192話 前代未聞の入学者
魔王国の王子アシュテが、ミレスに入学する。
その一報は、世界中を震撼させた。
各国の王族の入学のみならず、俺たちの計画も再考を迫られるほどの事態だった。
とはいえ、魔王国の王子なんて初耳だ。
俺たちはまず、この情報が正しいかを調べることとした。
アルスには魔王国にいた者もいる。
早速、オークのエルブレス、リンドブルムのモノアをアルス政庁の執務室へと呼び出した。
しかしその二名は目を丸くして答える。
「王子アシュテ……誰だ、そいつは?」
エルブレスが首を傾げると、モノアが答える。
「隠し子、かもしれません。エルブレスと一緒」
「エリシアたちは隠し子じゃねえ。単に別れただけだ!」
エルブレスはそう答えた。
二人はアシュテについて知らない様子だった。
「魔王は、魔王族という悪魔の血を引く種族しかなれないんだったな。そして、現魔王の名はアシュテル」
魔王となってから内紛状態だった魔王国をまとめ上げた。戦ったセスターら魔王国の者からは、名君と慕われているようだった。
「アシュテルとアシュテ……なんか似てるような。人間も、親が子供に名を継がせることはあるが、魔王国もそういうのは一般的なのか?」
「それ自体は珍しいことじゃねえ。エリシアも、俺のエルを──なんで、そんな嫌そうな顔をするんだ?」
エルブレスの言葉にエリシアが少し嫌そうな顔を見せる。
モノアはまだ少しなれない人間の言葉で答える。
「とはいえ、魔王の名は、他の魔物とは比べ物にならない意味の重さ持ちます」
「易々と口に出していい、名前ではないんだな。似た名前なら、魔王自体が後継者にしたい子供だと宣言するようなものだ」
俺が言うとモノアが頷いた。
「それに、アシュテルに子供がいるなんて、誰も聞いたことありません。誰を表舞台に出すかは後継者問題になりますから、そもそもあまり公表していない、というのもありますが」
エルブレスもうんうんと頷く。
「しかも、今の魔王はまだ若い。まだ、即位して五十年。後継者を表に出すのは早すぎる」
「本当に、王子なのか、という疑問は生じるな。そもそもミレスは平和主義とはいえ、人間の国だ。魔王国の者にとっては、敵地でしかない」
強力な魔法を操る魔王族とはいえ、そんな場所に飛び込むのだろうか。
では、王子でなければ何者だろうか。考えられるのはそもそも王子でない者か、王子の影武者か。
そんなことを考えていると、ティカが手を挙げる。
「どうした、ティカ?」
「誰かはわかりませんが、目的のあたりはつくのかなと。ミレスにアシュテ王子の入学を依頼しにやってきたのは、私たちも知るシャルズでした」
「俺たちが魔王国に送り届けた、ドッペルゲンガーだな」
シャルズは、俺たちのことを魔王に伝えると約束した。俺が魔王と会いたい、といったことも含めて。
シャルズも死んだセスターも魔王からそれなりに信頼を置かれている様子だった。
どうやら俺の言葉は確かに伝わったようだ。
「もしかして……あの言葉も影響しているのか。それで王子を俺と」
しかし隣で聞いていたユリスはこう答えた。
「拝夜教団が魔王国と繋がっているなら、ルクス大陸の現状打破のために接触しにきてもおかしくない。しかし、その場所にミレスを選ぶとは」
「しかも、学生として入学すると堂々と公表させて……」
エリシアは苦笑いを浮かべて言う。
「もっと秘密裏にやってもいいようなものですね。しかし、ミレスはよく了承しましたね」
ティカが頷いて答える。
「学長と教授会の賛成多数で許可されたようです。決議を終えて一日が経ちますが、学長室には今も反対する教授と生徒が詰めかけて、勉学どころではないと混乱しています」
「いかに多種族の共存や平和を志向するミレスでも、その決定はどうなんだろうな」
ミレス全体を危険に晒しかねない。あまりに融和的すぎないだろうか。
しかしティカはこう答えた。
「シャルズは、王子が一人で行くこと、王子に好きなだけ監視をつけていいこと、あらゆる魔法や魔道具による制約を王子に課していいことを申し出たようです」
護衛もなしで一人。相当な譲歩のように感じる。
「その上で、学長はなぜそこまでして王子をミレスに行かせたいのか、と尋ねました」
先も言ったが、俺と接触するにしても、ミレスである必要がない。
もしかして、俺と接触することが目的ではないのか。
ティカはこう続ける。
「シャルズは、アシュテ王子は人間と友達になりたいのです、と伝えたようです」
その言葉に俺は少し拍子抜けになる。
エリシアも同じような間の抜けたような顔を見せた。
