【4章 辺境の日々】◇1
◇1
翌朝、わたしはテントの隙間から差し込む朝日の眩しさに目を覚ました。
昨夜、リクライニングチェアに揺られながら見た流星群の余韻が、まだ胸の奥に温かく残っている。
ふかふかの寝袋から這い出ると、隣ではすでに身支度を終えたエリーゼが、真っ白なシーツを整えていた。
「おはようございます、カリナ様。今日からは『聖女カリナ様』として、しっかりお支えしていきますね」
エリーゼが清々しい笑顔で、折り目ひとつない清潔なタオルを差し出してくれる。
「もう井戸の水も使えますから、顔を洗ったりできますよ。さあ、一日の始まりです」
「ありがとう。……ふふ、わたし、さっそく洗顔してくるわ」
少し寝ぼけ眼のまま、わたしはテントの入り口をそっとめくって外へ出た。
すると、目の前には昨日までの静寂が嘘のような、活気溢れる光景が広がっていた。
カン! カン! カン!
トントン! ギギィー! バリバリッ!
バレンシア初日の朝は、驚くほど騒がしくて、そして眩しい。
完成間近の「辺境伯の屋敷」では、数十人の職人さんたちが一斉に動き回っていた。
(みんなも頑張ってる。わたしも早く顔を洗って、シャキッとしなきゃ!)
賑やかな工事の音を背中に聞きながら、わたしは逃げるようにして、昨日整備されたばかりの井戸へと足を速めた。
新品の井戸を使って水を汲み上げて、顔を洗う。
ウラカン様がくださった、かつての他国の異世界人が作ったという「洗顔乳液」があるので、ありがたく使わせていただく。
うん、きれいさっぱりして心地が良い。
エリーゼから受け取っていたタオルで顔を拭いて、爽やかな朝日に目を細める。
とても清々しい朝の始まりだ。
テントに戻る前に、工事の様子を少し見学することにした。
屋根の上で金槌を振るう音、木材を削る音、資材を運ぶ威勢のいい声……。
バレンシアの乾いた空気の中に、新しい家が建つ力強い工事の音がこれでもかと響き渡っている。
ウラカン様の昨夜の説明ではお昼までに全てが終わるらしい。
きっと、早朝から作業をみんなされているのだろう。
「聖女カリナ様ー!おはようございまーす!」
「おはようっす!聖女様!」
高所に登っていた職人さんが、足場から大きく手を振って挨拶してくれる。
さらに、入り口付近で建具を調整していた棟梁らしき男性が、誇らしげに胸を叩いた。
「せ、聖女様だー! お部屋、内装の仕上げも順調です! お昼にはお使いいただけますからね!」
「あ……! おはようございます! ありがとうございます!」
突然の熱烈な歓迎に、わたしは慌てて会釈を返した。
けれど、ふと気づいて、急いで頬を両手で覆う。
(……やだ。寝起きのぼんやりした顔を見られてしまったわ! 恥ずかしい……)
洗顔を終え、さっぱりした気持ちでテントに戻ろうとした時。
すぐ近くで、ひときわ大きな笑い声と資材がぶつかる激しい音が響いてきた。
ズシン! ガシャーン!
「おら、もっと腰を入れろ! 騎士様に負けてんぞ!」
「無茶言わないでくださいよ、ウラカン様の力がおかしいんですって!」
そこには、すでに騎士の軽装に着替え、職人さんたちに混じって太い丸太を軽々と肩に担いでいるウラカン様の姿があった。
額に汗を浮かべ、泥にまみれながらも、そのアイスブルーの瞳は朝日のなかで愉快そうに輝いている。
「ウラカン様、おはようございます!」
わたしが声をかけると、彼は丸太をドサリと下ろして、白い歯を見せて笑いました。
「ああ、カリナ。まだ寝ていて良かったのに。おはよう」
「うふふ、こんなに賑やかじゃ目が覚めちゃいます。……わたしもお手伝いできることはありますか?」
「こっちは野郎どもの仕事だ、大丈夫だよ。それより君には、エリーゼと一緒にこの近くの『アプタ村』の村長に会いに行ってほしいんだ。」
『オーライ! オーライ! ハイッ! そこ置いて!』
わたしとウラカン様が立ち話していると、隣で大きな丸太を動かす作業がはじまって、ここにいると邪魔そうなので、わたしはウラカン様と慌てて少し静かな場所に移動する。
「それで、えっと、アプタ村って?」
「バレンシアで最大の村さ。……といっても、人口四万人もいるちょっとした都市なんだけどね。マラネロ王国で『最大の村』と呼ばれている場所だよ」
「人口四万人!? それってもう、普通に街とか都市じゃないですか!」
わたしの驚きに、ウラカン様は少し得意げに鼻を鳴らた。
「地域おこしの戦略だよ。『王国最大の村』だとユニークだろう? 観光や地域振興において、これほど強力なキャッチコピーやブランド力はないからね」
「もしかして……その考えって……」
「五年前、村長に相談されてね。『村のままの方が面白いし、注目されますよ』ってアドバイスしたんだ。期待通り、今や立派なブランドだろ?」
悪戯っぽく笑うウラカン様の姿を見て、わたしも思わず吹き出して笑ってしまった。
「あははっ! 本当にウラカン様らしいですね! わかりました。では、エリーゼと一緒に行ってきます!」
「ああ、気をつけてね。村長によろしく! 屋敷の完成を見届けて俺も後から向かうよ!」
背後で再び始まった「トントン! カンカン!」という賑やかな音と職人さんたちの野太い声を背に、わたしはエリーゼと合流するため、足取りも軽くテントへと戻った。
テントでは、エリーゼがすでにアプタ村に向かうための支度を整えて待っていた。
「エリーゼ、王国最大の村だって! どんな村か、わたし楽しみ!」
わたしの声に、エリーゼは大きなリュックの紐をグイッと締め直し、ふうと息をついて振り返る。
「ああ、ウラカン様の村自慢を聞いちゃいましたか。全く、あの方はどこへ行ってもあんな調子なんですから、困ったものです」
「でも、面白いじゃない。わざと村にしているなんて!」
「まあ、違法ではありませんしね。今朝、アプタ村が村になったままの仕掛け人がウラカン様だと知って、私も驚きました……」
――ごそごそ……カチカチ、カチャッ。
「あ、治癒魔法セット?」
「はい、ええ、これで全て準備完了のはずです。聖女様は杖を忘れないでください」
「はい! エリーゼが準備してくれてたから、この異世界人の杖も持てば、ばっちりね!」
わたしが龍の宝玉が埋め込まれた杖を手に取ると、エリーゼは満足そうに頷きました。
「はい、ばっちりですよ、聖女様。さあ、行きましょうか」
エリーゼは呆れつつも、その表情はどこか楽しそうだった。
朝の活気に満ちた建設の音を背中に聞きながら、わたしたちは未知の「王国最大の村」へ向かっての一歩を踏み出した。
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