第六話
キアクからの第一報は、三人で食事をした四日後にもたらされた。
吸血鬼の一族は、旅行に出る者もいるにはいるが、基本的にはヴァルディエンで過ごす。この数百年、他国に移り住んだ者はいないし、そもそもそれを許していない。そのため、ソンツェの持つ情報網は、遠くリュセリアまでは及ばない。
対するキアク──吸血鬼狩猟者一族はどうかといえば、これは広く社交や商売をする者、他国へと移り住む者もおり、ソンツェの比ではない。
それに加えて、昨今は電報もあり、情報の取り寄せ速度が格段に早くなった。
ソンツェが書斎でその報告書に目を通していると、補佐机に座るゾニッツが焦れたように「キアクはなんと?」と尋ねてくる。
ソンツェが書類を差し出すと、早足でやって来た側近は奪うように書類を手にして読み始めた。
「少なくとも、あっちの一族で、過去リュセリアに移り住んだ者はいなそうだ、ってとこまでかな。とはいえ、人は僕たちと違ってよく増えるからね。もう少し辿って調べてくれるってさ」
吸血鬼は、人と同じように婚姻を結ぶ者もいれば、自由に恋愛を楽しむ者もいる。そこは人と変わらない。
ただ、どれほど番っても、そうそう孕まない。その代わり、特殊な吸血で相手を同胞に変えることが出来るのだ。
大昔は、その同胞はどう扱おうとも『持ち主』の自由だったけれど、現在は違う。後天的な吸血鬼も『同胞』と見なすし、その『同胞』が何かしでかした時は、吸血鬼にした者が連帯責任を負う。
その責任を厭って、無闇に下僕を増やそうとする輩は減り、根付いた秩序が吸血鬼狩猟者一族との同盟をより強固なものとして支えている。
リリアンが生きていた頃には、叶わなかったことだ。
「こちらの調査結果が出るまでには、少なくとも一ヶ月以上かかるぞ。それまでずっとあの娘をこの邸に置いておくつもりか?」
「まあ、そうだね。実害もないし」
ティリアには悪いが、日中彼女が部屋にいない間に、使用人に彼女の荷物を改めさせた。
鞄の中にあったのは、国境を越える時に必要であろう身分証に僅かばかりの金、着替えや日用品しかなかったという。念のためベッドの下なども確認したそうだが、武器はおろか埃ひとつなかったと報告してきた。
さすがに素手で吸血鬼に立ち向かう気はないだろうから、寝首をかく気はないのだろう。
「実害が出てからでは遅いから言っている」
「っていってもさあ、あの子が僕らに敵うはずもないし、せいぜい邸の金品がなくなるくらいじゃないの? 給金なしでよく働いてくれてるんだから、そのくらい全然構わないかなぁって」
「それはそうだろうが」
言い淀んでそのまま口を噤んだゾニッツは、難しい顔のままキアクからの書面を読み返す。
そのゾニッツの机の上と、ソンツェの机の上には、白い花弁にピンクの縁取りがあるバラが一輪ずつ飾られていた。あの離れの周りのバラだろう。
玄関や廊下には使用人が来客に備えて花を飾るが、この書斎に飾る者はいない。
それが、ティリアがこの邸に住むようになってからは、こうして花が飾られるようになった。
書斎には重要な書類はあるにはあるが、換金性は低く、例え彼女が持ち出してもすぐに役立てることは難しいものばかりだ。
吸血鬼がいる証拠を掴みたいのだとしても、それを確信しているらしい彼女に敵意は感じられないし、口止め料を求められることも、何かの取引を持ちかけてくる様子もない。
ただただ、朝から使用人同様に洗濯や掃除をして、書斎に花を飾っていく。日差しがある日は離れにいる時間が長いらしいが、それとて何かを荒らす様子もない。
まったくもって、目的不明だ。
変わったことはもうひとつ。寝具から、日向の匂いがするようになった。
形容はしがたいが、かつてリリアンがそう称した匂いだ。感触と言ってもいい。
だからだろうか。昨夜は随分と久しぶりに、リリアンの夢を見た。
あのサンルームで、陽射しの下で、彼女が佇んでいた。自分も同じように陽射しの下にいて、彼女の元に進んでいこうとするのに、サンルームの壁に阻まれて進めない。
目が覚めてみれば、入り口に回り込んで入ればよかったのにと思うのに、夢の中の自分は硝子の壁に張り付くようにして繰り返し彼女の名前を呼んでいた。
こちらを見つめる彼女は、困ったように笑うばかりだ。
今のソンツェを見たら、彼女はなんと言うだろう。
ここ何年かの行いを、いっそ叱りに来ればいいのに。裏切りだと罵るのでも構わない。
人は亡霊を信じるけれど、ソンツェに言わせればそんなものはいない。もう数えるのも飽くほどに生きてきたけれど、見たこともない。
人は、死んだらそれで終わりなのだ。
「ソンツェ」
「ん? ごめん、なんか言った?」
「……いつまで、くだらないことを続けるつもりだ?」
「さあ? いつまでだろうねぇ」
いつまで、続くのか。
笑みを返したソンツェに、ゾニッツはただため息をつき、緩く首を振るだけだった。




