表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
令嬢ではない侍女ですが婚約破棄相手に溺愛されました(連載版)  作者: 灰月 琥珀
【3章 旅立ち】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/41

【3章 旅立ち】◇2

   ◇2


 【カリナ視点】


 翌朝(よくあさ)、わたしカリナは天蓋(てんがい)のついた巨大なベッドの真ん中で目を覚ました。


 わたしには、信じられない出来事や抱えきれない(おどろ)きに直面すると、つい空想の(から)に閉じこもって現実逃避(げんじつとうひ)してしまう変な(くせ)がある。

 それが良いことであれ悪いことであれ、一晩眠ればすべては夢の中に溶け、朝には元通りの平穏(へいおん)な日常に戻っているのではないか――そんな(あわ)い期待を抱かずにはいられないのだ。


 王宮を追放され、野宿を()り返しながら実家へ向かったあの三日間もそうだった。冷たい地面で木陰(こかげ)に身を()せるたび、明日の朝にはいつもの侍女部屋で目が覚めるはずだと、祈るように目を閉じていたことを思い出す。


(……結局、あの日々は悪夢のまま終わらなかったけれど、今はそれ以上に信じられない現実の中にいるのよね)


 ふかふかのシーツを(すべ)り落ちるようにしてベッドを降り、ナイトキャップを外しながら天井を(あお)ぎ見る。

 視線の先では、豪奢(ごうしゃ)なシャンデリアに(しつら)えられた、大きな木の羽根がゆっくりと回転していた。

 侍女頭のナターシャさんによれば、これは室内の空気を循環(じゅんかん)させ、常に清涼な心地よさを(たも)つための異国の魔道具なのだという。

 もちろん、こんなのは王宮でさえお目にかかったことがない。

 ウラカン様のお屋敷(やしき)はどこを見ても想像以上に豪華(ごうか)な美術品や魔道具が、まるで当たり前のように置いてある。


(ああ、昨日のことは……やっぱり、夢じゃなかったんだ)

 

 回る羽根を(あお)いで、ぽかんと口を開けたまま立ち()くす。

 鏡を見るまでもない。

 きっと、今のわたしは、自分でも(あき)れるほど間抜(まぬ)けな顔をしているに(ちが)いない。


 静寂(せいじゃく)を破ったのは、(ひか)えめながらも確かな存在感を持った三回のノック音と、扉越(とびらご)しに届く侍女頭の落ち着いた声だった。


「カリナ様、お目覚めでしょうか。ナターシャでございます」

「ふぇ? あ、はーい。どうぞ」


(……って、今の返事はダメすぎるわ! 「お入りなさい」って言わなきゃいけないのに!)


 いけない、こんな間抜(まぬ)けな顔を見られたら、これから辺境(へんきょう)の地へ向かうウソとはいえ聖女として(しめ)しがつかないわ。

 わたしは弾かれたように我に返り、慌ててだらしない口元を引き締めた。


 (とびら)が音もなく左右に開くと、侍女頭を先頭に、数名の侍女たちが整然とした足取りで入室してきた。

 ある者はカーテンを(あざ)やかに開け放ち、ある者は目覚めの香油を()き、またある者は手際(てぎわ)よく着替えの準備(じゅんび)を整えていく。


(……すごい。足音ひとつ立てない完璧(かんぺき)な所作。わたしに(いや)がらせをしていた王宮の上級侍女たちに見せてあげたいくらいだわ)


 王宮侍女だった頃のわたしが「いつかやってみたい」と夢見ていた、まるでお姫様のような朝の光景。それが今、かつては「仕える側」だったわたしの目の前で()り広げられている。


「いつまで口を開けているんですか、カリナ様」

「……っ! エ、エリーゼ! いつからそこにいたの!?」


 わたしは、慌てて両手で口元を隠す。


(えっ、口を閉じていたつもりだったのに!! エリーゼ、それは言わないで!)


「冗談ですよ、口は開いていませんでしたよ。フフフ」

「も、もう! エリーゼ!」


 けれど、彼女がくすくすと笑いながらチリリンをベルを鳴らすと、部屋の空気が一変した。


「さて、カリナ様。いつまでも夢心地(ゆめごこち)でいられては困ります。朝食を()りながら、今後の予定を確認しますよ。……ナターシャさん、準備(じゅんび)を」

「はい、エリーゼ様。カリナ様、そちらへお()けください」


 ナターシャさんの合図で、銀色のワゴンが運び込まれる。

 湯気を立てる焼きたてのクロワッサンに、恐らく最高級のクリームチーズ。色鮮(いろあざ)やかな季節のフルーツに、()き通ったコンソメスープ。

 ……それらが手際(てぎわ)よくテーブルに並べられる横で、エリーゼは分厚い紙をバサリと広げた。


「四日後のバレンシア出発に向けて、荷詰めを進めていきます。聖女としての威厳(いげん)を保つための正装も数着新調しました……聞いていますか、カリナ様?」

「あ、ええ。あの、聖女の正装って……どんなものなの?」


 わたしは焼き立てのクロワッサンを一口(ふく)み、そのバターの芳醇(ほうじゅん)な香りに目を丸くしながら問いかけた。


「『異世界の聖女』らしく、遠国から取り()せた青白いシルクで縫製(ほうせい)した特別な衣装です。仕上げに、不思議な魔力を()めたように見える異国風の(つえ)も手にしていただきます。ばっちり異世界人らしく決めましょう」


