191話 集結
聖木の返還を終えた俺は、ヴェルトワの埠頭で同じく諜報を終えたユリスと合流した。
ユリスはベンチに座り海を眺めていたが、俺に気が付くと嬉しそうな顔を見せた。
「さすがじゃない、アレク。大きな戦いも起こさずに、この地の問題を解決してみせた。メリエに関しての手がかりも得たと聞いたわ」
「俺一人でやったんじゃない。それに、手がかりは得たが、向こうにも手がかりを与えてしまった……皆を危険に晒すことになるかもしれない」
「大丈夫よ。私が絶対に皆を守る。それに、皆、ちゃんと力をつけてきている。メリエの力がどれほどであろうと、対処できるわ」
確信があるかは分からない。しかしユリスの記憶を見た今、ユリスの言葉は何よりも心強く感じた。
一方で、俺はルダとその彼女のことが頭によぎる。
ユリスの隣に座り、俺は訊ねる。
「ユリス。変なことを聞くけどいいか?」
「なんでも聞いて。よっぽどなことでもない限り、私が変に思う事はないわ」
「……ありがとう。ルダの話は聞いたか?」
「ええ。エリシアから聞いたわ」
「ユリスは、ルダと同じ立場なら、ルダと同じことをしていたと思うか?」
ユリスは間を置く事もなく首を横に振った。
「私は、しないでしょうね」
「どうして?」
「当たり前のことを言わせないで。アレクがそんなことを望むわけがないもの」
即答だった。俺はそれを聞いて少し嬉しくなってしまった。
一方のユリスは少し頬を赤くして、顔を背ける。
「もう、なんか私変なこと言ったかしら? あなたがもし自ら命を絶ったとしても、それは私や皆を思ってのことよ。誰かを傷つけたいなんて、絶対に望むはずがない」
ユリスの言う通りなのだろう。俺はそんなことをユリスには望まない。
俺が頷くと、ユリスは言葉を続ける。
「……杞憂かもしれないけど、アレクも私や眷属たちが何を望んでいるか忘れないで。自分の願望のまま動いていては、きっとその紋章の力は制御できない」
ユリスを守るため、皆を守るため。今までのやり直しはそれだけを考え、俺は異形と化したのだろう。
俺ももちろん生き残る……それがユリスや皆の望む結果だ。
「……気をつけるよ」
「ええ。ともかく、本当によくやったわ。それに、悪魔側の戦術の一つを掴めた」
「聖木を集めて、闇の魔力や悪魔を集める……ルダだけがやっていたとは思えないな」
「その通りよ。他の地域でも、同じようなことをやっている可能性がある」
ユリスは少し悔やむように続ける。
「何度もやり直しておきながら、聖木に封印されていた悪魔に気がつけなかったのは私もまだまだね。悪魔や邪竜を洗い出すことに集中しすぎていた」
「これだけ沢山の人や魔物が生きているんだ。もし全員の考えまで把握しようとしたら、永遠にやりなおしても足りないだろう」
「その通りよ、アレク。すべてを見通せるわけじゃない。一つのことから別のことも考える必要もある。今回だったら同じようなことをしている者たちがいないか調べないとね」
「ああ、他の地域で聖木や類似のものが集められていないか調べる必要がありそうだ」
「ええ。それは私が進めておくわ。ある程度、聖木が多い地域は把握しているから」
「ありがとう。頼むよ」
ユリスと俺は互いに頷き合った。そんな中、俺は近くに立っていたユーリの視線に気がつく。
「うん、どうした、ユーリ?」
「あ、ユリス様に用が。できました、例の」
「できたのね。あとで着させてもらうわ」
「着る?」
俺が言うと、ユーリは手に持っていた服を俺に見せつけた。
白色のブレザーとスカート。着用の義務はなく私服でも問題ないが、大半の生徒は制服を着ていた。確か、自分の紋章に応じてネクタイの色が決まっていたはずだ。聖の紋章持ちは、白だったか。
「ミレスの制服です! ユリス様も、ミレスに通われるので!」
ユリスはすっとユリスから制服を受け取る。
「通うと言っても、毎日行くわけじゃないけどね」
「そういえばそうだったな……というか、もう入学決まったの? 入学試験は半月後ぐらいだよな?」
