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地獄から解放された帰り道、俺はボロボロの体を引きずるように歩いていた。心なしか、いつもより星が煌めいている気がする。もしかして励ましてくれているのか?
あれから月乃と黎は、全ては勘違いの積み重ねだったことをなんとか理解してくれたようだ。月乃は顔を真っ赤にし、逃げるように帰って行った。黎はというと、溜め息交じりに一言呟き、帰宅した。
“晴司に全てを任せたのが間違いだった……”
なんか納得できない!! 俺は悪くない!! 悪くないぞおおおお!!
そんな声なき声をお空のお星様にぶつけていると、後ろから足音が聞こえた。カツカツ、という足音。革靴か? 音から女性だと推測されるが……この道、普段は全く人なんて通らない。
(……まさか、この世ならざるモノ?)
いやいやないない。ないわそれは。ないないって。あるわけないだろおおお!!??
そう思いつつも、何だか薄気味悪い。勇気をもって振り向いてみた。
「……なんて顔してんのよ」
「お、お前……」
そこには、呆れたような顔をした小雪が立っていた。私服姿の小雪。こんな時間にいったい何の用件だろうか。
「なんだよ。何か用か?」
「まあね。一応、お礼を言いに来たのよ」
そう言って、小雪を髪をかき上げながら視線を逸らした。
「あれから、月乃は元に戻ったわ。それどころか、毎日笑顔で帰るようになったのよ。……もっとも、今日はガッカリしてたみたいだけど」
「ハハハ……」
その理由を知る俺は、作り笑いをしてみた。
「義父さんも少しは懲りたみたい。まあ、今まで過保護過ぎたのよ。ちょうどいいわ。」
小雪は鼻で笑う。どこまでも高飛車な態度は、昔の月乃にそっくりだった。
「とにかく、アンタは見事私の依頼を達成してくれたわ。
……その……ありが、と……」
「……礼はいいよ」
少し俯きながら、言い慣れないように呟く小雪。ボソボソと喋りながらも、俺の耳には小雪の言葉がしっかり入っていた。
「……なあ小雪、お前さ、本当は全部知ってたんだろ? 親父さんが勝手に結婚の話を進めていたことも、月乃がそれを知らないことも」
すると小雪は顔をツンとさせる。そして目を合わせないまま言い捨てた。
「考え過ぎよ。それに、アンタには関係ないでしょ?」
「そうかよ。まあ、一応俺からもお礼を言っておくよ」
その一言で、小雪は俺に視線を合わせてきた。
「お礼? 何のお礼よ」
「月乃のことを心配してくれたお礼だよ。月乃は強情だからな。お前には言いそうにないし、俺が代わりに言っておくよ。
……ありがとな。月乃を心配してくれて」
その瞬間、小雪は表情を赤く染め、慌てる様に再び視線を逸らした。
「ば、バカじゃないの!? 私は別にそんなつもりなんて……!!」
「お? 照れてるのか? 可愛いところもあるじゃねえか」
「か、可愛いって……!」
小雪は耳まで赤くしていた。見た目によらず、純情じゃないか。
「ハハハ。悪い悪い。からかうつもりはないんだよ。……だけど、安心した。小雪も、やっぱり子供なんだな」
「こ、子供って!! 私は今年二十歳よ!!??」
「……マジで?」
「そうよ!! 見て分からない!?」
「全く分からん」
「……はあ。もういいわよ」
疲れたように言葉を漏らす小雪。年齢よりも若く見えるが……大人っぽく思われたいのか? その点はまだ子供だな……
「それはそうと、何もこの時間に言いに来なくていいんじゃねえか?」
「昼間に店に言っても無理でしょ? とても話しできる雰囲気じゃないし」
確かに。それどころではない。最近客も急増したし………って、ちょっと待てよ?
