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「月乃の妹? 月乃は一人っ子じゃなかったっけ?」
「義理の妹よ。月乃のお父さんと私のお母さんが再婚したのよ。3年前にね」
(……月乃、そんなこと一言も……)
「まあ当時私は高校入った頃だったから、別にどうでもよかったんだけど……。
まあ、それはいいとして、月乃も何でこんな冴えない男に拘るのかしら。理解できないわ……」
「お前! 晴司の悪口を言っていいのは私と千春だけだ!!」
(何でお前は許容範囲になってんだよ……)
「……ねえ、さっきからアンタ何なのよ」
小雪は黎に怖じ気づくどころか、逆に睨み返す。
「アタシは晴司の嫁だよ!!」
「……自称、な」
「ふ~ん……。アンタさ、この男のどこがいいわけ? 別にカッコよくはないんだけど……」
(一言余計なんだよ……!!)
それを受けた黎は、ずいっと前に出る。顔には力が入っていた。
そうだ黎。文句を言え。俺をバカにしたコイツに天誅を!!
「――確かに! 晴司はカッコよくないよ!! 身長も普通だし、頭も普通だし、鈍感だし気が利かないし、おまけにバカみたいな行動ばっかりしてるし!!」
(………おい)
「……でもね、それだけで晴司の良さは分かんないんだよ。見た目だけしか見ないなんてな……まだまだ子供だな……」
黎は薄ら笑いを浮かべながら、したり顔をしていた。それを見た小雪は、初めて表情を歪めた。
(子供と言われて反応するあたり、本当に子供だなぁ)
今だから思うが、この歳になって見る高校生ってのはやはり子供に見えてしまう。少しだけ大人びた雰囲気を出していたが……無理しているようにしか見えない。
……もっとも、そんな子にからかわれて怒り出す黎も黎だと思うが。そして俺も……
それはそうと、気になることがあった。
「なあ小雪……ちゃん?」
「ちょっと。アンタに“ちゃん付け”で呼ばれたくないんだけど。呼び捨てでいいわよ」
確かに……今の世の中、ちゃん付けで呼ぶだけでパワハラと騒がれる時代に、初対面で使うのは危険すぎたかもしれない……
……しかしながら、だったら何て呼べばいいのだろうか……
それにしても、何となく言葉遣いが月乃に似ている気がする。義妹なら血は繋がってないはずなんだが……
「……まあいいや」
「何が?」
「こっちのことだ。……そうそう小雪、ちょっと聞きたいんだけど」
「何よ」
「どうして、今更来たんだ?」
「……別に、思い出しただけよ」
「そうか? わざわざバイトの面接にまで応募してか? 俺を見るだけなら、営業中に来ればいいだけだろ?」
「………」
小雪は視線を落とした。やはり、俺の思った通りなのかもしれない。
「……何か、あるんじゃないのか? こうやって仕事以外で話したい何かがあるんじゃないのか?」
それを受け、更に表情を曇らせた。口を開くこともなく、下を見たまま何かを考え込んでいた。
その表情に何かを感じ、それ以上話しかけることなく言葉を待つ。それは、黎も同じだった。さっきまであんなに威嚇していた黎も、真剣な表情を見せながら黙っていた。
「……ふん」
しばらくすると小雪は表情を上げた。それまで考え込んでいたことを誤魔化すように、何かに対し強がっている。
そして短いはずの髪を無理矢理かき上げながら、話し始めた。
「ねえ、今月乃が置かれている状況って、知ってる?」
「……どういうことだ?」
「本当に何も聞いてないの?」
「ああ」
そう言えば、最近連絡取ってねえな……
「そう……。ならまず、“最初”から話しましょうか。もっとも、途中までは私も聞いた話だし、私の推測も入ってるから、質問しても答えられないことがあるけどね」
「最初?」
そうして小雪は息を整えるようにもう一度俯き、顔を上げた。
「そもそも、何で月乃が日本に帰ったのか、知ってる?」
「ええと……」
そう言えば、何で帰ってきたのだろうか。普通に考えれば、7年前の俺との約束を守るためだろうけど……って、あれは約束ってもんでもなかったな。俺が一方的に言っただけだし。
返答に困る俺を見て、小雪は溜め息を吐く。そして、しょうがないなと言わんばかりに話を続けた。
「もともと月乃にはね、外国での就職先が用意されていたのよ。お義父さんの配慮でね」
「そうなのか?」
「ええ。それも、いきなりの管理職よ。もちろん七光りってこともあったんだけど、それ以上に月乃の能力をお義父さんは高く評価してたわ。行く行くは、自分の後釜として期待していたのよ」
「………」
月乃の親父さんも、月乃の超人っぷりを知っていたんだろうな。そりゃ、父親だから当たり前だろうけど……
「……でも、月乃は突然日本に帰ったのよ。反対するお義父さんを置いて、自分だけ日本に戻ったのよ。全ては、楠原晴司――アンタに会うためにね」
「月乃が……」
「そんな月乃に親からの援助なんてあるわけがなかったわ。……それでも月乃は就職して、自力で今の役職まで登り詰めたのよ。ホント、相変わらず無茶苦茶な姉よね」
さすが超人。転んでもタダでは起きないってことか。