「聖女の紋章持ちと伝えたら、私の試験は免除されたわ。あそこも大概、紋章で序列が決まるのかもね」
ユリスがそう答えると、ユーリがもう一つ制服を取り出す。そちらはスカートではなくズボンだった。
「アレク様のも作りましたよ!」
「あ、ありがとう。でも俺はこれで……」
そこまで言いかけて、俺は考え直す、
「いや、毎日通うなら、こっちの方がいいかもな。着させてもらうよ」
「やった! これから毎年、身長に合わせて仕立てますからね! さ、まずは着てみてください!!」
ユーリはそう言って商館の中へと手招きした。
ユリスは俺の肩を優しく叩く。
「分かっているじゃない。私もアレクがミレスの制服を着ているのを見てみたいわ。魔道学院の制服しかみたことなかったから」
「人を着せ替え人形みたいに言うんじゃない」
「アレクは、私のミレスの制服姿見たくないの?」
「別に……」
「そこは見たいって言いなさいよ。もう」
ユリスは少し不満そうに言うと、ユーリの後を追っていくのだった。
ノストリアの騒乱をおさめて一ヶ月が経った。
この間、俺たちはティアルス領内の整備を進めたり、軍備や設備を整えていった。
ノストリアのエルフたちの森の復興も手伝い、マレンがミレスに帰還するまでにエルフたちの一定の信頼を得ることに成功した。
また、鼠の王としての勢力も拡大していった。帝国の主要都市に拠点を建設。そこから魔族たちを助けたり、ルダのような聖木狩りがいないかなど調べた。
結果として、聖木狩のような者たちは見つからず、新たな拝夜教団の痕跡などは見つからなかった。
ルダの報告を受けたメリエが一旦計画を立て直しに入ったのだろうか。魔王国の動きもなく、どこか不気味にも感じた。
嵐の前の静けさかもしれない。
しかし、こちらの態勢は着々と強化されている。帝国全土を網羅する諜報網が完成し、周辺国にも進出し少しずつ根を張っている。
最近では鼠の王の報復を恐れてか魔族への迫害なども急減した。ノストリアでの魔法を見た聖木狩りたちが噂を広めているのも、魔族への風当たりが弱くなっている原因かもしれない。
また、俺の眷属はノストリアにいた時の三倍に膨れ上がっている。主な要因は、ティアをはじめとした鼠人たちの、ネズミへの熱心な勧誘活動だ。
ティアによれば、食べ物をチラつかせるだけで仲間になってくれるから楽だと言う。
おかげでアルスも他の拠点も、今では鼠人の割合が非常に多くなっている。
仲間が増えること自体はありがたい。鼠人は小回りが聞き、狭い場所にでも潜入できる。ネズミにも個体差があるようで、ティアは信用できる者しか仲間にしていないと言う。
それに、仮にも鼠の王を名乗っているわけだし、何も間違ってはいない──はずだ。
俺は、チューという鳴き声が木霊するアルスの広場を見ながらそんなことを思った。
しかし、俺の周りでは、鼠人たちとは違う賑やかな声も響いていた。
「おお、結構似合ってるじゃん、エリシア」
「ユーリさんもお似合いですよ」
視線を向けると、そこではミレスの白い制服に袖を通したエリシアたちがいた。
エリシアとユーリは互いに制服のネクタイや襟を直しあっているようだ。
セレーナは自分の腰回りに視線を落とし、少し戸惑うような顔を見せる。
「今の学生はこんな短いのを履くのか? 動きやすくはあるが」
「可愛らしいですね。しかし、まさか私が学生になるなんて」
ラーンは少し恥ずかしそうにしていた。
ユリスもすでに制服に着替え終え、俺の隣に立っている。そして俺自身もついでに制服だ。
皆、見て分かるように、ミレスの制服を試着しているところだ。
エリシアたち人間の姿の眷属は、俺の護衛や学院の諜報のため、学院に入学する。
ミレス入学に年齢制限はない。年齢によって受ける講義は区別されているが、所属は各紋章の研究棟によって区別されている。だから、エリシアたちが入学しても何も問題ない。
あくまでも俺の護衛という地味な役目なのだが……まあ、楽しそうにしているし、それでいいか。
そんな中、同じ制服姿のメーレがこちらにやってくる。
「準備万端といったところだね」