「そんな見え透いた嘘を信じるわけがないと思いますが」
「本気だったとしたら、あまりに純粋すぎるわね」
ユリスもそう答えた。
ティカは頷いて続ける。
「実際、ミレスの学長や教授陣も、私たちと同じような反応をしたようです。しかし、シャルズがすかさずこう続けました。魔王様も人間国家との恒久的な平和を望んでいらっしゃる、と」
「王子の入学を糸口に、人間国家と魔王国の関係改善をしたい。急に真面目な話に聞こえてくるな」
「シャルズは、ミレスが王子の入学を認めてくれた場合、いかなる人間国家への領土も侵犯しないと約束したようです。逆に魔王国への攻撃があった場合は、撃退はするが、逆侵攻などの報復はしないとも」
ユリスは言う。
「ミレスが決断すれば、多くの戦争を止められる……ミレスの理念にも沿っているし、ミレスは他の人間国家に恩を売ることもできる」
「受け入れたアシュテさえ管理できれば、ミレスに断る理由はない、な」
ティカは頷いて続けた。
「当然、ミレスの教授会は大紛糾となりました。しかし、最後は学長が永遠の平和の第一歩のため、これ以上悲劇を生まないため、と泣き落としのような形で他の教授を説得。結果、教授会の三分の二の賛成を得て、許可がなされたようです」
こんな機会は滅多にない。しかし、それは魔王の言葉が嘘偽りないとすればだ。
「ミレスにしても、アシュテ一人ぐらいなら、どうとでもできると考えているのかもな」
ミレスには優秀な魔法使いが集まっているし、魔道具も豊富にある。アシュテに問題を起こさせない自信もあるのかもしれない。
ユリスは腕を組んで言う。
「過去のやり直しでも、こんなことはなかった。しかし、魔王は狡猾で、人間国家を簡単に滅ぼしてきた。彼の言葉を鵜呑みにするのは危険ね」
「そう、だな。俺たちにミレスに目を向けさせ、意表をついてくる手もある」
エリシアが口を開く。
「ですが、アシュテのミレス行き自体を止める手立てはないようですね」
「それは仕方ない。それに来るなら来るで、接触することもできる。できれば、シャルズに真意を問いただしたいところだったが」
ネイトが首を横に振った。
「私たちの諜報網では、シャルズがミレスを出入りするのを捕捉できませんでした。船を使ったことだけはわかったけど」
「依然として、魔王国は未知の魔法や魔道具を所有していそうだな」
メーレが心配そうな顔で俺に尋ねる。
「アレクはミレスに行く?」
「そのつもりだ」
「でも、リュセル伯爵……いや、ルイベルとお父さんは来ないんじゃないかな」
メーレの言うとおり、このアシュテの入学は、ルイベルや他の国の王族の入学に強い影響を与えたはずだ。
「そんな危険な者が来る場所にワシのルイベルはやれん!! ──とか、言ってそうですね」
エリシアがそう言うと、他の者たちもこくこくと頷く。
ユリスもこう言った。
「魔王国の者と共に勉強することに抵抗を感じる者もいると思うわ。皇帝とルイベルはもちろん、護衛とその家族にもね」
「じゃあ、ルイベルの入学は中止になる可能性が高そうだね」
メーレはそう言うが、ユリスは首を縦には振らなかった。
「初めてのことでなんとも言えないわね」
「俺も、中止にするかはまだ分からないと思う。いや、むしろ中止にしない可能性が高いかもしれない」
俺はそう答えた。直感だ。
エリシアが尋ねてくる。
「どうしてでしょうか?」
「いや、ルイベルの性格や、帝国貴族の気質というか……きっと見に行った方が早いと思う」
そうして俺たちは姿を隠しながら、宮殿の大広間へと潜入した。
大広間は、案の定、多くの貴族が大論争を繰り広げていた。
「神聖なる陛下の御子であられる殿下と名誉ある帝国貴族の子を、汚れた悪魔の子と同じ学舎で学ばせるつもりか!?」
「だから中止せよと言うのか!? ここで殿下のミレス入学を取り消しては、帝国の皇子が魔王国の何某を恐れて逃げたと、謗りを受けるのだぞ!!」
玉座に座る皇帝は顔を青ざめさせていた。
一方のルイベルは、玉座の横の壁に無表情で立っている。
リュセル伯爵はどこか控えめに広間の壁際に立っていた。
しばらく論争を聞いていると、意見は二つに集約されているのがわかった。
一つは、魔物への嫌悪感からアシュテとは共に学ばせてはいけないという意見。
だからミレスに圧力をかけて、アシュテのミレス入学を中止させろというものだ。
もう一つは、魔王国への対抗心と帝国の面子のため。
アシュテが一人でミレスに来るのに、ルイベルや貴族が入学を中止する、あるいはアシュテの入学を中止させるのは、まるで逃げているようではないかという意見だ。
