【4章 辺境の日々】◇4
◇4
エリーゼと別れ、わたしは一人でアプタ公会堂の重厚な扉を押し開けた。
外の井戸で婦人たちが賑やかにお喋りしていた喧騒が遠ざかり、嘘のように静まり返ったホールには、ひんやりとした空気が満ちている。正面の立派なカウンターには、バレンシアの伝統的なハイビスカスの刺繍が入った色鮮やかな服を着た、若く凛とした受付の女性が控えていた。
彼女はわたしの姿を認めるなり、弾かれたように背筋を伸ばした。
「お待ちしておりました、聖女カリナ様」
「こんにちは。……ええっと、『再び蘇って……その命が続く限り』」
わたしは教わったばかりの「異世界の聖女」になりきるべく、龍の宝玉が埋め込まれた杖を、厳かに中空へと掲げてみせた。
わたしの古代語が、高い天井に神秘的な余韻を残して響き渡る。
突然の「祈祷」という演出に、受付の女性は目を見開いて驚愕した。けれど、すぐにそれが聖女様からの直接の祝福であると直感したのだろう。彼女は慌ててカウンターから身を乗り出すようにして、その場に膝をついた。
「あっ、これは、もったいなきお言葉を……! ええっと、『わ、我が身を尽くして、そ、その言葉を誓います』」
彼女の口から漏れたのは、拙いながらも真摯な古代語の返答だった。教会の人間でなくとも、この地域では生活の一部として断片的に言葉が受け継がれているらしい。
「宜しくお願いします。『バレンシアに眠る青き花のために』」
わたしは祈祷の締めくくりとして、掲げていた杖の先で、彼女の肩を優しくポン、ポンと叩いた。これは古代の教えにあった、慈愛を分け与えるための作法だ。
「はい、宜しくお願いします! 『バレンシアに眠る青き花のために』! さあ聖女様、どうぞこちらへ!」
顔を真っ赤にして感激に震える彼女に案内され、わたしは杖を手に、公会堂の奥へと足を踏み入れた。
どうやら、聖女としての最初の「演技」は、想像以上の効果を上げたようだ。
そのまま案内された広間の扉が開いた瞬間、外の静寂を吹き飛ばすような、熱烈な歓迎の光景が目に飛び込んできた。
「おおー、これはこれは、聖女カリナ様! 『バレンシアに眠る青き花のために』!」
地響きのような声で迎えてくれたのは、アプタ村の村長さんだった。バレンシアの豊かな恵みを体現したような恰幅のよい体つきで、はち切れんばかりの太鼓腹を満足そうに撫で回している。
その隣には、すでに到着していたウラカン様の姿があった。
「やあ、こちらの早馬の方が早すぎたね。先に待っていたよ」
彼はいつものように涼やかな顔で微笑んでいるけれど、その首には色鮮やかな花を編み込んだ巨大な首飾りが幾重にもかけられていた。さらに頭には立派な花輪まで載せられている。
(ウラカン様、その巨大な首飾りと花冠、あまりに可愛すぎるわ!! 妖精さんみたい!!)
……正直、氷の騎士様としての威厳がお花で台無しになっている気がして、わたしは笑いをこらえるのに必死だった。
「あははっ。いえ、こんにちは、村長様。これから宜しくお願いします。『バレンシアに眠る青き花のために』。ふふっ」
わたしが杖を手に会釈をすると、村長さんは顔を真っ赤にしてくしゃくしゃに崩して笑ってくれた。
「ああ、なんと神々しい……! さあ、聖女様にもアプタ村の最高級の歓迎を!」
「え、ちょっとわたしは――待っ――」
村長さんの合図で、受付の女性や大勢の村人たちが扉をバァンと勢いよく開け放ち、大きな花輪を手に押し寄せてきた。
ウラカン様の倍以上の巨大な首飾りが、次から次へとわたしの首にかけられていく。
(この首飾り、意外に、お、重いわ……。もう、歓迎が熱烈すぎるわ!)