「ああ。いつでもミレスに行ける。あとは、ルイベル……リュセル伯爵次第だが」
そんな中、ティカとネイトが待っていましたとばかりに俺の前にやってくる。
「ミレスに同行するルイベル殿下の護衛の最終選考が終わり、ルイベル殿下をはじめとした護衛たちが入学試験を受け終わりました。結果もすでに出ております」
ティカが言うとネイトが報告書のようなものを読み上げる。
「ルイベル殿下はもちろん合格。以下、貴族階級五十名と、その従者である騎士階級が二百名、それから平民階級が三十名、魔族が五名。合計で、二百八十五名の者がミレスに入学します」
ミレス全体の一年の入学者は千人程度。そこに三百人近く加わるのだから、たいした数だ。
「世界中の学院を知っているわけじゃないけど……結構な人数なんじゃない?」
メーレが言うと、ティカが苦笑いを浮かべる。
「多すぎでしょうね。貴族階級の子は、付き添いの大人の従者もいるでしょうから、ちょっとした遠征軍みたいな規模かなと。親ばか、というやつでしょうか」
「過保護過ぎない……?」
ユーリが顔を青ざめさせる。
俺も十分、皆に過保護にしてもらっているとは思うが、確かに多い。
「驚くのは、リュセル伯爵が選抜したこの者たちは、ミレスの入学試験を全員合格した、ということでしょうか」
俺は頷いて答える。
「リュセル伯爵は政治手腕に長けて領地も栄えているという。人を見る目があるんだろう」
隣にいたユリスも頷く。
「でしょうね。おかげで帝都魔法学院のほうは、だいぶ入学者の点数が低かったそうよ」
「引き抜かれている、ってところか……しかし、平民と魔族からもちゃんと採用したんだな」
「そうですね。それと平民と言えばですが、リュセル伯爵が試験の中で一番高く評価したのが意外な方でして」
「意外……リーナか?」
ティカはこくりと頷いた。
帝都の修道院で暮らしていたリーナは、リュセル伯爵からルイベルの護衛として勧誘を受けていた。それを話してくれたリーナは、俺たちのスパイとして活動してくれると協力を申し出てくれた。
とはいえ、リーナの身に何かあってはいけない。そこで青髪族や龍人族の子供を、ルイベルの護衛として十名ほど選抜に送り込んでいる。
つまりは、平民のうち十一名は実は俺たちの味方だ。
「筆記試験も貴族に劣らないほど優秀で、剣術の腕はむしろ貴族を圧倒していたようです。ルイベル殿下もリーナが試験を受けるのをご覧になったようですが、あまりの強さにくぎ付けとなっていました」
「そう、か。あまり注目されるのもどうかと思うが」
ネイトが口を開く。
「逆に言えば信頼される。ルイベルの近くにおいてもらえれば、情報も得られるし、選択の誘導もできる」
「スパイとしては最高の立ち位置ですね。もちろん、リスクも高くなりますが、そこらへんは経験豊富な私たちがしっかりお助けします」
ティカは自信たっぷりにそう答えた。
「頼むよ。それで、魔族の五名というのは。俺たちの仲間、ではないよな?」
リーナの支援として眷属を送り込んだが、そこに魔族は含まれていない。
ネイトが口を開く。
「おっしゃる通り。アルスの者じゃない。アレク様の兄上、ヴィルタスの手下」
「となると」
俺の頭に、鼠の王としてヴィルタスと会った後のことを思い出す。リュセル伯爵と会ったヴィルタスは、状況の打開のためにミレスに行きそうな雰囲気を醸し出していた。
ティカが頭を下げる。
「ヴィルタス様の監視まで手が回らず、申し訳ございません。ただ、ヴィルタス殿下はミレス行きを表向きにはしたくなかったのか、お忍びでミレスへ行ったそうで」
「謝らないでくれ。あいつの考えはすでに理解している。ミレスで何か問題を起こそうとか、そんなことは考えていない」
ヴィルタスがミレスに行くのは自己鍛錬のため。ルイベルの護衛に部下をつけたのは、一応の情報収集のためだろう。この帝都にも、ヴィルタスは魔族を通じて諜報網を張っている。
「あいつがいる、ということだけ把握できていればとりあえずは大丈夫だ。それに、身分を隠しているなら、表向きにはあまり接触してこないだろうし。ともかく、ルイベルと護衛の準備は整ったんだな」
