31.1年が過ぎ去るのが異常に早くなる
「エリザベス」
振り向くと、リチャードが中庭に入ってくるところだった。
はて、今日は特に来るとか言っていなかったと思うが……まぁ、最近乳児にべったりだからな。いつ来ていても不思議はないか。
「何だよ、今日は私に用事?」
「アンタ、さ」
わざと茶化して声を掛けたのに、リチャードは立ち止まることなくずんずんと近づいてくる。
椅子に腰かけている私の目の前にまでやってきて、囲い込むように両側の肘掛けに手を置いた。
向かい合って……彼がさらに、私の顔を覗き込むように近づいてきた。
彼の妹とよく似た金色の瞳が、目の前に広がる。
「家族、作る気ないわけ」
「は?」
突然何を言い出すのか。
私には父母兄弟と十分な家族が揃っている。攻略対象にあるまじき仲良し家族である。
だいたい家族というのは作るものではない。自然と「なる」ものだろう。
そのあたりをひっくるめて、答えた。
「家族なら間に合ってる」
「そうじゃねぇよ」
私の言葉に、リチャードが呆れた様子で首を振った。
そしてため息交じりに、言う。
「結婚して自分の家族を、だよ」
「……あまり考えたことなかった」
首を捻る。
何せ卒業後の自分の身の振り方すら決められていないのだ。
結婚とか家族とか、そんなものが考えなければならないほど身近なものだとは思っていなかった。
だいたいまだ私は18歳である。
高校卒業と同時に考えられることなんて、せいぜい目の前の進路くらいだろう。
なおこの際私の精神年齢のことは考慮に入れないことにする。
大人になったってそれほど先のことなど考えられない。
ただ1年が過ぎ去るのが異常に早くなるだけで、来年の話をすれば鬼が笑うものだ。
「誰かを、愛したり」
「愛、ねぇ」
彼の言葉に、思わず苦笑した。
長いこと軟派系として過ごしてきて、色々な形の愛情を受け取ってきた。
だが自分がどうかと言われると……何とも、似合わない。単純にそう思った。
やはり軟派系は愛されてナンボだろう。他者へと向ける愛情はみんな平等、博愛であるべきだ。
「やっぱり」
「……リチャード?」
「アンタは誰にも本気にならない。そういうとこが腹立つんだよ」
リチャードが真剣な眼差しを私に向けていた。真剣を通り越して、まるで睨むような目つきだ。
どういう意味かと考えていると、彼は「腹立つ」という言葉通り、苛立ちを隠そうともせずに言う。
「オレが、周りが……どういう気持ちでいるのか。考えようともしない」
何やらリチャードの様子がおかしい。眉根を寄せて彼の目を見返した。
やけに食って掛かってくるが、私が軟派系をやっているのがリチャードに一体どういう関係があるのだろう。
それに何だか……リチャードの顔つきが、おかしいような。
「どうしてだよ、どうして」
リチャードがくしゃりと顔を顰める。
まるで泣き出しそうな表情に、さらに疑問が沸き上がった。彼はどちらかというとツンデレタイプだ。感情は表に出さずに、口では反対のことを言って――逆にそれが分かりやすい。そういうタイプだ。
違和感に首を捻っていると、どたばたと人の気配が近づいてきた。
「エリ様! 助けてくださいよぅ!」
「あーん、リリアさん待ってよ~」
「だからわたしはエリ様ひとす、じ……」
椅子の上で首を巡らせて、リチャードの腕越しに声の方を振り向く。
リリアと、姫巫女様がこちらを見ていた。2人してあんぐりと口を開け放している。
少し遅れて、さらに後ろからサーシャ王子が現れた。彼は「おや」と眉を跳ね上げる。海外アニメのような仕草だった。
現状を第三者視点で見ると、リチャードが私を逃がさないようにして、ひどく近い距離で話をしている……と、いうか。
もっとこう、何か色気のある様子に見える可能性が、あるのでは。
「浮気者!!!!!」
「待て。違う」
速攻で否定した。
だいたいいつもいつも、何だ、「浮気」って。誰がいつ本気になったというのか。
「おいリチャード、君からも何とか……」
「『違う』?」
言ってくれ、と言おうとした。
だが、リチャードの表情に、その言葉を引っ込める。
そもそも先ほどから様子がおかしかった。
普段のリチャードなら、こういう他人に勘違いされそうな状況にあることに気がついたら、私よりもよほど派手に否定しそうなものだ。「はぁ!? な、何言ってんだ!」とか。
そういう反応を期待していた。
だが、リチャードは静かに、まっすぐに私を見つめて――その瞳から一筋、涙を流した。
「どうしてあたしを、置いていったの?」





