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なんかオドオドした子が来たもんだ。生徒会長とか言ってたけど、何というか大丈夫だろうかと無用な心配をしてしまう。しかしこんな子がいったい何の用だろうか。
「ああ、初めまして楠原晴司といいます。ええと……花恋ちゃん、でいいのかな?」
「は、はい! 初めまして!」
なんかスンゲエ緊張してる。まあそうだろうな。高校の時の俺が、今の俺ぐらいの大人に話しかけられたら緊張しただろうし。それにしても可愛らしい子だな。おさげ髪で素朴な感じだけど、何とも言えない癒されるような空気がある。月乃や黎には一切感じられないオーラだな。
「……晴司、何か変なこと思ってない?」
月乃から鋭い視線が飛ぶ。コイツは超能力者か何かか?
「それで、アタシ達は何をすればいいのさ」
「あ、はい! その……実は、今回の文化祭には、有名な歌手を呼ぶ予定だったんですけど、向こう側から連絡があって、文化祭に出席できなくなったそうなんです」
「なんか、急だな……」
「はい……私達としても困ってしまって……何しろ文化祭まで時間もなくて、新たに探してはみましたけど、かなり難しいみたいで……」
「文化祭っていつなんだ?」
「一週間後です」
「それは……厳しいだろうな」
「そうみたいです。かと言って、今更知らないバンドなんかを呼ぶわけには……」
室内には、微妙な空気が流れていた。ていうか、有名バンドがダメになったから何とかしてほしいとか言われても無理なんだが。そんなコネなんてあるわけないし、あるとすれば月乃の親父さんくらいかもしれんが、あの親父さんが俺のお願いを素直に聞いてくれるわけないな。
そんなことを思ってると、陽子先輩がニッと笑って話し出した。
「……ってことで、晴司くん達にバンドをお願いしたいんだよ」
「………」
「………」
「………」
陽子先輩は唐突にぶっ飛んだことを提案してきた。てか、この人は何を言ってるんだろうか……
「ええと、陽子先輩? いったい何を言ってるんでしょうか……」
「だから、晴司くん達にバンドをお願いしたいの」
「ハハハ、それはちょっと唐突過ぎますって、だいたいバンドなんてしたことないし、楽器もロクに扱える奴なんて……」
「あ、私ある程度出来るわよ」
月乃が俺の言葉を遮って反論してきた。
「アタシも出来るよ。ギター、ベース、ドラム……ある程度はやったことある」
黎もそれに同調してきた。
ていうか、コイツらホントに何だろうか。やったことないのってないんじゃねえの? 世界征服してくれって頼まれたらやれるんじゃないだろうか。
そんなことを考えてたら、月乃が俺に話を振って来やがった。
「それで、晴司は何か楽器出来るの?」
「……トライアングルとカスタネットくらいなら……」
「……そう」
月乃は可哀想なものを見るかのような目で俺を見ていた。てかその目は止めろ。俺は普通なんだよ。お前が万能過ぎんだろうが。
そして、陽子先輩は場を仕切るように一度手を鳴らす。
「というわけで、よろしく!! 期待してるよ!!」
「よ、よろしくお願いします!!」
深々と頭を下げる生徒会長。笑顔の陽子先輩。
「分かりました。何とかやってみます」
「なんか燃えてきた!! 晴司!! いっちょやろうか!!」
粛々と承る月乃。手を握り締め、背後に炎を宿す黎。……そして、置いてけぼりの俺。
そんなこんなで、依頼を受けることになってしまった。俺は、とりあえず溜め息でもついてみた。
「……マジかい……」
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学校を後にした俺達は、とりあえず喫茶店に戻った。受けてしまったものの、現実的に今のところバンドなんて出来ない。何しろ俺はまったく楽器が使えないわけで、二人だけでバンドなんて出来ないわけだし。それに歌を誰が歌うのだろうか。月乃と黎は何となく歌がうまいだろう。コイツらに穴などありはしないだろうし。月乃の料理は別として。
何にしても人員不足なのは否めない。それは俺だけじゃなくて、当然月乃達も分かっていた。
「さて、他のメンバーをどうするかな」
「う~ん、別にいいんじゃないか? 今から一週間かけて晴司に楽器を叩き込めば、何とかなりそうだし」
「そうね、今から一週間寝ずに練習すればそこそこ上達するだろうしね」
何恐ろしいことをサラッと言ってやがる。冗談じゃねえ。俺が助かるためにも、別の案を提案しよう。
「……それよりも、他に楽器が出来そうな奴を探せばいいんじゃねえか? 同じ一週間なら、出来るヤツを入れてから練習した方が完成度が高いだろうし」
「それはそうだけど……他にいるの?」
「安心しろ。少なくとも当ては二人いるぞ。超人と、超人候補の二人がな」
「超人? 超人候補? 誰だよ」
黎は首を傾げていた。誰のことか分からないらしい。だが俺の頭の中には、当事者はそれぞれ一人ずつしかいないわけで。
「とりあえず、ソイツのところに行ってみようか」
俺に促されるまま、月乃と黎は俺に付いてきた。
