【2章 聖女降臨】◇9
◇9
ウラカン様との夕食は、想像を絶するほどに豪華なものだった。
女王陛下の側付き侍女として、それなりの贅沢は見慣れていたつもりだったけれど、ウィンターガルド家の夕食は「贅沢」という言葉では到底足りない。
飾り付けに本物の宝石が埋め込まれた大皿や、重厚な輝きを放つ純金のグラス。聞いたこともない異国の美酒が注がれるたび、何に驚き、どう感嘆すればいいのかさえ分からなくなっていく……。
次々と運ばれてくる絶品の数々は、どれも舌の上で甘やかに溶け、見た目も宝飾品のように煌びやかで、わたしは何度も驚かされた。
「小食な女性の胃袋を壊さないように」という配慮もしっかり行き届いていた。
適度に少量の分量で色々な味が楽しめるよう配慮された配膳で、かつ胃に優しい舌触りの品々は、わたしを決して無理をさせることがなくて慈愛と優しさに満ちている健康的な食事だった。
その繊細な気遣いに、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
そして、顔を上げれば優しく微笑むウラカン様がいて、ふと視線を逸らせば、月明かりに照らされたクロード海の絶景と、心地よい潮の香りで、くすぐったいような気持ちになる。
ただの水のコップでさえ、繊細な花の切り子細工が施され、月光を浴びて宝石のようにキラキラと輝いている。
……もう、何を食べているのか、夢を見ているのかも分からない。
(あぁ、もうダメ……語彙力も、感覚も、全部溶けてしまいそう……)
私はこのまま自分が溶けて消えてしまうのではないか……そんな、少し現実逃避した非常識な心配を本気でしながら、今まで経験したことのない至福のひとときを過ごさせてもらった。
こうして素晴らしい夕食を楽しみ、デザートも終えて、お腹いっぱいの幸せと、甘美で夢のような空間の夢心地に浸りながら、一息ついていると、しばらくしてウラカン様が少し真面目な顔をしてわたしを見つめてきて、妥協を許さない決意に満ちたアイスブルーの瞳を前に思わずドキッとした。
(ウラカン様、そんな顔で急に見つめられたら、わたし、心が落ち着きません……!)
「セバス、例の物を持ってきてくれ」
チリンとベルを鳴らして、執事のセバスさんにウラカン様は目配せをした。
「かしこまりました。旦那様。こちらです」
「セバス、ありがとう」
ウラカン様が手にしたのは深い青みのかかった宝石箱だった。
それを開けて、わたしに手渡してくる。
(えっ、何? まだ何かあるの?)
宝石箱を開けると、青い宝石が埋め込まれた銀でできた小さな懐中時計が入っていた。時計……?
「ウィンターガルド家での習わしだ。大切な人と出会った瞬間から時を刻み始める、世界で一つだけの君だけの懐中時計だよ。……気に入らなければ、売ってしまっても構わない。買い取れる商人は限られるだろうがな」
「えっ、どうして、こんな……わたし、……」
「すまない、素直に言うのが苦手なんだ。君を側室になんて迎える気はない。聖女様の騎士なんて表向きの建前、つまり、あれはウソで俺の本心じゃない。つまり俺の本心は……そういうことさ」
(えっ……?)
その言葉の意味を理解した瞬間、心臓が跳ね上がった。
「待って、ウラカン様。あははっ」
わたしは驚きを誤魔化そうとして、思わず意味も無く乾いた笑いをして両手で口元を覆ってしまう。
あまりの緊張に、笑うことしかできなかったのだ。
(ダメよ、落ち着いて、わたし。舞い上がって一人で滑稽な田舎娘になるのは嫌。冷静に、考えて、考えて……)
ぐるぐると答えのない思考が頭の中を巡り、私は指にぐっと力を込めて平静を装った。
「ごめんなさい、わたし……今は、時間が欲しいんです。冷静に考えて、安心できる時間が、欲しいんです……」
「分かっているよ、カリナ。答えを急いでいない。『君を待っている』」
(やっぱりウラカン様は本気だ。どうしよう。)
気まずさで思わず視線を逸らすと、控えていたセバスさんが「気分直しに、これはどうですかな」と、鮮やかなカクテルグラスを差し出してくれた。
ぐいっと飲むと、爽やかで甘酸っぱいリキュールが、どうしたらいいか分からなくて混乱しているわたしの喉をスッと通っていく。
(えっ、なにこれ? 最高だわ!!)
あまりの美味しさに、わたしの心は舞い上がった。
「美味しいわ! すごい! わたしの好み、そのものです!」
「先ほどの夕食で、どんなお味がお好みか、しっかり把握させていただきました。こちらもどうぞ」
口直しに置かれた燻製ピスタチオを、リスのように頬張ってしまう、わたし。
そんなみっともない姿を、ウラカン様は少し寂しそうに、けれど愛おしそうに見つめている。
「今日の返事は、今すぐだとか、必ずしなければならない、というものでもないからね。俺は待っているよ」
「は、はい……いえ、必ず、ちゃんと考えてお返事しますから!『わたしに時間をください。心の準備ができていません』」
慌てて返答するわたしに、「だから返事は慌てなくていいのに」とウラカン様が大笑いし、つられて、わたしも吹き出してしまった。
ごめんなさい、ウラカン様。もう少しだけ時間をください。
必ず、きちんとお返事しますから。
本作を面白いと感じていただけましたら、ブックマークや評価、いいねなどで応援いただけると嬉しいです。
今後の活動の励みにさせていただきます。よろしくお願いいたします。