「「「聖女様、ようこそアプタ村へ!『バレンシアに眠る青き花のために』!」」」
わたしの頭に色鮮やかな花輪が載せられ、視界の端が花びらで埋め尽くされる。
するとさらに、ドンドコと腹に響く太鼓の音と共に、陽気な三味線と笛の音が鳴り響いた。着飾った踊り手たちが飛び出し、広間は一気に最高潮に達する。
そして、さらにバァンと扉があけられ、陽気な三味線の音と笛の音が鳴り響く、歓迎の音楽なのか、踊り手たちまで出て来て、賑やかになった。
そして、さらに、花の首飾りがかけれる。花冠も追加でかけられた。
(うわぁ、すごい……! なんだか、本当にお祭りの主役になったみたい!)
花冠がさらにもう一つ追加で載せられ、重みにふらつくわたしの隣で、ウラカン様が「お揃いだね」と言わんばかりに、花の隙間から悪戯っぽく目を細めていた。
(これは、ウラカン様……自分に花が降り注がないよう、すべてわたしに仕向けたわね。やってくれたわね!!)
わたしが目線で抗議すると、彼は悪びれもせず楽しそうにウィンクしてみせた。やっぱり!!
(もっとユーモラスが演出)
ポンッ! ポポポンッ!
軽快な音と共に、村の地酒の瓶が次々と開けられる。女性陣の黄色い歓声に誘われて目をやると、なんとウラカン様が輪の真ん中で陽気に舞い踊り始めていた。片手に地酒を注いだグラスを持ち、ニワトリを真似たような軽やかなステップを踏んでいる。
「聖女カリナ様ー! 君も踊りなよ! さあ、こっちへ!」
「えっ、わっ!? きゃーっ!!」
ウラカン様に力強く手を引かれ、わたしは花の重みを忘れて輪の中央へ踊り出た。
教わった社交ダンスとは全く違う、音楽に身を任せたアドリブのダンス。
花びらがシャワーのように振りかけられる。大量に降り注いだ花びらの一枚がウラカン様の鼻に乗って、その姿が可愛らしくて面白くて、わたしは踊りながら笑う。
頭上からは花びらのシャワーが容赦なく降り注ぐ。その中の一枚が、ウラカン様の鼻の頭にひらりと乗った。
……あんなに鋭く精悍な顔立ちのウラカン様が、鼻に花びらを乗せておどけている。そのギャップが、たまらなく愛おしくて、面白い。
「あはは! ウラカン様、お花が!」
わたしが指差して笑うと、彼はわざと寄り目をして鼻先を動かし、花びらを落とそうと奮闘してみせる。その剽軽な仕草に、村人たちからもどっと大きな笑い声が上がった。
ピューイ、ピューイ! ドンドン! シャンシャン!
笛と太鼓、三味線の音がさらに激しさを増す。
わたしは夢中でウラカン様と手を取り合い、音楽が終わるまでくるくると回り続けた。
やがて曲が終わり、わたしは心地よい疲れと笑いすぎた喉の痛みを感じながら、その場に座り込んだ。
「ふぅ……。それで、今日は何をしに来たんだっけ? ダンスかな?」
「違いますよー! ウラカン様! わたしは聖女として、お仕事に来たんですってば!」
わたしの反論に、また村人たちがどっと沸く。
その騒ぎの中で、ふとウラカン様と目が合った。
乱れた金髪のブロンドヘア、少し上気した頬、そして花びら越しに真っ直ぐこちらを見つめるアイスブルーの瞳。
熱狂的な歓声が遠のき、一瞬だけ世界に二人きりになったような錯覚に陥る。……不意に胸が高鳴り、わたしは慌てて視線を泳がせた。
「ガハハ! では、食堂でみんなでお昼を食べながら、ゆっくりお話しましょう。ご相談したいことがありますのでな」
村長が満足げにお腹を撫でながら、宴をなごやかに締めくくった。
わたしは、まだ少し火照る顔を抑えながら、ウラカン様と共に「仕事」の場へと向かうべく、立ち上がった。
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