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試すような問いかけをしてしまった。
「ヴァルデック男爵家の娘」と自己紹介すれば、大抵の男は「ああ」と言い、急にあからさまな態度に変わるのが常だったから。
けれど、青年はパチクリと大きな目をまばたかせると、優しく微笑んだ。
「クロエ様ですね。初めまして、僕はアレンと申します。貴族の末端に籍を置く、ただの書記官のような者ですよ。……ヴァルデック様のお名前は存じ上げておりますが、噂などというものは風が運ぶ塵のようなものです。自分の目で見た目の前の貴方以外に、信じるに値するものはありませんから」
アレンと名乗った青年は、胸に手を当てて優雅にお辞儀をした。
その動作には飾らない気品があり、言葉には嘘や誇張の匂いが一切なかった。
私のエルフ特有の感覚が、静かに警鐘——いや、歓喜の鐘を鳴らす。
嘘をついている人間の声や魂には、かすかな声帯の震えや魔力の歪みが生じる。けれど、このアレンという男の言葉には、どこまでも澄み切った誠実さしかなかった。
「……アレン様。貴方は、私を見て……不快に思われませんの?」
「不快? なぜです?」
アレンは心底不思議そうに首をかしげた。
「貴方はとても穏やかな空気を持っていらっしゃる。賑やかすぎる中央の園遊会よりも、この静かな木陰がとてもよくお似合いです。それに……そのドレスの緑色、とても綺麗な若草色ですね。今日の陽光によく似合っています」
——野暮ったいと笑われた、この安物のドレスを。
彼は「綺麗な若草色だ」と言った。
胸の奥が、小さな熱を持ってキュッと締め付けられるような感覚がした。
前世でも、そしてこの世界に生まれ変わってからも、私は常に「容姿」や「血筋」で評価され、あるいは蔑まれてきた。エルフの美貌を持つ真の姿であっても、人間を魅了する道具としてしか見られない。不細工な人間になれば、生ゴミのように扱われる。
けれど、いま私の目の前にいるこの人は。
私の容姿を嘲笑うこともなく、かといって過剰におもねることもなく、ただそこにいる私を肯定してくれた。
(まさか……この人が……?)
脳裏に、前世の記憶が鮮烈に蘇る。
ゲーム『花園のレヴァリエ』に存在した、たった一人の「聖人」。
攻略難易度が異常に高く、ビジュアルも名前も分からないままだった、あの隠しキャラクター。
他人を傷つけず、地位や容姿で人を判断せず、深い慈悲と優しさを持っている人物。
もしや、このアレンという地味で誠実な青年こそが、私が探し続けていたシークレットキャラなのではないだろうか?
「……クロエ様? 顔色が少し優れませんが、大丈夫ですか? 風が冷たかったでしょうか」
私が呆然と立ち尽くしていると、アレンが心から心配そうな顔で覗き込んできた。そして、彼自身のコートを脱ごうと手に手をかける。
「あ、いいえ! 大丈夫ですの、何でもありませんわ!」
私は慌てて手を振った。
彼の優しさに触れて、心臓がトクトクとやかましく鼓動を打っている。擬態魔法が動揺で乱れそうになり、私は必死で魔力を抑え込んだ。
「そうなら良かった。……もしよろしければ、少しだけお話ししませんか? 僕も賑やかな場所があまり得意ではなくて、逃げ出してきたところだったんです」
アレンは照れくさそうに頭を掻いた。その仕草が、とても愛らしく見えた。
「ええ……ええ、喜んで!」
私は小さく、けれど今までの社交界で一番本当の感情を込めて頷いた。
それからの小一時間は、私にとって夢のような時間だった。
アレンは王立図書館の書記官として働いているらしく、本や歴史、そして大陸の植物についての知識が非常に豊富だった。
彼が語る物語や知識はどれも興味深く、人間を見下していたはずの私の醜い心が、ぐいぐいと彼の話に引き込まれていく。
「古代エルフの伝承ですか?」
私がさりげなくエルフについての話題を振ると、アレンは琥珀色の瞳を少しだけ真剣なものに変えた。
「ええ。いまの社交界では、エルフの力を手に入れようと野心に燃える貴族が多いようですが……僕は、少し悲しく思うのです」
「悲しいのですか?」
「はい。エルフの方々は、自然を寵愛し、静かな平和を望む種族だと古書にありました。それなのに、人間の勝手な欲望で追いかけ回され、道具のように扱われようとしている。もし僕がエルフの方に出会えたとしたら……何かを求めるのではなく、ただ『今まで辛い思いをさせてごめんなさい』と謝り、彼らが望む穏やかな暮らしを守ってあげたいと思います」