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俺達がやって来たのはとあるコンビニ。見覚えのあり過ぎるコンビニだった。そこに着いた瞬間、月乃と黎は俺を睨み付けていた。
「なあ晴司、その一人ってもしかして……」
「んなもん決まってるだろ」
そう言って、睨む二人を他所に店内に入って行った。
ちょうどタイミングが良かったらしい。俺が期待する奴が、その日シフトに入っていたようだ。
その人物は、俺に気付くなり手を振って来た。
「――あ、先輩!!」
そのコンビニこそ、以前俺が働いていたコンビニであり、その人物は、何を隠そう、当然星美。
「よう星美、元気にしてたか?」
「はい!! ……あ、それと月乃先輩に黎先輩、こんにちは」
露骨に態度を変える星美。それを見た二人は眉間に皺を寄せる。
「相変わらずいい度胸してるわね星美……」
「アタシ達にケンカを売ってるのか?」
凄まじい程の殺気を放つ月乃と黎。しかし星美は一切怯まない。
「私はただ、挨拶をしただけですよ。そんなに短気だと、老化が早くなりますよ?」
「言ってくれるじゃない……」
三人の間に、バチバチと火花が飛ぶ。てか止めろ。いたいけな爺ちゃんが怯えてレジに並べなくなってるだろうが。
俺は気にせず本題に入ることにした。
「……星美、いきなりで悪いが、一つ頼みがあるんだ」
「いいですよ」
「実はな、喫茶店で受けた依頼があって……へ?」
なんか、星美が光の速さで了承してしまった。俺はまだ何も言ってないんだが……
「い、いや、俺まだ何も言ってないんだけど……」
「何言ってるんですか。先輩の頼み事ならどんなことでも受けますよ。……その二人は別ですけどね」
「何ぃ!?」
再び火花を散らす三人。いい加減止めろって。水と油かよ。
「星美、今回はちょっと厄介でな。実は俺達、バンドをすることになったんだよ。で、メンバーが足りないから応援をお願いしたいんだけど……」
「バンドですか? 別に大丈夫ですよ。前にちょっと楽器をしたことがあるんで」
俺の目に狂いはなかった!! 超人達の“したことある”ってのは、常人の数か月にも及ぶ訓練の域であることを俺はよ~く知っている。
「そうか、それなら助かる。来週には本番だから、時間もないんだよ」
「分かりました。練習する日付が決まったら連絡してください。……あ、もちろん先輩が、ですよ?」
その言葉に、再び三人が睨み合うことになった。てか、こんな状態で大丈夫なのだろうか……
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コンビニを後にした俺達は、一路四人目の元へと向かう。もっとも、四人目について、月乃と黎はまったく見当がつかないようだ。
「晴司、もう一人って誰なの?」
「ん? ああ、たぶん俺より月乃の方が知ってると思うぞ。しかしまあ、高確率で超人だ。安心しろ」
「だから、誰なんだよ……」
「もうすぐ着くから分かるって」
二人はどうも腑に落ちない顔をしていたが、俺は気にせずどんどん進む。そこは閑静な住宅街。人通りは疎らではあるが、立派な一軒家が並び立つ。ていうか、そろそろ月乃が気付いてもいいとは思うんだが……
やがて辿り着いたところで、俺達はドデカイ門の前にいた。黎は門を見上げていた。
「デッカイ家だなぁ……」
「ああ、俺も最初見た時はビビったよ」
「………」
月乃は、一人神妙な顔をする。さすがに気付いた……っていうか、気付かなきゃアホ過ぎる。
「……ねえ晴司、何で私の家に来てるわけ?」
「え!? ここ月乃の家なのか!?」
黎は驚きの声を上げる。どうやら、月乃の家を知らなかったらしい。どうしてここにいるか……と言えば、理由は一つしかないわけで。
徐に月乃亭の呼び鈴を押してみた。
「……はい。誰ですか?」
インターホン越しに、凄まじく不機嫌な声が響く。いやちょうどいい。俺もちょうどこの不機嫌な奴に用件があったし。
「久しぶりだな。ちょっといいか?」
「え? 誰?」
「俺だよ。晴司」
「え!? 晴司さん!?」
俺がカメラ越しに名前を告げると、インターホンはガチャ切りされた。そして猛烈な勢いで自宅玄関は開かれ、その人物は突進してきた。門扉を勢いよく開けた“ソイツ”は、満面の笑みで声を出す。
「晴司さんこんにちは!! いったいどうして……」
かと思いきや、すぐに月乃と黎の姿を見つけ黙り込んでしまった。
「ね、姉さん?」
「よっ。元気にしてたか、小雪」
その人物こそ、月乃の義妹である小雪。彼女を見た月乃と黎は固まった。そんな二人なんか気にせず、小雪に聞いてみた。
「唐突でなんだが、小雪、お前楽器使えるか? ギターとかベースとか」
「え? ええ……一応ある程度は……」
よっしゃ! 予想通り! やっぱ超人の妹は超人だなぁ……義妹だけど。
「……晴司、もしかして……」
月乃はようやく悟ったようだ。ていうか、ここまで来たら普通気付くよな。
「もしかしても何も、決まってるだろ?」
小雪の頭をポンと叩く。
「コイツが、四人目だ」