2
面接日当日。
空は生憎の雨。ザーザーと激しい雨粒が店のガラスに音を立ててぶつけられている。風雲急を告げる面接、といったところか。
何だか緊張してきた。面接なら何度か受けたが、自分自身が人を選ぶのは初めてだったし、今回の最終決定権は店長たる俺にあるわけで……
もちろん我が店が誇る名(迷)料理長、白谷黎の意見も参考にしたい。
数多い希望者の中から厳選した5人の人物、それぞれに連絡し、1時間毎に1人来てもらうようにした。
まず最初は26歳男性。それまでは会社勤めをしていたようだ。俺と似た感じだし、26歳という社会経験豊富であろう年齢を考慮した。しかしながら、なぜその年になって会社を辞め、喫茶店のアルバイトに募集したのだろうか。それだけが気になるところだ。
しばらくすると、ドアの鈴の音が鳴り、ゆっくりとドアが開いた。
そして、長身の男性が入ってきた。男の俺が言うのも何だが、なかなかのイケメンだ。優しそうな表情は、見るからに仕事出来るオーラを醸し出していた。
……ホント、なんで会社辞めたんだ?
席に座る男性。その視線は依然として優しく……ずっと黎を見つめていた。
(……そういうことか)
ま、ここまでは予想通りの結果だ。生憎ながら、今日は黎は私服だ。もちろん俺も。
「じゃあまず、何でこの喫茶店を?」
「はい。ここは正直に言わせてもらいます」
そういう男性の目は、真剣そのものだった。何か力が込められた、鋭い目つきだった。
「……どうぞ」
「はい。……では」
そう言って男性はなぜか椅子を立つ。そして、黎の前に歩いて行った。
「ちょっとちょっと……何してるんですか?」
そして男性は黎の前に跪いた。
「……黎さん、僕と、結婚してください」
「………」
「………」
(コイツ何しに来てんのおおおおお!!??)
まったくもって意味がわからん! コイツはいったい何しに来たんだ!?
もはや店と関係ねえじゃねえか!!
ふと、黎を見てみる。
……凄まじく殺気が込められた表情をしていた。そして、凍えるような冷たい視線を男性に送っていた。
「……お前、アルバイトを希望してたんじゃないのか?」
「いや、僕は君に……」
「――ざけんじゃないよ!!!」
突然大声で怒鳴り上げた黎。その声にビクッと体を震え上がらせる男性。そして俺。
さすがは千春さんの娘だ。同じような殺気を感じた。
「アタシらはね、遊びでやってるんじゃないんだよ!!」
「……僕も本気で言ってるんですよ」
「……いや、本気になられても困るんだが。常識的に考えてわかりませんか?」
「僕はね、ここまで人を好きになったことはないんですよ。黎さんのためなら会社だって辞めれるし、全てを投げ出すことも出来る。黎さん、どうか僕と……」
「この際、はっきり言っておくよ。アタシはね、晴司と将来を約束してるんだよ」
黎のいつもの言葉。いつもなら否定するところだけど、今日は放置しようと思う。
「そ、そんな……」
「本当だよ。だから、とっとと帰りな」
「………」
言葉を無くし、肩を落として店を出ていく男性。その帰り際、やはり凄まじく俺を睨み付けていた。
……ふと気になったが、黎を雇ってから、俺は何人の男の恨みを買ったのだろうか……
==========
それから、面接に来た男は悉く黎に熱を帯びた視線を送り続けていた。その度に黎が俺の嫁、許嫁を名乗り、残念そうな顔と、刺すような俺への視線を見せながら店を去って行った。
ていうか、なぜ女性からの応募がないのだろうか……。まあ、むさい男に固められた店内には、女性は入りにくいのかもしれない。……早々にこの問題を処理する必要があるな。
「なあ晴司、もういいんじゃないか? さっきからロクな男が来てないんだけど」
「言うな黎。だが、今日の最後は大本命だ。なんと! 唯一の女性なのだ!」
「……何でそれが大本命なんだ?」
笑顔で質問してくる黎。
……俺の胸ぐらを掴んでいるが……
