15.涙が零れないように
殿下のお戯れに振り回されて疲労したものの、多くの人間に私とリチャードが婚約したという事実を認識させるという本来の目的は十分に果たすことが出来た。
このあたりで引き上げようと城内の廊下を歩いていると、向こうから見覚えのある金髪ツインテールの美少女が歩いてくる。
ツンデレの擬人化ことマリーは、私とリチャードの姿を見つけて、こちらに駆け寄ってきた。
「あら、珍しい組み合わせね」
「マリーこそ、どうしたの?」
「王妃様が観劇に誘ってくださったの!」
王妃、と言われて、殿下と瓜二つな王太子殿下の母親の姿が思い浮かんだ。
どうやら嫁候補としてしっかり目をつけているらしい。性格も殿下とそっくりだと聞いている。そのくらいには抜かりない人だろう。
ちなみにロベルトの母親はロベルトとは全く似ていない。
遺伝のシステムを疑うレベルで似ていないのだが、あれはどういう仕組みになっているのだろうか。
「身分の違う二人が真実の愛で結ばれるお話でね、すっごく素敵だったのよ!」
「真実の愛ねぇ……」
リチャードが冷めきった目で私を見た。
やめろ、人の台詞を引き合いに出すのは。
「リチャードも早くいい人見つけて、あたしたちを安心させてよね」
「ああ、それなら」
再びリチャードの腰を引き寄せる。
そしてリチャードを愛おしそうに見つめて、意味ありげなウインクを投げる。
「もう見つけたよね?」
「は?」
「私たち、結婚しようと思ってるんだ」
マリーに向かって宣言する。
リチャードの口がぽかんと開いた。
この作戦、アイザックと殿下、2連続で失敗しているわけである。
負け越した状態でお兄様たちとの面談に挑むのは少々気が重い。ここは勝って景気づけにしたいものだ。
「というわけだから、マリー。お兄さんを私にくれないかな?」
そう言いながら彼女に視線を送ると、マリーがぱちぱちと目を見開いた。
長くて上向きにカールした睫毛が、ふわふわと揺れる。
さて、どう出るか。
マリーもこれで結構なブラコンだ。そしていつも私の望む反応をしてくれることに定評のある、とてもよくできたツンデレのお嬢さんだ。
普段は「早くいい人見つけなさいよ」とか言いながらも、いざ実際に兄に婚約者が出来たとなれば、きっと取り乱すに違いない。
先ほど殿下におもちゃにされたので、ここらで調子を取り戻しておきたい気持ちもあった……のだが。
「いいわよ、あげる」
マリーの返事は私の予想とは異なるものだった。
マリーはどこかすっきりとした、それでいて嬉しそうな顔で微笑んだ。
その表情に思わず鼻白む。
いつものツンツンしたりデレデレしたりしている時のマリーとはまったく違う、どこか大人びた表情だったからだ。
目を瞬く私に向けて、マリーが爽やかに、だけれど少し悪戯っぽく、白い歯を見せて笑う。
兄と同じ黄金色の瞳が、かすかに揺れた。
「その代わり、ちゃんと大事にするのよ。あたしの大事な兄さんだもの」
「………………」
「………………」
閉口した。
黙って、私がお兄様の婚約騒動の時にどういう反応をしたかを思い出していた。
いや、私は何度同じ場面が訪れようとも同じ選択をするし、同じ反応をする。それに関して後悔はない。
だが、この反応の違いを見せられると……私よりもマリーの方がよほど大人なのではないか、と言うのがまざまざと感じられてしまう。
さすがは大国の第二王女。ただのツンデレ美少女というわけではないらしい。
基本的に己の幸せのためであれば人を騙すことに躊躇いのない私ですら少々罪悪感を覚えるほどの、気持ちの良い反応だった。
リチャードも私同様に押し黙っていた。
何なら彼は黙ったままこちらに背を向け、何やら斜め上方向を一心に見つめている。
あえて上を向いているのだろう。涙が零れないように。
弟妹の成長というのは胸にくるものがあるからな。
「早くお姉様にも教えてあげなくちゃ。きっと喜ぶわ」
にこにこと邪気のない笑顔を浮かべるマリー。
それは、ディーは喜ぶだろうけれども。
おそらくマリーの想像している喜び方とは異なる喜び方で。
いや、どうだろう。彼女もこの時ばかりは王族らしく、妹らしく――兄のことを、祝福したりするのだろうか。
「リチャード」
去っていくマリーの背中を見送りながら、隣のリチャードに呼びかけた。
そっぽを向いているので表情は窺い知れないが、先ほどかすかに鼻を啜る音が聞こえてきたので、ずいぶんマリーの成長に感動しているのは確かだろう。
「君の妹、いい子だな」
「当たり前だろ」
涙声で即答された。シスコンめ。





