刃のように司祭を切り裂きました。

 その顔は、冷たく無表情で、私まで怖くて戦慄する表情です。


「君が五年前、このアプタ村がアプタ市になろうとした時の混乱に乗じて、市からの寄付金を不正に横領したことが発端なのは調べがついているよ」


 チャキッ、と鋭い音が響き、ウラカン様が銀色の剣を抜きました。

 文字通りの氷の騎士――冷たく全てを凍結させるような、恐ろしさが漂っています。


「私は氷の騎士だ。逆上して誰かを攻撃しようとしたり、逃げようとするなら、その罪を私の判断で一方的に断罪することもできるよ」


 このままだと、本当に誰か斬られるのかも知れない――そう思うと怖くなります。


「ま、待ってべさ、ウラカン様! ここで血ぃ流したら、この真っ白な修道服が汚れちまうべ! お嬢さんが泣いちゃうじゃが!」


 村長様が慌てて割って入るように手を振りますが、緊迫した空気は解けません。

 その瞬間、司祭の袖から小さなナイフが滑り落ち、石床にカランと音を立てて転がりました。司祭はそのままその場に崩れ落ち、むせび泣き始めます。

 私はそのナイフの刃がどろりとした紫色の液体が付着して汚く変色しているのを見て、息を呑みました。きっと毒付きのナイフ……。もしウラカン様たちが来なければ、あの刃は私に向けられていたのかもしれません。


「ウラカン様まってください! どうか剣を収めてください! あなたは……神に仕える者が、なんてことを……!」

「ご、ごめんなさい……ううっ、ごめんなさい……!」


 無様に泣きじゃくる司祭と、泣き崩れるシスターたち。聖なる場所であるはずの会議室は、醜い罪の告白で満たされました。


「……全員、連行しろ。教会はしばらくエリーゼとカリナ、君たちが代表となって運営してくれ。ほとんどの教会員は無罪だ、不正すら知らない」


 合図と共に、外で待機していた衛兵たちがなだれ込んできました。彼らは司祭と数人のシスターを容赦(ようしゃ)なく拘束し、連れ去っていきます。

 ウラカン様もスウッと剣を(さや)に収めたので、私はホッとします。


刃傷沙汰(じんじょうざた)が起きなくて良かった……)


 それでも、私の不安は消えません。本当にこれで終わりなのでしょうか。


「本当でしょうか……。私、これから誰を信じればいいのか……」


「お嬢さん、そんなに震えなさべ。あんたには、この最強の旦那と、お天道様みたいな奥様がついてるさ。これからは、嘘のない青空の下で働けるんだわ」


 村長様が大きな手で私の肩をぽんと叩いてくれました。その無骨な温かさと、剣を収めたウラカン様の力強い言葉に、私はようやく脱力して、その場へへたり込んでしまいました。


「もう、大丈夫だから。エリーゼ、元気出して」


カリナ様がもう一度、私を包み込むように抱きしめてくれました。


「私は孤児だったんです。教会が私を拾い、助けてくれました。その教会がこんなことをしていたなんて、信じられません……」

「そうだな。だが、これが現実だ。でも、もう解決する。終わるんだよ、エリーゼ」


ウラカン様の言葉を噛み締めながら、私は深く頭を下げました。


「……そうですね。教会の不正を正していただき、本当にありがとうございます。ウラカン様……。私は今まで、あなたのことを「少し心の鈍感な方」だなんて思っていました。申し訳ありません。」


 あなたは誰よりも早くこの地の歪みに気づき、私の身を案じ、そしてカリナ様という希望を連れきてくださった。


「いいことあるよ、エリーゼさん、聖女様やウラカン様と一緒に、ワシもあんたを応援しちょるよー。そんなに泣いたらワシも悲しいべ?」


 村長さんも太鼓腹をさすりながら心配そうに応援してくれています。


(これからは、もっとウラカン様たち皆さんに敬意と感謝を示そうと思います……)


 私は顔を上げ、カリナ様の手を握りました。


「聖女カリナ様……。この問題を完全に片付けるのを、どうか手伝ってください」

「ええ、もちろん! 手伝うから、だから元気を出して」

「カリナ様……。あなたがいなければ、この古代語の暗号帳簿は解けず、教会の闇は永遠に葬られていたかもしれません。」


 私はカリナ様に頭を下げました。


(カリナ。あなたは私にとって、そしてこのバレンシアにとって、紛れもない本物の聖女様です。……誓います。何があっても、私はあなたを裏切りません。この命に代えても、あなたをお守りします)


 私は心の中で、新しい、そして真実の誓いを立てたのでした。



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