190話 北部の平穏
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「捕らえられなかったか……いや、捕らえようがなかったか」
俺はルダの消えた空を見上げて言った。
エリシアはこくりと頷く。
「霊となっても動ける者を捕まえようがありません……ですが、私たちにとってもひとまずは大収穫かと」
「ああ。まさか黒衣の女──メリエが生きているなんて」
メリエはもともとセレーナやヴェルムの人たちの霊を使役していた。
ルダもメリエによって不死にされ、拝夜教団のために動いていた可能性が高い。
少ししてラーンとメーレがやってくる。
「お怪我は!?」
「大丈夫!?」
俺は頷いて答える。
「皆、無事だ。それよりもメーレ」
俺が注意を促すまでもなく、メーレはルダが遺した灰を見ていた。
「死霊魔法……もしかして」
「ああ、おそらくメリエに使役されていたんだと思う。メリエが仲間だということも認めていた。俺たちのことも、向こうに伝えるらしい。嘘をついている可能性もあるが……嘘を吐く必要性はなかった。おそらく、本当だ」
「やっぱり、生きているんだ……お姉ちゃん」
メーレは目を潤ませ、肩を震わせた。
ラーンがその背中を優しくさする。
ルダの言葉が本当であれば、メリエは生きている。もちろん悪魔としてだが。
ともかく、メーレも俺も、メリエが今まで本当に生きているかは分からなかった。
「……ルダはあの方、と呼んでいた。拝夜教徒の中でも指導的な立場にあるのかもしれない。それが分かっただけでも大収穫だが」
エリシアは神妙な面持ちで頷く。
「向こうに鼠の王が、メリエを探していることを知られてしまった。ですが、すでに鼠の王は大きな話題になりつつあった」
「遅かれ早かれ、いずれは接触してくるか、何かしら手を打ってきたはずだ。向こうの目が俺たちに向くなら、それはそれでおびき寄せたりできるかもしれない」
決して悪いことばかりではない。もちろん、眷属たちが狙われる可能性もあるわけで、今以上に警戒して動く必要はある。
そんな中、俺はマレンがこちらを心配そうに見ているのに気が付く。話の邪魔をしないように気を使ってくれているようだ。
「ああ、ごめん。ともかく、この周辺の危機は去った。結論から言えば、こいつは聖木を集めて悪魔を解放しようとしていた」
「みたい、だね。人間ではなかった」
マレンはルダの灰を見ると妙に納得したような顔をする。
「死霊を操る、黒衣の女……あれって本当の話だったのかな?」
俺はすかさず訊ねる。
「マレンは黒衣の女を知っているのか?」
「そんな人物について記された本を読んだの」
メーレは思わずマレンに訊ねる。
「それは、本当?」
「ええ。題は思い出せないけど、故郷を失った女の、復讐譚。死霊を操って、復讐を果たしていく。読んだのは、南の島で帝国軍に復讐するまでだったけど……」
俺とエリシアは思わず目を見合わせた。紛れもなく、セレーナと部下たちのことだろう。
「まさか、知っているの? 作り話だと思っていたけど」
信じられないといった顔のマレン。一方のメーレも目を大きく見開いていた。
マレンは悪魔関連の本を調べていた際に、見つけたのだろうか。
俺も帝都にある本はそれなりに読んできたつもりだが、やはりミレスの蔵書にはとても敵わないようだ。
続きや著者が分かれば、黒衣の女について新たな手掛かりが得られるかもしれない。
「ミレスの図書館にあるのか?」
「それは……いえ、メルダー先生が持っていた本よ」
「ということは、あの、闇の研究棟に?」
「ううん。先生の机のを勝手に読んだの……先生がいつも鞄に入れて持ち歩いている本の一つ。先生には言わないでよ?」
「もちろん」
メルダーか。ミレスで闇魔法の生徒を担当しているという教師。世界を巡り、ミレスを留守しがちにしている。
帝国外の本も所有していてもおかしくない。
その本だけじゃなくて、もしかしてメリエたちについても何か知っているかもしれない。
「マレン、ありがとう。俺たちが探している人が見つかるかもしれない」
