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「うう……今夜も一晩中、屈辱に耐えなければならないなんて……。一体いつまで耐えればいいの……」
私のすぐ近くで、小柄な令嬢が涙ぐみながら身を小さくしていた。
彼女のドレスは少し生地が傷んでおり、顔立ちも派手さはないが、素朴で可愛らしいおとなしい少女だ。ただ、身体的障害があるのだろう。姿勢がおかしい。
さきほどから中央の男たちが彼女の方を指差し、「あんな歪な女、誰が踊るんだ」「壁の装飾品以下だな」とヘラヘラと品評していたのだ。
「悲しまないで」
私はその令嬢にそっと囁きかけた。
「あの方々の言葉に、価値などありませんわ。美しい花を愛でる目を持たない者が、騒いでいるだけです」
「えっ……? あ、あなたは……?」
少女は驚いたように私を見た。
急に落ち着いた口調で話しかけてきたからだろう。私はゆっくりと首を振ってみせた。
「あのような男たちにダンスカードを埋めてもらったところで、後で陰でどのようなランク付けをされるか分かったものではありません。貴女の価値は、あの者たちの評価で決まるものではないのですから。見た目の美しさは衰えますが、知性やカリスマは衰えません」
「ありがとうございます……。でも、あなたも、あんなにひどいことを言われて……悔しくないのですか?」
少女が心配そうに私を見つめてくる。優しい子だ。こんな良い子が、あのクズ男たちのせいで傷ついているのが本当に腹立たしい。
「私は気にしておりません。心の醜さは自身の魔力を汚し、悪魔の格好の餌になる。神にも愛されなくなるから」
少し微笑むと、少女は目を丸くした後、思わずといった風に「ふふっ」と小さな笑い声を漏らした。それだけで、彼女の肩の緊張が少しほぐれたようだった。
私は視線を再び会場の中央へ向けた。
さきほど少女を嘲笑っていた三人の男たち。金髪の公爵令息、黒髪のエリート騎士候補、そして赤髪の若き伯爵。
全員、前世のゲームで攻略対象として君臨していた面々だ。
金髪の男が、取り巻きに向かって胸を張る。
「ハハハ! 今日の夜会の主役はやはり私だな。どの令嬢も、僕の誘いを断れるはずがない」
「ええ、まさにその通りです。あのような地味な女たち(壁の花)とは、住む世界が違いますからな」
黒髪の男も冷笑を浮かべながら同意している。
シークレットキャラは「性格が良い」のだ。目の前で格下の令嬢を虐げ、他人をランク付けして喜んでいるような人がシークレットキャラであるはずがない。
しかし、観察を続ければ続くほど、頭が痛くなってくる。
どこを見渡しても、まともな男がいない。
優しそうに微笑んでいる青年も、背後で控える従者に「後であの女の家柄を調べろ。利用価値がなければ切り捨てろ」と吐き捨てるように命じているのが聞こえてしまった。
(全滅……? いいえ、きっとどこかにいるはず。今回も会場にいないだけかもしれないし、まだ私の目に入っていないだけかもしれない……)
容姿が分からないというのは、これほどまでに難しいとは。
もしビジュアルさえ知っていれば、一発で見つけ出せるのに。
けれど私にできるのは、こうして「性格の悪いクズ」を一人ずつリストから除外していき、残った真の優しさを持つ者を探し出すという、気の遠くなるような作業だけだった。
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舞踏会が終わりに近づき、夜が更けていく。
華やかな狂乱が幕を閉じようとする中、私は他の令嬢たちに紛れて静かに城を後にした。
乗ってきた馬車は、ヴァルデック男爵家(旅客運送業)が手配した安っぽい乗り合いの馬車だ。がたごとと揺れながら、洗練された貴族街を抜け、賑やかだが薄汚れた下町の路地へと向かっていく。
私の拠点は、適当な理由で金を掴ませ、下町の片隅にある古びた安宿の一室を借り切っていた。不細工な娘が貴族街で目立つより、雑多な下町に潜んでいる方が、擬態を解くのも容易で安全だったからだ。
