表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
令嬢ではない侍女ですが婚約破棄相手に溺愛されました(連載版)  作者: 灰月 琥珀
【3章 旅立ち】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/41

【3章 旅立ち】◇4

   ◇4


 内港を()けて運河(うんが)が広がりを見せると、エルグランド号は、さらに速度を上げた。

 白銀の船体は(おどろ)くほど()れず、まるで鏡のような水面を(するど)く切り()いて進んでいく。

 

 わたしが名残惜(なごりお)しそうに遠くなったウィンターガルド運河(うんが)の出口を(なが)めていると、ウラカン様が船の反対側でわたしを手招(てまね)きする。


「カリナ、こっちに来てごらん。珍しい客人が挨拶(あいさつ)に来ているよ」

「えっ?」


 ウラカン様の方にわたしは()()った。


「わぁ……! イルカの群れ!」


 真っ白な波飛沫(なみしぶき)を上げる船首のすぐ側で、数十頭ものイルカたちが競い合うように()ね、エルグランド号と並走している。

 太陽の光を反射しながら、()れた背中がキラキラと輝き、彼らが上げる歓喜(かんき)の声で思わずわたしは笑みが浮かぶ。


「……すごい。こんなに間近で見られるなんて。図鑑(づかん)で見たことはありましたが、本物を見るのは初めてです!!」

「この船は静かに進むから、あまり海の生き物も(おどろ)かないんだよ。だからイルカたちも、エルグランド号を大きな仲間だと思って遊びに来るのさ」


 事もなげに語るウラカン様。

 でも、野生のイルカたちがこれほど親密に()()うのは、普通はあり()ないはずだ。


(これは、こっそりわたしのために、きっと船長とウラカン様で、航路(こうろ)を調整してくれたんだわ。なんて素晴らしいプレゼントなの!)


 わたしが夢中で彼らに手を()ると、一頭の大きなイルカが空中で一回転し、まるでわたしの呼びかけに(こた)えるように大きな歓声で鳴いた。


「わあっ! 見て、ウラカン様! 今、わたしに挨拶(あいさつ)してくれました!」


 ()り返ると、そこには満足そうに目を細めるウラカン様の姿があった。

 (きび)しい騎士(きし)の顔でも、浮世離れした富豪(ふごう)の顔でもない、一人の精悍(せいかん)な青年の顔。

 そこには、わたしを愛おしそうに見つめる、(おだ)やかな眼差(まなざ)しがあった。


「ああ、見ていたよ。彼らと友達になれて良かったじゃないか」


 ウラカン様はそう言って、(いつく)しむような眼差(まなざ)しをわたしに向けてくる。

 視線の先には、太陽の反射でキラキラと輝く飛沫(しぶき)を上げて()ねるイルカたちの群れ、そして深い青に染まったクロード海の向こうに(かす)む白亜の港町。

 潮風が運ぶ自由の香りと、わたしの手に重ねられた彼の確かな温もり。

 指先から伝わってくる優しい鼓動(こどう)に包まれながら、わたしは「なんて楽しい船旅なんだろう」と、今、この瞬間(しゅんかん)(きざ)める幸せを心の底から()み締めていた。


 彼らに夢中になっていると、さらに遠くの水面が大きく盛り上がった。

 ドォォォォン、と重低音の地響きのような音が響き、巨大な水柱が天高く吹き上がる。


「……っ!? ウラカン様、あれは!」

「ああ、さらに海の王様のお出ましだね。クジラだ。この海域(かいいき)を通る船に挨拶(あいさつ)をしてくれるのは、よほど運が良い時だけだよ。君は運が良いね」


 巨大な尾びれが海面を(たた)き、キラキラとした飛沫(しぶき)(きり)のようにわたしたちの元まで降り注ぐ。太陽の光を浴びた飛沫(しぶき)は小さな虹を作り、甲板を彩った。

 あまりのスケールの大きさに足がすくみそうになったその時、不意に背後から軽やかな音が響く。


 ポンッ、と小気味良い音を立てて抜かれたのは、見事な装飾(そうしょく)(ほどこ)されたシャンパンボトルの(せん)だった。


「お楽しみのところ失礼いたします! 旦那様(だんなさま)、カリナ殿(どの)! このティーゼルより、バレンシアへの門出を祝して、当艦特製(とうかんとくせい)シャンパン『海の(しずく)』をどうぞ!」


 いつの間にか現れたティーゼル船長が、銀のトレイに乗ったクリスタルグラスを差し出した。黄金色の液体の中で、細かな泡が星のように(おど)っている。


「えっ、シャンパンですか? 今日、お酒は……」

「大丈夫だよ、カリナ。今日は現地に着いても寝るだけさ。肩の力を抜いていいんだよ」


 ウラカン様が先にグラスを取り、わたしに手渡してくれる。

 互いのグラスをぶつけると、チリリン、と繊細(せんさい)で高い音が潮風(しおかぜ)に流されて、とても心地よい。

 そのまま飲んでみると、濃厚(のうこう)な果実の甘みと、弾けるような泡の刺激(しげき)がたまらなくて思わず「ぷはーーー!」と声が出てしまった。


「……美味しいですね!!こんなに華やかなシャンパン、わたし初めてです!!」

「それは良かった。バレンシアまでの短い航海だが、君にはこの海のすべてを楽しんでほしいんだ。この船旅すべてが君へのプレゼントだよ」


 クジラからの噴水(ふんすい)に虹が浮かぶ。

 それを(なが)めながらの冷えた極上の飲み物で(のど)(うるお)す。


(海上でのシャンパンがこんなに美味しいなんて!)


 クジラが跳ねて豪快(ごうかい)に海に飛び込んだ。

 その水しぶきが、空から降りかかって「きゃー!」と歓声が出てしまう。

 気づけば、わたし、さっきからずっと笑いっぱなしかも知れない。

 潮風(しおかぜ)がわたしの五感のすべてを特別な時間だと教えてくれている気がする。

 ウラカン様も楽しそうにずっと笑っている。 


(なんて最高の一時(ひととき)なんだろう! まさか船旅の全てがプレゼントだったなんて! 今、とっても(うれ)しい!)


 この贅沢(ぜいたく)な時間を素直に受け取ることにした。

 わたしは心の底から笑い続けた。

本作を面白いと感じていただけましたら、ブックマークや評価、いいねなどで応援いただけると嬉しいです。

今後の活動の励みにさせていただきます。よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