33.フグは自分の毒では死なない。
「え」
リリアの言葉に、リチャードを仰ぎ見る。
彼の肩には間違いなく、例の乳児が乗っている。
先ほどサーシャ王子も「赤ん坊」と言っていた。彼らにもこの乳児の姿が見えている。
つまり――見えていないのは、リリアだけだ。
そこではたと思い至る。
レイが私の姿になった時、リリアにはその姿が見えていなかった。
フグは自分の毒では死なない。
大聖女であるリリアには、魅了の上位互換であるところの認識阻害が効かないのだ。
ということは――あの乳児の姿は、認識阻害で作られたものだ。
「とりあえず、祓っちゃえばいい?」
「待って、姉さん」
ロザリオを構え直した姫巫女様を、サーシャ王子が制止する。
姫巫女様、儚げな見た目に似合わず割とワイルドというか――北の国での除霊もかなりパワープレイだった。
聖女の系譜なのだからもっと祈ったり何だりを想像していたのだが、ロザリオから放たれた光の矢――らしきもので攻撃するタイプの巫女だ。
いや、矢というか――霊丸というか、レールガンというか。
今もそれを放とうとしていたようだが、すっと手を下ろした。
「あれ、多分僕に憑いていたのと同じ怨霊だ」
「え?」
サーシャ王子の言葉に、姫巫女様が振り向いた。
「でもあれ、私が祓ったわよ?」
「怨念が強すぎるんだ。散っただけで、核まで届かなかった」
姫巫女様と怨霊との対戦を思い出す。
端的に説明すると……姫巫女様の力で一時的に零体を触れるようにしてもらった私が羽交い締めにしたところを蜂の巣にした、という顛末であった。
霊丸、1日5発までじゃなかったんだな。
「あの霊は男に――それも女たらしに捨てられた女の怨念の集まりです! 僕の力を吸って、認識阻害に近い能力を身に着けて――実体があるように見せているだけだ!」
リチャードの肩の乳児を見る。
だが言われて見てみても、しっかり乳児だ。実体がないとは思えない。
ただ――普通の乳児は瞬間移動もしないし、こんなふうに他人の背にしがみついたりもしない。それはよく、理解している。
ぶわり、と乳児の身体が黒い霧に変わる。
それがリチャードの身体を包み込み――やがて、一体化する。
リチャードの身体からわずかに黒い靄が立ち上り――瞳の色が、完全に変わる。
「その人は取り憑かれて、操られているんです! 祓うだけじゃダメだ、ちゃんと成仏させないと!」
「じゃあ、わ、わたしが!」
リリアがすっくと立ち上がった。
両手の付け根を合わせて、腰のあたりにひきつける。
非常に見覚えのあるポージングだった。
さっきから霊丸だのかめは〇波だの、私に散々文句を言っておきながら、お前たちだって十分に週刊少年漫画じゃないか。
「波――――ッ!!」
リリアが放った聖女の祈りが、勢いを持ってこちらに飛んできた。
だが、リチャード――もとい、その背後の乳児が手を上げて指を鳴らすと、また再びつむじ風が巻き上がる。壁のように巻き上がったそれが、聖女の祈りを弾き飛ばす。
「そ、そんなぁ!」
「リリアさん、力業ではダメですよ」
「だって! エリ様が!! いつも力業だから!!」
リリアが私を指さして抗議する。
人のせいにするな。
「エリザベスさん! その霊を完全に祓うには――未練を断ち切ってやらないと」
「未練?」
「男に捨てられた女の未練を晴らす。分かりますよね?」
サーシャ王子が、にっこり笑って私にウインクをする。
なるほど。
ここはイケメンの私が満足するまで口説いてやればいい、というわけだな。
頷いてみせると、サーシャ王子も力強く頷き返した。
「成仏させるのに必要なのは――王子様の口づけ、です」
「え?」
「は?」
「波ぁ!?」