(……すごい。昨日まで裸足で歩いていたのが信じられないくらい、わたしの人生が(もう)スピードで動いているわ……)


「問題は到着(とうちゃく)してからの生活基盤(せいかつきばん)ですが、ウラカン様が昨日、突貫工事(とっかんこうじ)辺境伯(へんきょうはく)屋敷(やしき)を建てるよう手配されました。私たちが着く頃には、真新しいお屋敷(やしき)が完成しているはずですよ」

「ええっ……でも、わたし、こんな豪華(ごうか)贅沢(ぜいたく)()らし、なんだか落ち着かないわ」


 フォークを持ったまま固まるわたしに、エリーゼは待ってましたとばかりに一枚の図面を取り出した。そこには、白亜の石造(いしづく)りではあるものの、正方形をしたシンプルで小ぢんまりとした建物が(えが)かれていた。

 

「ええ、わたしも同じことを指摘(してき)しました。するとウラカン様は即座に計画を変更(へんこう)され、一般的(いっぱんてき)領主(りょうしゅ)が住まう程度(ていど)(つつ)ましい屋敷(やしき)にすると……ナターシャさん、ジャムはそちらを。カリナ様はベリー系がお好みですから」


 エリーゼはわたしの好みを指示(しじ)しながら、(よど)みなく旅の準備(じゅんび)を進めていく。

 美味しい朝食の香りと、現実離れした報告の数々が、わたしの頭の中で目まぐるしく交差していく。


「昨日は他所のお屋敷(やしき)を犬小屋って笑っていたウラカン様が、そんな普通の建物で満足できるのかしら?」

辺境(へんきょう)のバレンシアは荒廃(こうはい)し、今は小さな村がポツンといくつかあるだけです。そこに不釣り合いな宮殿(きゅうでん)を建てるほど、あの方も無謀(むぼう)ではありませんよ。……あの方は、周囲を納得(なっとく)させるための『(うそ)』を仕込むのが、本当にお得意ですから」

「わざとそれらしい建物にして、周囲を(あざむ)くのね。……もう、ウラカン様ってば、(うそ)ついてばっかりじゃない!」


 エリーゼはパンをもぐもぐ食べながら、大きく(うなず)いた。

 時間があるようで少ない。いつまでも夢心地(ゆめごこち)ではいられないのだ。

 バレンシアには遊びで行くのではない。たとえ偽物からのスタートでも、聖女として自分にできることを、わたしだって見つけたい。

 そう考えていると、コーヒーをすすっていたエリーゼが続きを説明し始めた。


「それから、このお屋敷(やしき)にいる侍女や執事(しつじ)もお連れにならず、私とウラカン様とカリナ様だけです。仕事が少ない地域(ちいき)だから、少しでも地域のためにと」

「そうか、メイドを現地の方に(たの)めばお給金で生活できる人が増えるものね」

「不自然なお金のバラマキは汚職や依存(いぞん)を引き起こすので、あくまで実力があり、現地の方々が自立して生活できるよう手に職をつけさせたいと言われていました」


 わたしはコンソメスープを一口すすり、その温かさにホッとしながら答えた。

 わたしはウラカン様の相変わらずの手際(てぎわ)の良さと、それについていけるエリーゼに感心する。さすが上級シスターだ。


「ウラカン様はきちんとバレンシアの方たちのことを考えているのね」

「ええ、同情や施しでうまくいくほど辺境(へんきょう)の地は甘くありません。ウラカン様が下手に財力だけで解決すれば、国の面子が(つぶ)れてしまいますから」

「女王陛下(へいか)の顔も立てないといけないのが、一番の障壁(しょうへき)かもしれないわね……」


 わたしはベリーのジャムをたっぷりと()ったスコーンを口に運びながら、遠いバレンシアの地に思いを()せた。

 どんな場所なのか、不安はある。

 でも、ウラカン様とエリーゼが一緒ならきっと何とかなりそうな、そんな気がした。


「ああ、そう言えば。ウラカン様から伝言があります」

「え? 伝言?」

「昨日は少しやりすぎたと反省しているようです。今後はあのような派手な()()いは(ひか)える、とのことでしたよ」

「ええー!? いやいや、ちょっと待って! そう言っているそばから、この朝食のどこが “派手じゃない” っていうのよ!」


 わたしが身を乗り出して、目の前の豪華(ごうか)なテーブルの品々に指をさした。

 真面目な顔をしていたエリーゼも、たまらなかったようで吹き出して笑ってくれた。

本作を面白いと感じていただけましたら、ブックマークや評価、いいねなどで応援いただけると嬉しいです。

今後の活動の励みにさせていただきます。よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