「そ、そう。でも、礼を言うのは私よ」
マレンはルダの灰を見て顔を曇らせる。
「あなたたちはすんなり倒せたけど、もしあなたたちがいなかったら……」
結果としては一人の男が倒れただけ。
しかし、このまま放置していれば、マレンもこの地域も巻き込んだ大災害になっていた。
マレンは先ほどの聖木を見て、途方もない企てがあったと察したようだ。
結局、マレンは悪魔化したのかどうかは分からなかった。この地の悪魔は、あの集められた聖木から形作られた可能性もある。
あるいは、その悪魔と立ち向かおうとしたか……
いずれにせよ、マレンは俺たちが何かとてつもない相手と戦っていると思ったようだ。
マレンは何かを決意したような顔で言う。
「アレク。私、あなたたちのこと──」
「俺たちもマレンに協力を頼みたい。だが今は、後処理が先だ。聖木狩りを追い払い、聖木を森へと戻す」
俺が言うとマレンはこくりと頷いた。
俺は一瞬何か引っ掛かるような気がしたが、ラーンがすぐに口を開く。
「お話中に申し訳ありませんが、ルダと一緒にいた者たちが逃げていきます」
「あいつらか」
聖木を運んできた男たち。ルダに雇われただけかもしれないが、拝夜教徒とつながっている可能性もある。
ラーンが答える。
「私が追跡します。あとでティカさんやネイトさんとともに、彼らの身辺を調査しようかと」
「ああ、頼む。ルダの住まいも気になるからな。同時に、さっきも言ったように聖木狩りたちを追い払う。作戦を立てよう」
こうして俺たちはルダの計画を未然に防ぐことに成功した。
ルダが灰だけを遺して去ってから数日間。俺たちはルダについての情報収集と聖木狩りを行うことにした。
ルダについては、ユリスとティカとネイトが北部の神殿と至聖教団を調べてくれた。
しかし至聖教団の神官として振る舞っていたこと以上の情報は得られなかった。聖木狩りを始めたのはこの地域の街に赴任した十年前からだそうで、それ以前の経歴は教団には残っていなかったのだ。
聖木を運んでいた者たちも特に変わったところもなく、単に雇われたこの地域の村人たちだった。
一つ手掛かりになりそうだったのは、ルダの豊富な資金源がどこからきていたのかということだ。ルダのいた神殿の地下室には膨大な金塊が貯蔵されており、これを使いルダは聖木狩りたちから聖木を購入していたことを窺わせた。
だが、ティカたちやユリスが調べても、その金の出所は分からなかった。
つまりは、それ以上ルダに迫る情報は得られなかった。
それでも、悲観はしていない。ルダの報告を聞いたメリエが何らかの接触をしてくるかもしれない。金塊にしても、取り返しにくる可能性もゼロではないだろう。
また、メルダーからも情報を得られる可能性もある。だから一旦は聖木狩りの駆逐を優先することにした。
「ちゅー!! すげえ炎っす……」
鼠人のティカは草原に広がる大きな炎の柱を見て言った。
今俺たちは、聖木狩りの砦の集まる高原で、強力な魔法を放っている。
俺は闇、エリシアは聖、セレーナは炎……あらゆる属性の強力な魔法を誰もいない高原に放っていた一発撃ったら、次は徐々に砦の近くへ着弾するように放っていく。
少なくとも、帝国でこの規模の魔法を見る事はほとんどない。
やがて聖木狩りの人間たちが砦から逃げ出していくのが見えた。ログル男爵をはじめとした貴族たちが旗や鎧すら投げ捨てて、一目散に逃走するのが見える。
その後を追うように、龍人たちの部隊が空を飛んでいった。龍人の背中には鼠人が乗っており、彼らは聖木狩りを追い立てるように石を投げたり、クロスボウを放つ。殺すようには命じていないので、あくまでも威嚇だ。
「逃げろ!!」
「ど、ドラゴン!? なんだこいつら!!」
抵抗する者は一人もおらず、聖木狩りたちは瞬く間に南の山間部へと逃げていくのだった。
「こんな簡単に逃げるなんて……というか、あなたたちの魔法、どうなってるの?」
マレンは草原にできた大きなくぼみを見て、目を見開いていた。
