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17.新たなる敵

「──ちゃん……! ──ちゃん……!!」

 …………

「──シオリちゃん!!!」

 その呼びかけでシオリは魂が引き戻されたようにハッと目を開けた。

 仰向けに寝かされていたらしい。見覚えのない天井とピリカの顔が視界に映る。

「め、目が覚めたの!? 良かったぁ……」

「……ここは?」

「ここ? 逃げてる時に見つけた洞穴だよ」

 その回答を聞くと、確かに岩っぽい感覚が腕を包んだ。起き上がろうとすると、胸が不意に痛んだ。

「っ……!」

 反射的に胸を抑える。じんわりとした熱が胸元から体を覆い始める。

「あ、あんまり動かないで! なんか……完治できなくて……傷口は塞げてるんだけど……」

 口篭りしながらピリカがそう答える。シオリは、意識が途切れる前の記憶を掘り起こす。あの時、自分は何に貫かれたのか。

 確か、ヒビキの聖剣に貫かれたんだったか。ギリギリで体をずらして右胸に剣を突かせたんだっけか。命に比べれば、後遺症なんて安いもんだ。

「そういえば、ゼロは?」

「ん? あぁ、ゼロちゃんは〜『見張りに行ってくる』とか言ってどこか行っちゃった」

「あぁ、そう。わかった」

 わざわざ見張りなんてするくらいなら、もっと安全な場所に行けばよかったのに。それこそ、魔界とか。

「あとね〜シオリちゃん? あんまり、ゼロちゃんの師匠のこと下げない方がいいよ〜? あの子、師匠の話には神経質になっちゃうからさ」

「え、あぁ……分かったよ」

 ピリカの言葉に、力なく頷いた。ゼロの機嫌が悪くなったのも、確かにシオリの発言のせいなのかもしれない。

「ねぇ、ピリカ」

「?」

「あの後、ヒビキはどうなったの」

 その問いに、ピリカは瞳を揺らす。

「……分からない。煙幕張ってすぐ逃げたから」

「……そう」

 特に返す言葉もなかった。沈黙が洞穴の冷たい空気を一層重くする。

 ヒビキが死んだのか、あるいは生きているのか。聖剣に貫かれた右胸の疼きだけが、彼との繋がりを証明する唯一の質感を伴っていた。

 その時、洞穴の入り口から石を蹴るような乾いた足音が響いた。

「戻ったぞ」

 感情の起伏が一切削げ落ちた、平坦な声。ゼロが見張りから帰ってきた。

「おかえり〜! それで、何か変なのなかった?」

「いいや、特には……」

 ゼロはそれだけ言い、ピリカの隣に腰を下ろした。洞穴の外からは、朝から昼へと向かう、瑞々しくも力強い陽光が差し込んでいる。岩肌に反射した光が、薄暗い内部をぼんやりと白く照らし出していた。

「そっか……それならいいんだけど……」

 ヴィザール以外が揃い、束の間の静寂が洞穴を支配した。だが、その安堵を切り裂くように、外から1つの土を踏み抜く音がした。

「「……ッ!?」」

 ゼロとピリカが弾けるように立ち上がった。ゼロは尻尾を波打たせて即座に戦闘態勢に。シオリも立ち上がりたかったのだが、胸の傷がそれを許さない。疼きは、外にいる「何か」の接近に呼応するように鋭さを増していく。

 サクッ、サクッ、と。

 乾いた土を踏みしめる音は、迷いなく洞穴の入り口へと向かってくる。

「何者だ!」

 ゼロの問いに、返答はない。代わりに、瑞々しい陽光が洞穴を照らしていた。

 光を背負うようにして、1つの影が落ちた。純黒の修道服を纏い、山吹色の長い髪が良く似合う聖女が静かに佇んでいた。ただ、コイツは聖女と名称していいのか。胸元が大きく開いており、どちらかというと聖女に化けた淫魔、の方がしっくりくる。一瞬、綺麗な装束だなぁなんて思ったが、その認識はすぐに塗り替えられた。彼女からは鉄を舐めとったような臭いが微かにまとわりついており、よく目を凝らせば所々が元の生地より暗い色をしている。これは、彼女が血に塗れている事を表すには十分すぎた。