「お、落ち着け黎……。よく考えてみろ? お前目的という線は限りなく低いんだ。もちろん俺という線は0と言っても過言ではない。そんな中応募した女性なんだ。これ以上ないくらいいけるだろ?」
「確かに……それはそうだけど……」
「な? な? だから……手を放してくれ……」
「あ! 悪い!」
ようやく解放された俺。新鮮な空気が実においしい。
「ええと……晴司、名前はなんだっけ?」
「ああ……山田花子さんだ」
「………それ、偽名じゃないのか?」
「そうか? 素朴でいいじゃないか」
「どう考えても怪しすぎると思うんだけど……」
……全国の山田花子さんに失礼だろ。この場を借りて、俺が代わりに謝罪しよう。
だいたい黎は考え過ぎなんだよ。そんな名前の人なんて普通にいるだろ。俺は会ったことないが……
チリリン
ドアが開く音が聞こえた。
そして、1人の女性が入ってきた。……いや、女性というより少女だった。高校を卒業したくらいの年齢か。
ショートヘアの黒髪で、とても可愛らしい顔をしていた。同級生が見たら、さぞや美人に見えることだろう。
「ええと……山田、花子さん?」
少女はニッコリと笑った。でも、決して俺の質問に答えることはない。
「……返事しろよ」
黎が凄むが、全く動じない少女。それは、驚くべきことだった。黎の凄みは、俺ですら怖いものだ。
それを正面から受けてなお、その微笑みを変えない少女。黎もまた、未知の生物と遭遇したかのように戸惑いの表情を浮かべていた。
俺と黎が凝視するなか、少女はようやく口を開いた。
「ふ~ん……。アンタが、楠原晴司? 思ったよりパッとしないわね……」
「……ええと、山田花子さん?」
すると少女は半ば呆れ顔をしていた。
「アンタ……本当に信じてるの? あんなの偽名に決まってるでしょ?」
「………」
「晴司……だから言ったじゃないか……」
全国の山田花子さん、申し訳ない。偽名に使われてました。
少女は、急に俺のところに歩み寄ってきた。そして俺の顔をじろじろと覗き込んできた。
それを見た黎は、更に殺気を強くし怒号を少女に向ける。
「お前何だよ! 晴司から離れろよ!!」
俺と少女の間に割って入る黎。
そんな黎を見てクスリと笑う少女。
「別に盗ったりしないからさ、そんなに威嚇しなくていいって」
相変わらず黎に一切動じない少女。
それにしてもこの少女、いったいなんなんだ。偽名まで使って何しに来たんだか……
「なあ、そろそろ教えてくれないか? お前、誰なんだ? 何しに来たんだ?」
「そうね……。そろそろ教えてあげるわ」
そう言って少女は俺と黎から数歩下がり、そこにあった椅子に座る。肘をテーブルに付き、足を組む少女。どこか高飛車な雰囲気を出していた。
「……私はね、あなたを見に来たのよ。楠原晴司さん」
「俺を?」
「そう、あなたを。……あの“月乃”が、あそこまで拘るあなたを、この目で見たかったのよ」
突然、少女の口から“アイツ”の名前が出てきた。それを聞いた途端、黎も表情を変えた。それまで睨み付けるように少女を見ていた黎は、理解出来ないような視線を送る。
「月乃と、知り合いなのか?」
「月乃と知り合い? 私が?」
そして声を出して笑い始める少女。店内にはその声と、外の雨の音だけが響き渡る。
「……何が可笑しいんだよ」
それを見た黎は、思い出したかのように再び少女を睨み付けた。
「ごめんごめん。別に、バカにしてるわけじゃないのよ。ただ、本当に何も知らないんだなって思ってね」
「……どういうことだ?」
そして少女はどこか妖艶な笑みを浮かべたまま、さらに続けた。
「じゃあ大ヒントね。――私の名前、教えてあげる」
少女は椅子を立ち上がり、手を組み凛としてその場に立った。
「私の名前は、“柊小雪”よ。初めまして」
「柊って……まさか……」
少女は、改めて笑みを浮かべる。
「そうよ。私は、月乃の“義妹”。――よろしくね、楠原晴司さん」




