4
仕事終わりの帰り道。晴れ渡ってるように見えて、コソコソと隠れる様に流れる雲が月明かりを遮っている空の下で、俺は一人頭を捻っていた。
その理由は、言うまでもなく月乃のことだった。
何とかしろと一応依頼的なものは受けはしたが、それ以前に俺自身が月乃に何があったのか知りたい面が大きい。黎は黎で色々と考えることがあるらしく、今日は珍しく一人で帰って行った。
突然訪れた月乃の義妹を名乗る“小雪”なる少女の出現で、見事に平穏無事に暮らしているわけにはいかない状況になったわけだ。
……今更だが、なぜ俺はあの子の話を素直に受け止めたのだろうか。何しろ、小雪が義妹である証拠は何一つない。現時点では、あくまでも自称にしか過ぎない。
にも関わらず、俺と黎は普通に義妹として認知し、話を全て受け入れてしまっていた。
まったくもって不可解。
もしかしたら、そのカミングアウトがあまりにもインパクトがあり過ぎて、疑うことを忘れていたのかもしれない。
(なら、まずは真実の確認だな……)
とにかく速やかにしないといけないことは、小雪の言葉の信用性の検証だろう。散々動き回って嘘でしたなんてのは、正直かなり怠い。
しかし問題は、どうやって真相を確かめるか、ということだ。正直なところ月乃に直接聞くのが一番手っ取り早いが、状況が分からないうちにズバッと聞くのは危険な気がする。かと言って、何か方法があるわけじゃないし……
いきなり手詰まりとなってしまった俺は、返事なんて一切期待はしてないが、とりあえずお空のお星さまに向けて一人呟いてみた。
「お星様お星様。ここはやっぱり、月乃に聞くしかないのですか?」
……………
……当たり前だが、何一つ返答がない。誰もいない帰り道、いい歳した男が一人空の星に話しかける姿を想像すると、その場で転げまわり悶絶しそうになる。
「ああもう!! 何でこんなに悩まないといかんのだ!!」
そうだよ。月乃に聞けばいいんじゃないか。会って直接聞けば万事OK、全て分かるわけだし、何かあるならそのまま話を聞けるじゃないか。
「よし!! 明日さっそく月乃の家に……」
……って、それはそれでどうなんだろうか。いい歳した男が、同じくいい歳した女性の家にいきなり押し掛けるのは、ちょっと問題がある気がする。
(ともなれば、事前承認を取ってみるか)
アポイントメントってやつだ。世間一般的には、アポとして知られる行為。社会人としては常識だな。真相を聞くための準備を整えるのだ。
というわけで、俺は足早に家に向かっていった。
==========
部屋に帰り、風呂に入った後、俺は一人テーブルの上に置いたケータイと睨めっこをしていた。
今更ながら、何て言おうか迷ってる俺。チキンではないのだ。慎重なだけなんだ。
「……まあ、何とかなるだろ」
脳内を駆け巡る葛藤だとか自問自答を全てどこかへ置き捨て、結局いつも通りノープランに電話する俺。社会人としては失格であるが。
プルルルル……
プルルルル……
コール音が数回響く。その回数に比例するように、何だか緊張してきた自分がいた。
そして、七回目くらいのコール音の途中で、当該人物は電話に出るのだった。
『……もしもし?』
当然、月乃だ。何やら警戒しているように聞こえるのは、俺が気にし過ぎなだけなんだろうか……
それにしても月乃の声を聞くのは、実に久しぶりだ。最後に会話したのは、あの喫茶店に行く前だったわけで……。得体の知れない緊張感は、そこから来ているのかもしれない。
「おう! 久しぶりだな月乃!!」
出来るだけ明るく話す。超人月乃に悟られないように。今回の目的は、自然に月乃と会う約束を取り付けることだ。そこのところを忘れないように気をつけよう。
『うん……どうかしたの晴司?』
「ああ……その……」
とぼけてるのか本当に見当もついていないのか、月乃はいつも通りの口調で話してくる。それを聞くと、小雪の話が嘘じゃなかろうかとさえ思ってしまうくらいに、それはいつもの月乃だった。
『何よ。煮え切らないわね……』
「いや、大したことじゃないんだ。実はな、今度の定休日に、たまには一緒に飯食わないかなぁなんて思ったりしたわけで……」
自分としては、極自然に誘えたと思う。うん。これなら月乃も怪しまないだろう。
『……何が目的なの?』
……物事は、必ずしも自分の想像通りに進むとは限らないわけだ。
めちゃめちゃ怪しまれていた。
「いや、目的とかはないんだよ」
『……本当に?』
依然として警戒する月乃。正直ピンチだ。頭は絶賛混乱中だった。
場を繋ぐ言葉を必死に探した。
「本当だよ! ……そ、そうだ! お前がホントに結婚するのか聞こうって思っただけだよ!!」
『………え?』
「………え?」
『………』
「………」
時間が、凍結した。黙り込む俺と月乃。右の耳にはケータイから小さな電子音が聞こえる。左の耳からは壁に掛けられた時計の秒針の音が聞こえ、それだけが時間の経過を忘れていないかのよう正確に時を刻む。
しばらく真っ白な頭で現状の理由を考える俺。そして遂に、その結論に至った。
(――しまっったああああああああ!!!)
俺はバカか!? バカなのか!? 会う約束を取り付けることに気を取られ、その根源にある隠された真の目的を口に出すとは……!!
何で真相を聞くための準備で真相を聞いてんだよ!! じゃあこの電話の意味は何だよ!!
(マズイマズイマズイマズイ!! これはマズイ!!)
もはや言い逃れが出来ない状況に陥っているにも関わらず、何とか上手い言い逃れを必死に考える俺。
『……いいわよ、別に』
「……は?」
頭の中で電気信号をフル回転させていた俺に、至極普通に言い放つ月乃。おかげで、一瞬月乃の言葉の意味を必死に考えてしまった。
『だから、食事に行っていいって言ってるのよ。行かないの?』
「い、いや……行くけど……」
『もう……晴司から誘ったんでしょ? しっかりしなさいよ』
「そ、そうだな……。悪い……」
完全に呆気にとられていた。どの言葉を言ってもしどろもどろになってしまう。
『じゃあ、今度の休みの日ね。――おやすみ、晴司』
「あ、ああ……お休み」
そして月乃は電話を切った。
俺はというと、ケータイを耳に押し当てたまま、回線が切断された後の電子音をただただ聞き続けていた。
月乃の真意が全く分からない。思いっきり核心を突いたにも関わらず、月乃は電話を切るどころか、普通に会う約束を承諾した。
しばらく固まっていた俺は、ケータイをゆっくりと耳から離し手元に戻す。そして、ひたすらに画面を見続けていた。
そんな部屋の中では、やはり時計の秒針だけが、懸命に動き続けていた。
その音が、その音だけが、やけに大きく聞こえていた。




