34.勝手に履歴書を送ってしまう姉
「だ、ダメです!! ダメダメ!! はい、事務所NG入りましたー!! カメラ止めてくださーい!!」
「かめら?」
突然手をぶんぶん振りながら叫んだリリアに、双子が揃って首を傾げていた。
所属した覚えのない事務所からNGが出ている。
何故だ。私には勝手に履歴書を送ってしまう姉はいないはずだが。
「エリ様!! フリ素は腹筋だけにしてくださいね!!??」
「『冗談は顔だけにして』みたいに言われてもなぁ」
間近に立っているリチャードを見上げる。
真剣な表情をしてリリアたちを睨んでいるが……たとえば本当にキスをしたとして、おそらく彼は正気に返ることになる。
するとどうなるか。
腹筋を見ただけで「責任を取る」と言い出す人間が何を言い出すか。容易に想像できるというものだ。
私の方は粘膜接触にさしたる思い入れはないが、リチャードの方がどうかも分からない。
万が一彼が「初めて」を重視するタイプだった場合にはたいへん不本意ながら「奪っちゃった」になりかねないのだ。
下手なことをするわけにはいかない。
リチャードが再び手を振り払うように動かした。
それに呼応するように風の刃がリリアと双子に襲い掛かる。姫巫女様のn天結盾が弾き返すが、先ほどよりも大きくバリアが揺れている。
だんだんと乳児の姿がぼんやりとした黒い靄のように変わっていき……ずぶずぶとリチャードの身体に沈み込んで一体化していく。
それに合わせて、風の威力が増しているようだった。
いくら回復役がいるとはいえ、ここは我が家の中庭である。これ以上植木を荒らしたら私まで怒られてしまう。
どうにか直接的なあれそれを避けながら……この場を乗り切るには。
はたと気が付いた。
そうだ。この怨霊本人の想い人をつれてきてやればいいのだ。
「リリア!」
風の刃が収まったのを見て、呼びかける。
「レイを連れてきてくれ」
私の言葉で、すべてを察したのだろう。リリアは頷いて踵を返すと、中庭を後にした。
さすがは主人公、頭の回転が速い。
リリアの背中を見送った姫巫女様が、こちらに向き直る。
「レイって、あの小さな子?」
「ああ。それまで時間を稼ごう」
「勝算があるのね。分かったわ」
姫巫女様がサーシャ王子と頷き合った。二人の周囲を、範囲が狭くなったバリアが覆う。先ほどよりも集中した範囲で張られているので幾分強度がありそうだ。
さて、問題は出来る限り中庭の景観を維持しながら、どうやって時間を稼ぐか、だ。
ちなみに私は、たまにアクション系のゲームである「砦を守れ」みたいなミッションがやたらと苦手だったタイプである。
何となくモチベーションが上がらないのもあるが、「〇〇を倒せ!」みたいな分かりやすいミッションの方が得意だった。
1を1のまま維持することが得意な人間もいれば、1を10にするのが得意な人間も、はたまた1を0にするのが得意な人間もいる。向き不向きというやつだ。
そんな私に向いている戦略を取るとすれば――攻撃は最大の防御――つまり攻めの一手だろう。
リチャードに向かって呼びかける。
中身は別の人間かもしれないが、名前を知らないのだから仕方がない。
「なぁ、リチャード」
「…………」
「君って『初めて』?」
「え?」
リチャードがこちらに視線を向けた。
なるほど。まったく言葉が通じないというわけではないようだ。
言葉が通る。となれば――軟派系たる私が取り得る手段は、一つしかない。
まずは揺さぶりをかける。そして……隙を見つけて、そこにつけ込む。
「いいのかな? 私は君の想い人じゃないと思うんだけれど」
「違う、あなたよ。あなたがあたしの、」
「本当?」
手を伸ばして、彼の頬に触れる。両手でがっちりと頬を包み込んで、こちらを向かせた。
振り払われもしなければ――風の刃も飛んでこない。
まぁ、飛んできたところであの程度なら避けられると踏んでのことではあるが。
まっすぐに彼の瞳を見つめながら、甘く、やさしい声で――吐息の混ざるような距離感で、そっと囁く。
「よく見て。目を逸らさないで」
「う、あ」
「それとも――私の方がよくなった?」
そっと、唇を親指でなぞり――にやりと笑って見せる。
リチャードの瞳が、迷いげに揺らめいた。