「最初の数年は絶縁状態だったお義父さんも、少しずつ月乃と開いた距離を詰めていったわ。月乃も、本当はもう一度家族に戻りたかったんでしょうね。それを受け入れていったのよ。
……だけど、お義父さんには別の考えがあったのよ」
「なあ、親父さんの考えって……」
「決まってるでしょ? 月乃を、自分の手元に戻すことよ」
「……やっぱりか」
「一つ、誤解しないでよね。お義父さんは別に月乃の自由を奪おうってつもりはないのよ。
ただ、まるで憑り付かれたかのように一心不乱に働く月乃を見て、不憫に思っただけ。……このまま行けば、月乃は一人の女性としての幸せを掴めないんじゃないのか、そういう風に思ってしまったのよ」
なるほど。それならいっそ自分の手元に置いて、自分の手で娘の幸せを作っていきたい、といったところか。
……それはそれで自分勝手な気がする。結局は月乃の意志を無視した形になってしまってる。確かに親心ってのは俺には分からない。だけど、相手の気持ちを理解してやれない親切ってのは、考えの押し付けでしかないはずだ。
「……話に戻るわね。そしてお義父さんは、先日、遂に行動に出たのよ」
「……何をしたんだ?」
間を入れる小雪。様子を見るに、もったいぶってるわけではないようだ。どちらかと言えば、俺の様子を窺ってる感じだった。言おうか言うまいか、ここに来て迷ってるのかもしれない。
それでも、俺の目を見続けた小雪は口を開いた。
「……縁談よ」
「……は?」
「だから、縁談を持ち掛けたのよ。自分の経営する会社の、役員の息子さんとね」
「それって……月乃を結婚させようってことか!?」
黎が俺以上に声を荒げた。当たり前だろう。月乃のことを知ってる奴なら誰でも声を上げて驚くだろう。
……だが、それについてはあまり心配はない。
あの月乃が、結婚しろと言われて、大人しく“はい”なんて言うはずがない。賭けてもいい。
そんなことがあるなら、逆立ちしながら一人でしりとり一時間してやるよ。
「まあ、月乃がその話を受けることはないだろう」
「そうね……。私も、そう“思っていた”のよ……」
(……思っていた?)
「受けたのよ。月乃は、その話を――縁談を、承諾したのよ」
「なっ――――!!??」
一瞬にして、店内は凍り付いた。俺と黎は言葉を失い、ただ口と目を見開いて、表情を曇らせる小雪を見つめていた。いや、見つめることしか出来なかった。
当然ではあるが、シャレにならん。呑気に逆立ち云々言ってる雰囲気じゃなくなっていた。
「つ、月乃が……?」
「ええ。――それが、つい先日のことよ」
「う、嘘だ!! だって……だって、月乃は何も決着付けてない! アタシとのことだって宙吊り状態だし……!!」
黎が取り乱して叫び声を上げた。わなわなと拳を握りしめ、額には汗を浮かべていた。
「……事実よ。現に、お義父さんは着実に結納に向けて準備を進めているわ」
「そ、そんな……」
黎は、力なく床に座り込んだ。コイツにとって、月乃はライバルではあったが、唯一無二の友人だったのだろう。自分で言うのもなんだが、もちろん月乃の俺への気持ちも痛いほど分かっていたはずだ。
……それが、急に結婚するなんてことになってるんだ。驚きを通り越して、ショックだろう。
俺はというと、なぜか頭は冴えていた。もしかしたら、俺自身信じていないのかもしれない。
俺が考えるのは、なぜあの月乃が突然結婚を承諾したのか、ということだ。
親と喧嘩して絶縁状態になってでも自分の意思を貫いていた奴が、なぜ急に親父さんの提案を承諾したんだ?
……もしかして、何か断れない理由があったのか?
「私も正直驚いたけど、それでも月乃が納得してやってるならいいって思ってたわ。……でも、違うのよ。月乃、最近ずっと暗い。まるで別人のように塞ぎ込んでるのよ」
(……あの、バカ……)
やはり、何か事情があるのかもしれない。アイツ、そういうことはあんまり外に出そうとしないからな。
俺くらいには相談すりゃいいのに……
「――それで、これからが私の本題」
そう言って、小雪は急に真顔に戻した。そして、射貫くような鋭い視線を俺に向けた。
「この店のこと色々調べてみたんだけど、面白いサービスしてるみたいじゃない」
「サービス?」
(……もしかして、悩み相談のことか?)
「そうよ。もちろん、まだやってるわよね?」
「ま、まあ……別に止めたわけじゃないが……」
すると、小雪はニヤリと笑った。
「じゃあ依頼するわ。――アンタ、何とかしなさい」
「……は?」
「だから、今の状況を何とかするのよ。アンタが」
「何とかって……」
「別に縁談を反故させろなんて物騒なことは言わないわ。でも、月乃のあの顔は気に入らないのよ。結婚するにせよしないにせよ、月乃を、元の月乃に戻しなさい。いいわね?」
「い、いや……いいわねって言われても……どうやって?」
「それを考えるのがアンタ達の仕事でしょ?
――じゃ、後は任せたから」
「お、おい!!」
俺の呼び掛けに反応することなく、小雪はさっさと店を後にした。
残された俺は、ただただ立ち尽くしていた。
そんな俺の隣には、未だに床にへたり込んだ黎。
“月乃のことを何とかしてほしい”
……これが、喫茶店『空模様』の、最初の相談事だった。