「お久しぶりです……エリュシオン様」

 彼女が発したその言葉を聞いたゼロの目が鋭くなる。

「いやぁ……やはり貴方様は亡くなっておられなかったのですね……そりゃあそうですよね、貴方様が人間なんかに負けるはずないのですから」

 彼女はコツ、コツ、と、一定のリズムでシオリの方に歩いてくる。彼女はきっと、いや、絶対に勘違いしている。

「エリュシオン……人違いだと思うんだけど……」

 取り敢えず、誤解を解かねば。

「人違い? ふふ……あははははは!!」

 シオリの拒絶を、彼女は心底愉快そうに喉を鳴らして笑い飛ばした。その笑い声には慈愛なんてなく、全てが狂気に満ち溢れていた。

「お戯れを……その忌々しくも愛らしい魂の輝き……私が、私たちが、見間違うはずがございません……」

 彼女は止まらない。ゼロとピリカの威嚇なんて目に入っていないかのように、ただシオリの方へと足を進める。三日月のように細まった目にはもう常軌なんてないように見えた。

「あぁ……なんて今日は運がいいのでしょう……全てはエリュシオン様の御加護──」

「おい」

「え?」

 ゼロの呼び掛けで、彼女は辺りをクルクルと見回す。まるで、ゼロとピリカを今まで世界から、自分から拒絶していたかのように。

「あら……どちら様ですか? 貴方達」

 山吹色の髪を揺らし、心底不思議そうに彼女は首を傾けた。聖女という格好をしているためかそれなりの可憐さはあるが、鉄の臭いと胸元の赤褐色の染みが現実へと引き戻してくる。

「そっちこそ誰だ。なぜその名でシオリを呼ぶ?」

 ゼロが低く、地を這いずりまわるような声で威嚇する。その瞳には、得体の知れない女に対する警戒が宿っていた。それに対し、彼女は鈴を転がすように笑った。

「名も名乗れぬ人に私たちとエリュシオン様の仲を問われる筋合いは御座いません……」

 その返答に、ゼロは小さく舌打ちをした。その時、ピリカが口を開いた。

「私、ピリカ。タルタロスに救われて、エリュシオンの元で生きてきた魔人!…………ほら、名前、言ったよ。そっちも名乗ってよ」

 ピリカの自己紹介を聞いて、聖女は目を見開き、一瞬の静寂の後におもむろに口を開いた。

「そう……ですね。でしたら私も名乗りましょう」

 彼女は黒のハビットを揺らし、小さく微笑んだ。

「聖教団十二聖徒の一番目……アニマ・グランヒルツと申します……以後お見知り置きを」

 一瞬、空気が凍った。全員の喉が引き裂かれたように、誰も声を発さなかった。

 その静寂を破ったのは、アニマだった。

「本来なら、私がこのような辺境に出向くことなど有り得ないのですが……」

 静かに一歩、着実にシオリとの距離を狭めた。

「例外はあるものです」

「待て──」

「長きに渡り、我らはその時を待ち続けておりました」

「……その時?」

 シオリが眉を(ひそ)める。

「エリュシオン様の……再臨を」

「だから違うって──」

「いいえ」

 被せるように、断言した。優しい声色のまま、アニマは続けた。

「魂が違います」

 その一言は、妙にずっしりとした響きだった。

「肉体でも、記憶でもない……核が同じなのです。私らはそれを見誤りません……見誤るはずがないのです」

 狂信。この一言に尽きた。

「帰りましょう……貴方の聖域へ」

「いや、行かないけど?」

 流れるように喉から言葉が出た。あまりにも自然で、何もおかしいところなんてない拒絶だった。こんな狂信者が提案する場所なんて絶対ろくなもんじゃない。

「いいえ」

 シオリの拒絶に対して帰ってきたのは、拒絶を否定するものだった。

「私共々、貴方様の再臨を待ち望んでいました。ので、聖堂に顔を出して──」

「……ふざけんなよ」

 低く沈んだ声でシオリは言った。

「勝手に決めつけて────」

「私は分かっています」

 被せてくる。やはり、優しい声のまま。

「貴方様がまだ困惑していることに。長い眠りから覚め、状況が整理できていないことくらいは」

「……だから違うって言ってんだろ」

 苛立ちが顔に滲んでくる。ただ、それでもアニマは、シオリの顔を見ていながら、全く同じ声色で口を開いた。

「ええ。ですから」

 また、1歩踏み出す。

「そのような状況で貴方様に判断を委ねる訳には行きません」

 何を言っている。何を言っているんだこいつは。自分が常に正しいと思っている? ハナからシオリの回答なんぞどうでもいいかのように、自分を貫き通し、シオリを連れ去ろうとするその姿は、もはや「信者」ではない。それ以上の執念を感じるものだった。

