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「ハハッ、まさに『お似合いのカップル』だな! 不細工な女と、無能な男!」
男たちの下品な高笑いが、新緑の茂みを揺らして木霊していた。
その瞬間——私の胸の奥底で、何かが激しく弾け飛ぶ音がした。
(……あ)
ドクン、と心臓が破裂しそうなほどの音を立てて脈動する。
視界が真っ赤に染まり、全身の血液が沸騰した油のように煮え滾る。指先が急速に冷たくなり、代わりに体幹の内側からドス黒い、どろどろとした熱情が足元から脳天へと駆け昇っていった。
殺してやる。
今すぐ、あの茂みの裏にいる浅薄な男たちの首を捻り切り、その汚い舌を引き抜いて、二度と誰かを傷つけられないように絶命させてやる——。
「っ……!?」
思考を塗りつぶすほどの凄まじい殺意に、私はハッと息を呑んだ。
咄嗟に自分の胸元を強くかきむしり、その場に崩れ落ちそうになる膝を必死で耐える。
(違う……! 抑えなさい、抑えるのよ、私……っ!)
歯をガチガチと鳴らしながら、必死で己の内側にある「狂気」を押さえつけようと試みる。
エルフという種族は本来、湖の表面のように平穏で、理性的で、感情の波が極めて少ない。静寂を愛し、万物の理を冷徹に見つめる高い精神性を持っているはずなのだ。
いま、私の中で猛り狂い、荒れ狂っているこの見苦しい怒りは——私の中に流れる、もう半分の血。
かつて故郷のエルフたちから「穢れた」「浅ましい」「野蛮な」と蔑まれ、私自身も徹底的に忌み嫌い、押し殺してきたはずの『人間の血』そのものだった。
激しい感情の動揺に引きずられ、体内の魔力が大きく乱れ始める。
不細工なクロエの姿を保っていた擬態魔法の結界が、内側からの圧力でピキピキと音を立てて亀裂を生んでいくのが分かった。
くすんだ肌の表面に、かすかな銀色の光が漏れ出しそうになる。爪先からエルフの精霊力が溢れ出し、私の足元の草花が狂い咲くように異常成長を始め、一瞬で枯れ果てていく。
(だめ……ここで魔法が解けたら……! それに、この怒りに呑まれてはダメ……っ!)
私は両腕で自分の身体を強く抱きしめ、鋭い爪を皮膚に食い込ませた。痛みが走り、微かに赤く滲む。
その痛みで正気をつなぎ止めながら、心の中で何度も何度も念じた。
(鎮まりなさい……! 私の中の、汚い人間の血! 激情に任せて相手を破壊しようとするなんて、あのクズ男たちと同じ低級な野蛮人に成り下がってしまうわ……!)
冷たくあれ。氷のように、澄み切った銀の理性を保つのよ。
エルフの静寂を取り戻しなさい。怒りに任せた力など、ただの破壊。何の救いにもならない。
呼吸を整える。深く、長く、深く。
体内の魔力を一度完全に遮断し、冷やし、ゆっくりと再構築していく。
暴走しかけた熱い血液を、氷の魔力で力任せに冷却していく感覚。胸の奥で渦巻いていた熱狂的な殺意が、ゆっくりと泥のように沈殿していく。
「……ふぅ……っ、く……っ」
額からタラリと冷や汗が垂れ落ちた。
手足の震えが収まり、擬態魔法の歪みが戻っていく。
足元の枯れた草花は元には戻らないが、幸いにも茂みの向こうの男たちは、こちらの異常には気づいていないようだった。
「おい、そろそろ戻ろうぜ。公爵閣下のお供をしなきゃならん」
「そうだな。あんなドブネズミどもの噂話で時間を潰すのも馬鹿らしい」
足音が遠ざかっていく。
私は大樹の陰に背中を預けたまま、ずるずると地面に座り込んだ。
胸を撫で下ろしながらも、背筋に冷や汗が伝うのを感じる。
恐ろしかった。
あの男たちの侮辱があまりにも理不尽で、あまりにもアレン様を不当に貶めるものだったからとはいえ——自分の中に、あれほどまでに醜く激しい「人間の激情」が眠っていたという事実が。
(私は……あの人をバカにされて、あんなにも激怒したというの……?)
