32.吊り橋効果で恋とか生まれた?
「え、」
ごう、と突然吹き荒れた突風が、私とリチャードを包み込む。
まるで私たちがいる場所が台風の目になってしまったかのように、突風がぐるぐると周囲を回っていた。
我が家の中庭は突風が吹きこむような作りはしていない。これは何か――原因がある。
するりと頬を何かがなぞる。
リチャードの指が、私の頬に触れていた。
先ほどから感じていた違和感の正体に、気づく。
眼だ。
話し始めた時は普通だった。西の国の王家に受け継がれる金色の瞳、特に変わったところはなかったはずだ。
だが今、彼の瞳は――銀色、だった。
「え、エリ様――!?」
風の音に紛れて、リリアの声が何とか聞こえた。
ぴたりと、リチャードの動きが止まる。
彼の動きに合わせて、ごうごう唸りを上げていた風もぴたりと止んだ。しんと、あたりに沈黙が満ちる。
「あの女がいけないのね」
すぅと、リチャードがリリアに向けて手を伸ばす。
瞬間、その腕の周りに風の流れが生まれ……
ゴオオオ!!!!
風が凄まじい勢いでリリアたちに襲い掛かった。
もはや鎌鼬と言ってもよいそれは、あっという間に彼女たちを包み込む。
「あら、危ないわね」
風の音が切れてくると、そう余裕の呟きが聞こえてきた。
手のひらにロザリオを握りしめた姫巫女様が何やらしかつめらしい構えを取っており――自分とリリア、それにサーシャ王子を囲うようにバリアらしき何かを領域展開している。
完全に厨二ムーブに膝まで浸かってしまっているが、この際それは置いておこう。
姫巫女様が背後の2人を振り返った。
「どう? 吊り橋効果で恋とか生まれた?」
「生まれませんよ!!」
「なぁんだ、残念」
さして残念でもなさそうに、姫巫女様が笑った。
リリアとサーシャ王子をくっつけようという作戦は難航しているようだ。私は全力で応援しているのだが。
姫巫女様が私に向き直る。
「エリザベス、その人いつもそんな話し方なの?」
「私の知る限りは違うけど」
「じゃあ憑かれてるのかしら」
「疲れてはいるかも」
リチャードの顔を見上げながら、姫巫女様に返事をする。
私の主観ではあるが、彼のことは少々行き過ぎたシスコンではあるものの、それ以外は常識的な思考の持ち主だと認識していた。
私の男装にあれだけ文句を言っておいて本人がオネエ気質と言うこともないだろう。
妹が腐の道に堕ち、挙句私の婚約者のフリをさせられた心労で奇行に走った可能性はまぁ、なくはないが。
「姉さん。すごいのが憑いてる」
姫巫女様よりも視る力が強いらしいサーシャ王子が、ごくりと息を呑んだ。
再びリチャードの腕の周りで風がうねりを上げ始める。
その腕に……いや、背中に。いつの間にか――例の乳児が負われていることに、気が付いた。彼に負ぶわれた乳児が、リチャードと同じく、腕を上げる動きをしているのだ。
だが、おかしい。乳児はこの部屋にはいなかった。乳母が面倒を見ていた、はず。
姫巫女様のバリアが風の刃を弾き返す。その後ろから、サーシャ王子が叫んだ。
「あの、赤ん坊。あれが核だ!」
「え? え??」
いかにも異能力バトルめいた雰囲気を醸し出す二人の後ろで、リリアだけが何やらオロオロしていた。
ぶんぶん左右に首を動かしながら私とリチャードを見て、姫巫女様たちを見て、を繰り返して、やがて叫んだ。
「く、kwsk!」
「割と子泣きジジイ」
「こなき、じじい??」
「いるだろ、リチャードの肩に、子ども」
「……あの」
もしやジェネレーションギャップで通じないのかと思い――ゲゲゲのあれにもいるだろうに。令和版にはいないのだろうか――、リチャードの肩の後ろを指さして見せる。
だが、リリアはじっとこちらを見て、――困惑したような顔で、へらりと笑った。
まるで「揶揄ってるんですか?」とでも言いたげな表情だ。
「何も、見えませんよ????」