言葉が出なかった。
実際のエルフは、平和を望むというより、排外、分離を重んじ、独立性を保つ文化だ。血脈の保護という明確な名分も存在する。
だとしても今は、息が詰まり、目頭が熱くなるのを必死で耐える必要が生じた。
私がずっと、死ぬほど欲しかった言葉。
誰も私の力や容姿ではなく、私の平穏を望んでくれなかった。故郷の者たちですら、私の穢れた血を忌み嫌って捨てたのだ。
それなのに、この人は。出会ったばかりのこの青年は、私が心の底から願っていた救いを、当たり前のように口にしてみせた。
(アレン様……貴方は、本当に……)
彼こそが、私の求める人だ。
このドブのような世界の中で、奇跡のように咲いていた一輪の花。
私の求めたシークレットキャラ。
「……クロエ様? なぜ泣いていらっしゃるのですか?」
アレンが驚いたように身を乗り出し、懐から清潔な白いハンカチを取り出した。
「あ……申し訳ありません。あまりにアレン様のお話が温かくて、感動してしまいましたの……」
「僕の話で泣いていただけるなんて。……クロエ様は、本当に心が優しく、感受性の豊かな方なのですね」
アレンは柔らかく目を細め、優しくハンカチを私に手渡してくれた。
その手に触れた瞬間、私の中で確固たる決意が固まった。
(見つけた。ついに見つけたわ)
彼となら、私は本当の私になれるかもしれない。
いつか、この擬態を解き、エルフとしての素顔を見せても、彼ならきっと私を受け入れてくれる。私を道具としてではなく、一人の愛すべきパートナーとして抱きしめてくれるはずだ。
楽しかった時間はあっという間に過ぎ、園遊会の終了を告げる鐘の音が遠くから聞こえてきた。
「もうこんな時間ですね。名残惜しいですが、僕はそろそろ職場に戻らなければなりません」
アレンが名残惜しそうに立ち上がる。私もベンチから立ち上がり、深く頭を下げた。
「本日は、本当に素敵な時間をありがとうございました、アレン様」
「こちらこそ、クロエ様とお話しできて光栄でした。……あの、もし差し支えなければ、また次の機会にお会いできませんか? 来週、王立図書館の庭園で小さな茶会があるのですが……」
アレンが少し頬を赤らめながら、おずおずと誘ってくれた。
「ええ! ぜひ、伺わせていただきますわ!」
私は思わず大きな声で答えてしまい、恥ずかしくなって扇で顔を隠した。アレンは嬉しそうに「楽しみにしています」と微笑み、優雅に去っていった。
彼の背中が見えなくなるまで見送った後、私は深々と息を吐き出した。
胸の中が、今まで感じたことのない温かな幸福感で満たされている。
(明日からの調査が楽しみだわ。アレン様のこと、もっと知りたい……!)
私はスキップしたい衝動を抑えながら、王立庭園を後にしようと歩き出した。
しかし——。
幸福感に包まれていた私の耳に、離れた茂みの陰から、聞き捨てならない二人の男の会話が飛び込んできた。
「おい、見たか? さっきセドリック子爵家の『落ちこぼれ』が、あの不細工令嬢と話していただろ」
「ああ、アレンの奴か。ふん、相変わらず冴えない奴だ。あいつは子爵家の次男のくせに魔力も低く、まともな剣術も使えんからな。図書館の詰め仕事がお似合いだ」
「ハハッ、まさに『お似合いのカップル』だな! 不細工な女と、無能な男! 子爵家もあんなドラ息子、とっくに勘当同然で追い出しているらしいぞ」
男たちの下品な笑い声。
私の足がピタリと止まった。
全身の血が、一瞬で凍りつくような冷たさを帯びる。
(……なんですって?)
私の大切な人。
私に初めて優しさをくれた、あのアレン様を。
無能? お似合いのカップル?
仮面の下で、私の銀色の瞳が、メラメラと恐ろしいほどの怒りの炎を宿して見開かれた。
(許さない……)
彼らがアレン様をどう評価しようと関係ない。
あんなに心が美しく、誠実な人を「無能」と切り捨てるこの世界の狂った価値観など、吐き気がする。
(アレン様が周囲から虐げられているなら……私が守る。私の持つエルフの古代魔法と知恵のすべてを使って、アレン様をバカにするクズどもを徹底的に叩き潰して……はぁ、悲しいけれど、この血は、想像以上に心の平穏をかき乱してしまう)
私は静かに拳を握りしめた。
シークレットキャラを見つけた喜びと、彼を不当に貶める世界への激しい怒り。
二つの感情が交差し、私の「異世界での戦い」は、新たな局面へと突入したのだった。