今まで、自分がどれほど「不細工」と罵られようが、豚扱いされようが、心の中で冷ややかに嘲笑うことしかしてこなかった。エルフの理性という冷たい壁の向こう側から、他人事のように人間たちを見下していたのだ。
それなのに。
たった一度出会っただけの、あの優しい青年の尊厳が傷つけられた瞬間に、私は自分自身の制御を失うほどの怒りを覚えた。
それは、アレン様への執着なのか。
あるいは、自分の中に残っていた「人間の感情」が、彼の優しさという光に触れて暴れ出したのか。
分からない。
ただ一つ言えるのは、私は二度と、あのような醜い怒りに呑まれて暴走してはならないということだった。
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命からがら社交界を後にし、夕闇が迫る下町の安宿へと戻ってきた。
重い木製のドアを閉め、頑丈な鍵を三つかける。
室内の暗がりの中に足を踏み入れた瞬間、私は緊張の糸が切れたようにその場に膝をついた。
「擬態解除……」
ぼそりと呟くと、全身を包んでいた偽りの肉体が崩れ去り、銀色の光とともに真の姿が姿を現した。
さらりと肩にこぼれ落ちる銀糸の髪。優美に伸びた耳。
私はふらつく足取りで全身鏡の前へと歩み寄り、そこに映る自分自身を見つめた。
鏡の中の私は、どこからどう見ても美しいエルフの娘だ。
けれど、その銀色の瞳の奥には、先ほどまでの激しい葛藤の余韻——熱く濁った「人間の血」の痕跡が、かすかに残っているように見えた。
「嫌ね……本当に、嫌……」
自分の両手を見つめる。
エルフの郷で「人間の血が混じった出来そこない」と罵られ、追放された記憶が蘇る。
あそこにいたエルフたちは、私の中にある「感情の激しさ」を恐れ、忌み嫌っていたのだ。人間のように怒り、人間のように悲しみ、人間のように執着する私の性質を。
今日、私は身をもって知ってしまった。
どんなに高位の魔法で外見を偽ろうと、私の中に流れる熱く泥臭い人間の血は、消えて無くなりはしないのだということを。
「でも……アレン様……」
ベッドの端に腰掛け、両手で顔を覆う。
目を閉じれば、あの木漏れ日の中で、私の安物のドレスを「綺麗な若草色だ」と褒めてくれたアレン様の、暖かな琥珀色の瞳が思い浮かんだ。
男たちは彼を「無能」「落ちこぼれ」と笑っていた。
セドリック子爵家の次男。魔力が低く、剣術も使えず、家から冷遇されて図書館の平書記官へと追いやられた男。
けれど、そんなものは嘘だ。
彼が語っていた古代伝承の解釈、植物に関する深い造詣、そして何より他者の痛みに寄り添うことのできる高潔な精神。
それは、目に見える魔力の量や、人を殺める剣の腕前などよりも、遥かに尊く価値のあるものだった。
あのクズ貴族どもは、アレン様の真の価値を理解する頭脳も心も持っていないのだ。
(落ち着くのよ、クロエ。……いいえ、私)
私はゆっくりと顔を上げ、深呼吸をした。
冷たいエルフの魔力を全身に巡らせ、思考をクリアにしていく。
感情に任せて暴れるのは「人間の悪癖」だ。
だが、その熱い情熱を、エルフの冷徹な知恵と魔法によって正しく導くことができるなら——それは、私にしか持えない最強の武器になるのではないだろうか。
怒りに任せて男たちの首を刎ねる必要はない。
そんなことをすれば、アレン様を悲しませるだけだし、私自身が本当の怪物になってしまう。
ならば、どうするべきか。
(アレン様を虐げ、正当な評価を与えないこの腐った仕組みを……影から、完璧に解体して差し上げるわ)
私は机に向かい、固まったインクの壺を開けた。
羽ペンを手に取り、真っ白な羊皮紙に素早く文字を走らせる。




