【2章 聖女降臨】◇6
◇6
え? 涙でぐしゃぐしゃになっている視界で地面をみつめていたわたしに懐かしい声がしたので、見上げると上級シスター・エリーゼが側に立っていた。
「ウラカン様、ダメですよ、カリナ様がびっくりされています。さあ、大丈夫ですよ、カリナ様。ウラカン様はあなたをオモチャにしたりするような心の冷たい方ではありません。あの方は、単にちょっと心が鈍感なだけです」
「ど、鈍感とはなんだ、エリーゼ! 俺はちゃんとエリーゼのことを思っている。そのことで思い上がったりはしていない!」
ウラカン様がエリーゼの毒舌に反論する。
わたしは二人のやり取りにおろおろしながら、涙でぐしゃぐしゃな顔をハンカチで拭きながら、しゃくり上げるような嗚咽をどうにかしようとしていた。
「エリーゼ、ウラカン様、そんな喧嘩しないで……ひっく、ひっく」
わたしは泣き虫なのだ。すぐに泣いてしまう。ああ、情けない、自分をウラカン様と比較して怯えてしまって出たこの恥ずかしい涙と嗚咽が止まらない。
「カリナ様、ご安心ください。ウラカン様は孤児院の出身である私を差別したり見下したことは一度もありません。きっとあなたとも対等な関係を望む方です。少し強引な時がありますが」
「そ、そうなんですね……ひっく」
わたしは少し心が落ち着いてきた。エリーゼがいると心がほっとする。
「強引だなんて……いや、エリーゼ、仮にも俺はカリナの護衛騎士となった辺境伯だぜ? これぐらいのペースでも悪くないだろう?」
ウラカン様は頬を不満そうに膨らませている。あ、可愛い。
エリーゼは半目で、ウラカン様の足を、ぎゅっとふんだ。
「あ! いっ――」
ウラカン様が大きく目を見開く。
(ええ! 足踏まれちゃった、大丈夫ですか、ウラカン様!)
泣くのを忘れてわたしはウラカン様をどうにかしようとオロオロしてしまう。
「これは、カリナ様を泣かせたお仕置きです。どうせ口で言っても屁理屈をこねて威張るだけなんですから。ウラカン様は驚かせてカリナ様を泣かせてしまったりするようでは、護衛騎士失格です。先に屋敷に入りましょう、カリナ様」
「え? え? でも、ウラカン様を置いては……」
「いえいえ。足を踏まれたぐらいで騎士が死んだりしませんよ、これで、乙女の涙の重みを少しは考えればいいんです。それよりカリナ様は、お召しものを換えましょう。ウラカン様がちょっと怖かったですよね? もう大丈夫ですよ~」
苦笑しているウラカン様をすっと通り過ぎて、エリーゼは私の手を引いてそのまま屋敷に向かう。わたしは「ごめんなさい!」とウラカン様に謝罪しながら、そのままエリーゼに手を引かれて屋敷に入った。
(うわ、豪華なシャンデリア……なにこれ……)
天井を見上げて、わたしは唖然としてしまう。
こんな豪華なシャンデリア、王宮でも見たことがない。
「いいですか、カリナ様。ウラカン様は雲の上にいるような神様ではありません」
「え、そんなウラカン様は、だって……」
手を引かれながら階段を上がっていく。
エリーゼはこの屋敷の作りをどうやら熟知しているみたい。
「さあ、ここが、今日のお部屋です、さあどうぞ」
「え、でもウラカン様が……」
「女性の部屋を男性が覗き見るような真似できる訳ないじゃないですか。ここにも侍女やメイドもいますけど、カリナ様が緊張するでしょうから、人払いを私がすませておきました。大丈夫です、その方が落ち着くでしょう?」
「も、申し訳ありません。小心者で……助かります……」
「そんなに小さく縮こまらなくても大丈夫ですよ。そのへんの壺を一つや二つ割ったって、ウィンターガルド家の財政は揺らぎません、試しに――」
そういって、まるで、女王陛下にわたしが身代わりの魔法でなりすました時に、グラスを割っていた時のような仕草で、部屋の隅にある壺を雑に落とそうとエリーゼが触れる。ぐらっと、壺が揺れる。
「え? わ、わーーーー!!!!ダメです!エリーゼ、やめて!」
「冗談です。この壺を割ったら教会が一つ消し飛びます」
「笑えないわよ……エリーゼ、あなた、そんな人だったの」
「一緒にメソメソ、ウジウジしてあげるほうが好きですか?」
壺をもとの位置にそっと戻しながら、無表情で淡々とエリーゼが返す。
その言葉は重くわたしの胸にグサッと深く突き刺さる。
(ああ、ごめんなさい、荒療治してくださっているんですね、わたしが泣き虫ですぐにオロオロ、メソメソ、ウジウジするから……)
「まあ、女王陛下みたいに傲慢なのを淑女と言うのなら、カリナ様は本当の聖女かも知れませんね。とりあえず、もう聖女ごっこも不要ですから、身なりを本気で整えましょう。この屋敷内なら、私とカリナ様に仇なす者はウラカン様ぐらいしかないので、もう大丈夫ですよ」
「もう、エリーゼ。あなたって人は……あははっ」
エリーゼの止まらない毒舌に思わずわたしは吹き出してしまった。
(そっか……わたし、なにをずっとビクビクしていたんだろう。エリーゼみたいに図太くはなれないけど、もう少し顔をあげなくちゃ、ダメよね)
「ふふっ、ありがとう、エリーゼ。あなたわざと悪女になったのね」
「カリナ様のウジウジ虫っぷりは重傷ですからねー。ウラカンみたいな教会でも雑草を食べて成り上がってきた大胆さは、見習ってもいいかも知れません」
「え、ええ!? ウラカン様が雑草を食べてた時代があるの?」
「……ウソですよ。教会がそんなことするわけないじゃないですか」
「も、もー!! エリーゼ!! ふふっ」
「フフフ、ようやく笑顔になってきましたね、カリナ様」
「……あっ」
急にシスターらしい毅然とした姿勢で優しく微笑みかけてくるエリーゼに、わたしは、思わずハッとさせられた。
(ありがとう。わたしのために、エリーゼ。なんて優しい人なんだろう。でもウラカン様にはもう少し優しくしてあげてね?)
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