「理解なさらなくても構いません……」

 腕が、シオリの顔に近付く。

「いずれ、全て思い出されますので」

 ただ、その腕がシオリに触れることはなかった。

「いい加減にしろ」

 弾丸が銃から放たれた時のような音が洞内に響く。それは、ゼロの尾がアニマの腕を貫いた事を示すには十分すぎる音だった。尾の先端が地面に突き刺さり、完全にアニマの腕を固定している。

「あら?」

 動かなくなった腕を見て、アニマは首を傾げる。

「……なるほど。これがあるから動かないのですね」

 彼女はそう言うと、おもむろに片手でゼロの尾を鷲掴みにする。

「ッ──!?」

 ゼロは危機を察知したのか、反射的に尾を引き抜こうとした。だが──

「なん……」

 引けない。引けない。ミチミチとゼロの尾が悲鳴を上げるだけだ。

 ミチミチ、ミチミチ。ミチミチミチミチミチミチミチミチミチミチミチミチミチミチ

 ブヂッ──────

 尻尾の1本が、ちぎれた。

「──ッ!!!」

 ゼロが痛みで顔を歪ます。咄嗟に尾を引き抜く。先端はゴミのように投げ捨てられ、ゼロの尾からは黒い液体がドロドロと垂れている。ピリカは、赤の手玉を握りしめている。アニマにそれをぶつけられればかなりの大ダメージ。ただ、近くにはシオリがいる。それに、相手の個性能力(ユニークスキル)が分かってない以上、下手に攻撃を仕掛けることもできない。

「っふふ…… いいのです。いいのです……いいのです! いいのです!! あなた達のエリュシオン様への信仰心は十分に伝わりました」

 恍惚とした表情で、アニマはゼロとピリカに話しかける。ただ、恍惚の表情はすぐに真顔へと変貌した。

「ですが……聖教団に反すること即ち、エリュシオン様の意思への冒涜……」

 アニマがシオリに細く白い腕を伸ばす。

「さぁ、行きましょう。聖堂に────」


「私に触れるな!!!──」


 疼く胸に悶えながら、伸びてきた腕を振り払う。皮膚同士が強く当たる音がしっかりと聞こえた。

「え……」

 シオリを真っ直ぐ見つめながら、振り払われた腕をアニマはさする。

「私を連れて行くにはお前じゃ役不足なんだよ! なに私を分かった気でいやがる! 私の事なんて私しか分からないんだよ!!」

 今までの鬱憤を全て放出した咆哮。この場にいる全員が、狼狽えていた。特にアニマは目に見えて分かるほどに。

「シ、シオリちゃん……流石に──」

「早くここを出よう。早く」

 ピリカの言葉を遮り、シオリは洞穴を出た。もう、アニマの姿なんて見たくもない。あいつは一生あそこで自分を否定されたという事実に悶え苦しんでおけばいい。

「ま、待ってよ……」

 ピリカのその声が耳に入ると同時に足音が2人分。後ろはもう振り返らなくても何となく想像はつく。とっとと、あの異質者から離れよう。


 ◇◇◇


 一方、アニマはというと、シオリ達の背中を見送っていた。しばらくしてアニマは重たしげに口を開いた

「そう……ですか……」

 その声色に怒りはなかった。悲愴と、驚愕だった。

「やはり……私一人では今の貴方様に寄り添うことすら許されないのですね……」

 口角が上がる。

「でしたら、次会う時には別の聖徒もお呼びいたしましょう……」

 シオリはまだ知らなかった。己が放った拒絶の叫びさえも、巨大な戦乱を呼び寄せるための、最後の一押しに過ぎなかったことを──

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