ぎい、と古い木製のドアを開け、鍵をかける。
「……ふうううっ、疲れた……!」
室内に入った瞬間、私は深く息を吐き出し、全身の魔力を解放した。
体内で圧縮されていた魔法が解け、視界がぐにゃりと歪む。
腫れぼったい瞼が持ち上がり、くすんだ皮膚が瞬時にして陶器のように白く滑らかな肌へと変わっていく。しなやかで細身の輪郭を取り戻し、短くパサついていた髪は、流れるような美しい銀糸の束となって背中に広がった。
そして、丸く不格好だった耳の先が、スーッと優美に尖っていく。
鏡に映ったのは、人間の社交界が見たら息を呑むような、神秘的で儚げなエルフの真姿。
だが、この部屋にそれを称賛する者は誰もいない。私自身も、この美しさに何の執着もなかった。これはただ、故郷から追い出された証であり、私を孤独にする呪いに過ぎないのだから。
緑色のドレスを脱ぎ捨て、肌触りの良いシンプルな木綿の部屋着に着替える。
そして、部屋の隅にある小さな丸机に向かった。
卓上には、粗末な羊皮紙と、インクの固まりかけた羽ペンが置かれている。
私は羽ペンをインク壺に浸すと、今日舞踏会で見かけた男たちの名前と特徴を、すらすらと書き連ねていった。
『ルシアン・フォン・グラディス公爵令息:性格最悪。人をモノ扱い。×』
『ギルバート・フォン・アルスター騎士:冷酷。格下を酷く見下す。×』
『レイナード・フォン・ヴァルハイト伯爵令息:軽薄。女性をトロフィーと見なす。×』
『カイル・フォン・セドリック子爵令息:裏表激しい。利用価値で、人の価値を判断。×』
羊皮紙には、すでに百人もの名前と、その横に付された巨大な『×』印が並んでいた。
今夜の舞踏会で、さらに十人ほどの名前が「ブラックリスト」へと追加されたことになる。
「はぁ……消去法とは言え、これじゃいつまで経っても候補が見つからないわね……」
羽ペンを置き、私は椅子に深く背をもたれさせた。
疲れがどっと押し寄せてくる。
高位の擬態魔法は、膨大な魔力を消費するわけではないが、エルフと言えど辛い。また精神的な摩耗が激しい。一日中「愚鈍な女」を演じ、周囲からの蔑みの視線を浴び続けるのは、いくら気にしないようにしていても心が削られる作業だった。
ふと、部屋の窓に目をやる。
その窓ガラスは古く、斜めに大きなひび割れが入っていた。隙間風がピューピューと寂しい音を立てて吹き込んできている。
けれど、そのひび割れたガラス越しに見える夜空は、息を呑むほど澄み切っていた。
黒真珠のような夜の闇に、散りばめられたダイヤモンドのような星々。そして、蒼く静かに輝く大きな二つの満月。
故郷のエルフの森で、冷たい目で見下されながら見上げた夜空。
人間社会に降り立ち、偽の仮面を被りながら見上げる夜空。
どこへ行っても、私は一人だった。どこにも私の居場所はなかった。
(いつか……出会えるのかな)
私は立ち上がり、ひび割れた窓辺へと歩み寄った。
冷たい隙間風が、私の銀髪をふわりと揺らす。
このひび割れた窓の向こうにある世界は、どこも優しくなんてない。
前世のフィクションのように、都合よく救いが訪れるわけでもない。
それでも、私は諦めたくなかった。
私のこの本当の姿——混血として嫌われた銀髪も、尖った耳も。
利用されるだけのエルフの血も。
そして、私が被っている仮面の裏側にある、本当の心も。
すべてをそのまま受け入れて、ただ一人の対等な存在として微笑みかけてくれる、あの「シークレットキャラ」のような人に。
いつか、この孤独な偽りの日々が終わる日が来ることを。
温かな手に包まれ、何にも怯えずに眠ることができる、そんな小さな幸福の夢を。
「……待っていてね。絶対に、あなたを見つけ出す」
執念に誓い黒い感情と共に、窓の外で、どこまでも広がる深く豊かな夜空に向かって、私は静かに呟いた。
ひび割れたガラスに映る私の銀色の瞳には、ほんの少しだけ、強い意志の光が宿っていた。