「はい。数日後には、帝都からルイベル殿下を乗せた船が、海軍の護衛を受けながらミレスに向かうそうです」
ティカの言葉を補足するようにネイトが言う。
「皇帝がミレスに頼む形で、ミレスで盛大な入学式を執り行うみたい。普通の入学式と違って、入学生の家族を呼び寄せて、半分祝宴みたいなことをやるそう」
「帝都の魔法学院みたいだな……ルイベルの入学を特別なものにしたかったんだな」
父らしいといえば父らしい。となると、父も来るのかもしれない。
「しかし、ミレス側は了承したのか? ミレスはそういうことをやらないイメージだったが」
ティカが答える。
「はい。実は今年、他の国々からも王族の子供が多数入学するそうで。ミレスの教授会を少し覗きましたが、この機会に各国間の融和をはかりたいようですね」
ミレスは平和や種族の平等を理念として掲げている。入学者を通じて、少しでも平和に寄与できれば、といったところか。
ネイトはさらにこう続けた。
「例えば、リュクマール王国から王女ネーレが入学されるそうです」
「ネーレ……あの、邪龍がルクス湾に現れた時、一人で邪龍に立ち向かっていた。強力な水魔法を使っていたよな」
「覚えておいででしたか。それと実はあの後、ネーレ王女は、皇帝陛下に皇子の中で婚約相手にしたい者はいないか聞かれたとき、アレク様に興味をひかれたと答えたそうです」
「そんなことがあったのか……」
エリシアたちのほうから「アレク様、モテモテ!」、と声が響く。
隣で聞いていたユリスは短く「へえ」と言葉を漏らした。
「……興味をひかれたってだけだろ? 別に好意と呼ぶほどじゃない」
それにどうでもいい情報だ。いや、そうでもないのか……
ティカが俺の心を察したかのように真面目な顔で答える。
「好意を持たれているということは決して悪いことではないかと」
「協力を得られるかと」
ネイトも即座にそう補足した。
「頭にはとどめておくよ……ともかく、ルイベルだけでなくネーレ王女や他の国の王族も来るから、ミレス側も盛大な入学式を執り行うわけだ」
ルイベルのように護衛の生徒も多いだろう。今年の入学者は例年の倍になってもおかしくない。
入学式の規模も例年よりも相当大きなものになるだろうな。
本来、入学式は一年に一回、試験の一か月後の春先に行われている。参加しない者も多いし、俺のように途中で入学して式が関係ない生徒も多い。
そんな中、メーレが心配そうな顔で言う。
「たくさんの人間が集まる……気を付けないといけないね」
「リュセル伯爵や悪魔云々抜きに、王族が集まるわけだしな。何が起こってもいいよう、警戒はしておくよ」
すでにミレスの拠点も整備しているし、ミレスの詳細な地図も頭に入れている。眷属たちの助けがあればよっぽどのことがない限り、対応できるはずだ。
「……ともかく、俺たちもミレス行きの準備は整った。ルイベルたちが着く前に、ミレスに戻るとしよう」
エリシアが大きくうなずく。
「はい! それと……入学式の日には、私たちもアレク様の入学を改めてお祝いする宴をいたしましょう!」
また宴かと言いたくなったが、エリシアやメーレなど初めて大学に通う者も多い。リュセル伯爵との正念場でもある。皆の士気のためにも盛大にやろう。
「……そうしよう。拠点も増えてきたし、色々な街から食料を取り寄せよう」
「チュー! 皆で新たな門出を祝うっす!!」
ティアをはじめとする鼠人たちは歓喜の声を上げた。
そうして俺たちはミレスへと向かうことにした。
この時のために、十分過ぎるほどの備えをしてきた。リュセル伯爵であろうと、これでは何もできない──俺は、もう勝った気でいたのかもしれない。
そんなときだった。入学式の半月前になって、あるミレスからの報せが帝国、いや人類国家全土を震撼させる。
それは何度もやり直しを経たユリスでさえも聞いたことのない、前代未聞の出来事だった。
俺がミレスの新聞を広げると、夢にも見たことすらない見出しが躍っていた。
『ミレスに──魔王国王子アシュテが、来る』




