44.それとこれとは話が別
エリザベス視点に戻ります。
ディアグランツ王国へと戻ってきた。
怨霊を追っていくうちに陸側の国境からはかなり離れてしまったので、帰りは海路を使うことになったが……おかげで想定よりも早く戻ってくることができた。
普段はただのトンデモお騒が聖女とはいえ、リリアは腐っても主人公様だ。
きっと首尾よくやってくれたことだろう。
こちらはこちらで色々予定外のこともあったが、何とか怨霊を成仏させることに成功した。
詳細は話すと長くなるので割愛するが、ざっくりと言うならば物理攻撃が通るタイプの怨霊で助かった、というところだろうか。
公爵家生まれのEさんを名乗っても良いくらいの除霊体験であった。
ともかく事態は一件落着、私が国に戻るのを阻止するものはなくなった。
姫巫女様によれば、怨霊の影響で消えた記憶も徐々に戻っていくだろう、とのことだ。
港に降り立って、借り物のマントのフードを外した。
こちらも十分真冬の気温だが、北の国と比べれば暖かい。日差しがあるだけで全く違う。
太平洋側と日本海側は日照時間が違うので、太平洋側に住んでいた人間が日本海側に引っ越すと心を病みやすい、とかなんとか。
そんなまさかと思っていたが、あながち間違いではないのかもしれない。
「エリ様!」
声がした。
誰の声かなんて考えるまでもない呼び方に、ついつい口元が緩む。
呼ばれ始めた時にはどういうあだ名だよと思っていたが、いつの間にかすっかり馴染んでしまった。慣れというのは恐ろしいものだ。
声の主が駆け寄ってきたので、両手を広げて抱き留める。
「ちゃんと食ってんのか?」と聞かれるのも納得の細さで、羽のように軽い。
「リリア」
紅のつむじを見下ろす。
彼女は私の胸に顔を埋めて、しがみつきながらぐりぐりと頭を擦り寄せてくる。
その頭をぽんぽんと撫でてやった。
リリアが涙声で、息を詰まらせながら言う。
「わっ、わた、わたし! がんばり、ましたよ、!!」
「うん」
「みんな、エリ様のこと、忘れてて、ほんと、しんどくて、不安で、……でも、がんばって、」
「……うん」
嗚咽交じりでしゃくりあげる彼女の背中にそっと手を回して、やさしく摩ってやる。
すんすんと鼻を鳴らす彼女に、マントに鼻水をぬたくられている気配を感じつつ、さすがに今回は指摘するのをやめておいた。
このマント貰い物だし。マントって本来汚れを防ぐためのものだしな。
美少女が台無しの顔で泣きじゃくる彼女に、ふっと笑みが漏れた。
「ありがとう、リリア」
リリアが顔を上げる。
彼女の琥珀色の大きな瞳に、私が映っていた。
自分がどこか気の抜けた顔で笑っているのに気づいて、少し驚く。存外安心しているらしい。
わずかに苦笑を浮かべながら、彼女の瞳を見つめ返した。
「君に任せてよかった」
リリアの瞳が、きらりと輝く。
そしてみるみるうちに、その瞳に涙が溜まっていく。
やれやれ、何でまた泣くんだよ。
泣かれると扱いに困るのだが。
「無事に帰ってこられたよ。君のおかげだ」
「エ゛リ゛さ゛ま゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
「ああもう、泣くなって」
背中をぽんぽんと叩いてやった。
ぐすぐす言葉にならない声をあげていたリリアが、やがてぽつりと呟く。
「けっこんして」
「しません」
「なんで!!!!」
肩を掴んで引き離したところで、リリアが金切り声を上げた。
なんでも何も、結婚しないからである。
「わたしこんなにがんばったのに!!!!」
「それには感謝してるけど……それとこれとは話が別」
「ぐぎぎぎぎぎ」
「でも、そうだな」
軽く肩を竦めて、リリアの怒りを躱す。
ぎりぎり歯軋りをする彼女に向かって、いたずらめかしてウィンクを投げた。
「デートくらいなら付き合うよ」
「でーと」
「一日お姫様扱いしてあげる」
「…………」
「それでどう?」
瞳を覗き込んで、小首を傾げて見せる。
リリアはじっと私の顔を見つめていたが、やがて真面目な表情になって言った。
「式場デートというのは」
「却下」
どういうデートだ。それはゼ◯シィの後にするやつだろう。
だいたいこの世界の式場はイコールで教会である。リリアにとってはただの職場見学なのでは。