「もしかして、あれから店の様子を見に来てたのか?」
その問いを受けた小雪は、しまったといった顔を浮かべた。……図星、だったようだ。
「それは悪かったな。せっかく様子見に来てたのに気付いてやれなくて」
「べべ、別に! アンタには関係ないでしょ!?」
「それもそうだな。……それより、だからと言ってこの時間に一人で出歩くのは感心しないな。襲われたらどうするんだよ」
「大丈夫よ。私、護身術持ってるし」
「そういう問題じゃねえ。実際に襲われたら、怖くて何も出来ないものだ。それこそ、ガチで近寄られたら俺でも怖い」
「なんでアンタに分かるのよ」
「分かるさ。昔、それを間近で見たからな」
そう、俺は昔、星美のストーカーと対峙したことがある。あの怖さは今でも忘れられない。
「とりあえず、家まで送る」
「はあ!? い、いいわよ別に……!!」
「遠慮するなって。俺だって、お前のことが心配なんだよ。俺に会いに来たのにお前が襲われたら、俺は今日の自分を一生許せなくなる。だから、後悔する前に送るだけだ。簡単な話だろ?」
「し、心配……?」
「ああそうだ。心配だ。お前ってさ、無理に大人ぶってるけど、そういう奴に限って意外と危なっかしいんだよ。そんな奴をほっとくわけにはいかねえよ」
「………」
なぜかたじろぐ小雪。俺、なんか変なこと言ったか?
「……なるほど、月乃が言ってた通りってところかしら。これは、強烈ね……」
(何が?)
「ま、まあ、そこまで言うなら別にいいわよ。――ほら、さっさと行くわよ」
そして颯爽と歩き出す小雪。もちろん家に向かって。
「へいへい」
(……まったく、ホントに月乃に似てるな。義理の妹のはずなのにな)
そして俺達は夜道を歩き柊家に向かった。道中は一切会話することはなかった。ずっと俺の前を歩き続ける小雪。時折、俺の方に視線を送るが、俺と目が合うと慌てて視線を戻していた。何だかなあ……
家についたところで、小雪はさっさと門の中に入ってしまった。まるで俺から逃げるような行動にも見えたが、門から数歩歩いたところで、突然俺の方を振り返った。
「………」
しかし視線を泳がせ、何も言わない。手足をモジモジとさせているところを見ると、言いたいことがあるが言いだせずにいるってところか……。そんな小雪に、少しだけ助け舟を出してみた。
「小雪、言いたいことがあるなら今度でいいよ。そうだな……一度店に来い。ドリンク一杯くらいはサービスしてやるよ」
「……行って、いいの?」
上目づかいをしながらおそるおそる訊ねてくる小雪。何か様子がおかしいが、まあいいだろう。
「当たり前だろ? いつでも来いよ」
笑顔でそう言った瞬間、小雪は表情を明るくさせた。
「……うん!」
そして踵を返し、家の中に戻っていく。その姿は、まさしく月乃だった。何だかホッとした俺は、改めて家に帰って行った。
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それから数日経過した。喫茶店は、相変わらず戦場のような忙しさだ。外には行列まで出来る様になっていた。
(ホント、俺が一人で切り盛りし始めたころからじゃ考えられない客の量だな)
走り回りながらそんなことを実感する。
そしてまた一人、列の最前列にいた客が店の中に入ってきた。その姿を見た瞬間、月乃が驚きの声を上げた。
「え!? 小雪!? 何してるの!?」
そこには、小雪がいた。前に見た時よりも何だか“おめかし”してるように見える。
「別にいいでしょ? ちょっと、“晴司さん”に要件があるのよ」
「せ、晴司…さん?」
「そうよ、晴司さんよ。……月乃、あなたの気持ち、何となく分かった気がする」
「……え?」
目を丸くして小雪を見る月乃。フッと意味深な笑みを浮かべた小雪は、月乃の視線を掻い潜り、颯爽と俺の前のカウンター席に座った。それまでツンツンしていた態度はどこか柔らかくなり、目を伏せながら頬を桃色に染め、ボソボソと言葉を口にした。
「……その……送ってくれて……あ、ありがと……」
それは、先日家まで送った時のお礼だとすぐに分かった。
(本当にお礼を言いに来るとはな……。わざわざ並ぶなんて意外と律儀な奴じゃねえか)
俺は笑みを小雪に送る。そして、声を張って話しかけた。
「……喫茶店『空模様』へようこそ! 何を頼むんだ?」
「そ、そうね……」
小雪はメニュー表を片手に、悩み始める。たまに俺の顔を覗いては、頬を緩めていた。
(……顔見て笑われるのって、どうよ)
ともかく、喫茶店『空模様』は今日も賑わっている。月乃という新たなメンバーを加えた店は、相変わらずお祭り騒ぎのようだ。
季節は、間もなく本格的な秋に変わる。