つまり、ルイベルの入学自体を中止させろ、という意見はむしろ少数だった。
そしてそんな少数派に属するのが、我が父だった。
我が子を危険な目に遭わせたくない──父がこの大論争を絶望するような顔で見ているのは、本来はそう主張したいからだろう。
しかし、帝国貴族たちの言うようにそれではあまりに弱腰に映る。
面子を重んじる帝国貴族たちの意見は、徐々に一つにまとまりつつあった。
「ルイベル殿下のミレス入学に異議なし!!」
この機会にアシュテを捕らえればいい、帝国人総出でアシュテをいじめるなり殺して帝国の力を示せばいいと。まるで開戦を主張するかのような、過激な言葉も聞こえてきた。
論争は収まりつつあった。
父もそれを察してか、決断を下す必要があった。
ルイベルの身を案じつつも、皇帝としての威厳を損なうことはできない。ただ中止をすることは、俺の目から見ても不可能に思えた。
父は固く閉ざしていた口を開く。
「ワシは──異議はない」
貴族たちが一斉に静まり返る。父はさらに言葉を続けた。
「魔王国の王子など、取るに足らぬ。しかしルイベルの思いもある。汚れた魔物を目にしたくない気持ちはワシとてよく分かる。ルイベルよ、そなたが望めば、ワシはミレスに兵を出すことも厭わぬ」
ルイベルがこれでやめますと言ってくれるのが一番。兵を送って欲しいと言われても、父は応じるつもりなのだろう。
しかしルイベルは父の前で片膝を突いて言う。
「陛下のお手を煩わせたくありません。このまま、僕はミレスに向かいます。帝国の皇子として、魔王国の王子に負けない成績を残して参ります」
負け嫌いなルイベル。俺も中止しないだろうとは考えていた。
皇帝は思わず目を閉じた。本人が望んだ以上、行かせないという選択肢は完全に潰えた。
皇帝は頷くと玉座から立つと、片手を前に出す。
「ルイベルよ、その意気やよし! 帝国の男の器量、帝国の偉大さを、汚れた魔王の子に見せつけてくるのだ! 臣の子らにも、それを命じる!!」
貴族たちは皆、一斉に頭を下げる。
それから、貴族たちは意気揚々と大広間を出ていった。ルイベルとヴィルタスもそれを追った。
一方、父はリュセル伯爵に視線を送っていた。
リュセル伯爵はすぐに父の前に来た。
「もっと近くに」
「はっ」
リュセル伯爵は父の目前で片膝をつく。
父は眉間を摘みながら大きなため息を吐いた。
「誠に申し訳ございません。私が至らぬばかりに殿下をこのような事態に」
「いいや、そなたはよくやってくれておる。だが、そなただから言うが、ルイベルはワシの跡を継ぐ男」
「はっ。この命に換えても、殿下はお守りいたします」
「うむ。追加の金も兵も惜しまぬ。他の国の王族の家臣とも緊密に連携せよ。それと、もう一つ頼みごとをしたい」
「畏れながら、アシュテ殿下のことでありましょうか」
父は少し顔を引き攣らせる。
「そなたは、まことに有能だな……うむ。最悪、殺害しても構わぬが、捕らえれば使い道があろう」
「仰せの通りでございます。しかし、力ずくではルイベル殿下の身に危険を及ぼすかもしれませぬ。懐柔、などの選択肢も含め、私に一任していただけませんでしょうか。時間がかかるやもしれませぬが」
「ルイベルの身に勝るものは何もない。そなたに任せよう」
「幸甚の至りに存じます」
父は深く玉座に腰掛けて言う。
「しかし、鼠の王といい、昨今は急になんなのか。対処しなければならぬことが多すぎる」
「御心、拝察いたします。ですが、大変恐れ多いことですが、一番に対処すべきは魔王国の動きかと」
「ミレスに申し出た人間国家への不可侵。あれは、まやかしやもしれぬ、ということか」
「その可能性は捨て切れないかと。ゆめゆめ、国境と国内の警戒もお忘れなきよう。辛抱強く機を窺えば、逆に魔王国を版図にできる日も訪れましょう」
「そうだな……全く、そなたに宰相もやってもらいたいぐらいだ」
「私めには、過ぎたるお役目。お言葉、光栄に存じます」
リュセル伯爵は深く頭を下げると、曇っていた顔の父は少し表情を緩ませた。
それからリュセル伯爵は去っていった。
相変わらず、忠臣そのもの。父の信頼も完全に勝ちとったように見える。
魔王国の危険性も伝え、警戒を怠らないよう忠告もした。魔王国と繋がっている拝夜教団なら、黙っておいていてもいいように感じるが。
ともかく、ルイベルはミレス行きをやめない。
リュセル伯爵も来るのだろう。
アシュテの来訪は俺にとっても意外だった。
しかし、やることは変わらない。
俺は、皆をミレスで待つとしよう。