ミレスで大魔法を見ているはずのマレンでさえ、この驚きよう。誇るわけではないが、俺たちの魔法もだいぶ強力になってきたようだ。
セレーナは自慢するように言う。
「私もアレク様も、まだまだこんなものじゃない! やろうと思えば、あたり一面火の海にできる! 見せてもいいが」
「やめなさい……そこまでしなくても、彼らはもう二度とここに来ようとは思わないはずです。そもそもルダがいなくなった今、すぐに買い取ってくれる者たちもいないのですから」
エリシアがそう言うと、セレーナは少し残念そうな顔を見せた。
一方のマレンはどこか怯えるような様子だった。
──威力はもう十分。拝夜教徒や魔王軍にも劣らないはずだ。あとはどうコントロールするか、魔法を組み合わせるかだな。
また、眷属たちの戦い方も見るたびに洗練されてきているのが分かる。元々軍人だったセレーナの指導のおかげか、各眷属間の連携がうまくなされているようだ。
セレーナは逃げていく聖木狩りたちを眺めて、改めて自慢げな顔を見せた。
「圧倒的だな、我らは。皆となら、あの時見た黒衣の女にも立ち向かえる」
セレーナの表情にはいっぺんの曇りもなかった。相当な自信が窺える。
俺は頷き、マレンに視線を向ける。
「心強い限りだな……マレン、これで聖木狩りはもう戻ってこないはずだ。もちろん、しばらくは俺たちの仲間でこの一帯を見張る」
「ええ。こんな光景を見せられたら、彼らももう二度と近づきたくないと思うでしょう。ありがとう……もうこれで、森を焼かれる心配もなくなる。皆、平和に暮らせるはずよ」
マレンは遠くに残る森の焼け跡を見て、目を潤ませた。
「洞窟に集められていた聖木を戻そう。この際だから、中の闇の魔力や悪魔も除いておきたい」
アルスの地下貯水湖に生えていたのも闇の魔力で覆われていた。ああなる前に、またはルダたちに封印を解かれる前に、事前に手を打っておく。
マレンは涙を袖でぬぐって頷く。
「うん。お父様たちにも話をつけてくる。あなたたちにも、お礼を言うように。それに、あなたたちに協力するよう説得してみる」
「ありがたい申し出だが、無理はしないでくれ」
「いえ、説得してみるわ。でも、いずれにせよ、私はあなたに必ず協力する」
「ありがとう。心強いよ」
俺がそう言うと、マレンは小さく笑う。
「というより、嫌でも協力しないといけないだろうしね」
「嫌でも?」
言葉の意味を理解できないでいると、マレンは俺に背を向ける。
「そうしたら、私は父に報告してくるわ。この光景も、皆森から見てるだろうし、信じてくれるはずよ」
「分かった。そうしたら俺たちは聖木を森の近くまで運んでおくよ」
「お願い。早く終わらせましょう。早くミレスに戻りたいしね」
そう言うとマレンは森へと歩いていった。
森の安全は確保できたが、ミレスには戻るつもりなのか。となれば、鼠の王としてまた色々協力を仰ぐこともできるだろう。
その後、俺たちは聖木を森の近くへと運び出すことにした。洞窟にあった聖木を俺が《転移》で移動させていく。
それから一本ずつ、闇の魔力の反応があれば取り除いていく。
聖木はどれも枯れておらず、元気な状態だった。アルスの地下貯水湖の聖木も、木自体は陽の光がなくても生きていた。育て方にもよるのだろうが本当に強い植物だ。
それから、マレンは父や仲間のエルフと共にその聖木を受け取りにきた。
マレンの父は俺に深々と頭を下げてきた。
しかし、後ろのエルフたちの中には、明らかに警戒感を隠せない者や怯える者もいた。あれだけの魔法を見たのだから、無理もない。
それからマレンの父は聖木を運んできたことに、何度も感謝の言葉を口にした。
宴への招待や、金品での謝礼も申し出てきたが、俺は固辞した。一方で、何かあれば鼠の王に協力してほしい、情報が欲しいと頼んだ。
彼らはまず、自分たちの森を復興させなければいけないし、ルダもすぐに戻ってくるとは思えない。今は緩やかな協力関係で十分だ。
この地域の諜報網は、ヴェルトワの商館を拠点に広げていくし問題ない。
そうして俺たちはノストリアに平穏をもたらした。




