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189話 静かな戦い

 俺たちは洞窟の入り口からほど近い崖上で、ルダを待ち伏せることにした。


 崖下に目を向けると、峡谷の底の細い路が一望できた。そして、一台の馬車がその路をゆっくりと進んでいた。


「やはり、来ますね」


 エリシアがそう呟いた。


 路は洞窟の入り口まで一本道。他に繋がる場所はない。


「道に迷っている様子もない。目的地はあの光の森で間違いないね」


 メーレもそう呟いた。


 聖木をここに集めていたのはルダと見て間違いなさそうだ。先ほどのログル男爵以外の者たちから得た聖木も、ここに運んでいたのかもしれない。


 マレンはそのルダを睨んでいた。今すぐにでも聖木を取り戻したいのだろう。


 もはや泳がせる必要もない──そう考えた時だった。


 馬車が停車する。いきなり止めたのではなく、御者がゆっくりと馬の速度を落として止まった。


 使用人たちは馬車を下りると、聖木を荷台から下ろしていく。


 そのまま洞窟へと運んでいくかと思ったが、地上へと下ろした。


 ルダが命じる。


「見張りをお願いします。あとは私が」


 ルダはそう言うと、周囲に光の魔法陣を展開し、光の精霊のようなものを呼び出す。


「あれは──聖の召喚獣か?」


 俺が言うとマレンが頷く。


「──ニンフ」

「神殿でもよく見る召喚獣ですね」


 エリシアが言うとマレンが補足するように言う。


「簡単な回復魔法や、植物を操る魔法を使えるけど戦闘向きじゃないわ。聖の魔力を使えるなら、誰でも呼び出せるはずよ」


 マレンの言葉の通り、ニンフは聖木を宙に浮かせて洞窟へと運んでいく。


 ルダは使用人たちと別れ、ニンフのあとを追った。


 マレンが訊ねてくる。


「どうする? 向こうから仲間と別れてくれたけど」


 相手はルダとその召喚獣のニンフだけ。もともと御者や使用人はろくな武装もしておらず、脅威には見えなかった。


 洞窟に入られれば、ニンフ以上の召喚獣を呼び出してくる可能性もある。外にいる内に対処しよう。


 俺はエリシアとマレンに視線を送る。


「分かった。俺たちとマレンで仕掛ける」


 それからラーンとメーレに視線を向けた。


「皆はここから御者たちや周囲の警戒を」


 マレンを連れていくのは、マレンの気持ちも考えてだ。とはいえ自分の感情を抑えられているし独断専行はしないはずだ。


 そうして俺はエリシアとマレンと共に、ルダの前に【転移】することにした。


 ルダは突如現れた俺たちを見ると、足を止め愕然とした。


「っ!?」


 突然、目の前に誰かが現れれば誰もが驚く。普通の反応だ。


 やがて恐る恐るこちらに訊ねてくる。


「お前は──鼠の王か?」

「知っているようだな」

「帝都で噂になっているやつ……それにさっき砦で聞いた」

「だろうな。俺も砦で聞いていた」


 そう答えるとルダはごくりと喉を鳴らす。否定するのでもなく、こちらを恐れるように見ている。


 ──普通すぎる。


 俺はウテリアのように落ち着いた反応を見せるのではと身構えていた。だがこのルダは、こちらを見て顔を青ざめさせていた。


 やはりただの至聖教団の下っ端なのだろうか。


 ルダはすぐにその場で平伏する。


「こ、降参だ! 聖木も全部返す!! だから、命だけは取らないで!」


 やがてニンフに顔と手を向けて言う。


「こ、こいつもすぐ引っ込めま──」

「待て」


 俺が言うと、ルダは手を下した。


「な、何故?」

「俺が言うまで一切動くな」


 そう言うとルダは唇を噛んで黙り込む。


 ただニンフの召喚を解くだけだが、聖の魔力は動く。それが何かを発動させるかもしれない。


 例えば、洞窟の中の聖木の魔力に何か作用させる手もあるはずだ。


 ルダはこちらを睨みながらも俺の言う通りに静止した。


「質問に答えろ。お前は、至聖教団か?」

「……だったら殺すのか? どちらにせよ、私は違う」


 ルダは怯えるように言った。


 この態度だけを見れば、自分が至聖教団と言っているようなものだ。


 砦でのやりとりを見れば、至聖教団にしか思えない。また、魔族と同一視されているエルフたちを何とも思わないのも、いかにも至聖教団らしく感じた。


 だから、ルダは至聖教徒──しかし、俺はそう思えなかった。


 聖木をあれだけ集める大掛かりな計画に対して、このルダの反応はあまりに小物すぎる。そして至聖教団を調べていたティカたちの報告に、このルダや聖木についての報告はなかった。


 ──こいつは違う。


 ウテリアのように聖の神の言葉を聞くことができるのだろうか。


 しかし、ユリスはこのルダを知らなかった。


「……では、何者だ?」


 そう尋ねるもルダは口を噤む。


 自分は至聖教団だと思わせたいのだろうか。しかし俺たちが鼠の王と知っているなら、そう簡単に騙せる相手でないことも分かるはずだ。


 とはいえ、これでは黙り込んだままだ。拷問して何かを吐くようなやつにも思えない。


 ここから自発的に何かを吐かせるのは難しいか。


 いや、こいつは鼠の王を知っている。それなら手はある。


 俺は肩の力を抜いて口を開く。


「……やはり、至聖教徒ではないようだな」


 そう答えると、ルダは沈黙した。


 ルダは今、困惑しているはずだ。


 砦での自分の言動を見ているなら、至聖教団としか思えないはずだと。


 先ほど口では否定したが、それをすんなりと信じるとは思わなかったのかもしれない。


 ルダはやがて口を開いた。


「……なぜ、そう思う? 先ほど、砦にいたのを見ていたのだろう? 私は森のエルフどもを襲うようけしかけていたんだぞ」

「魔族を襲うのは、別に至聖教団だけじゃない」


 普通の帝国人でもそういった者たちはいる。至聖教団が魔族嫌いなのは確かだが、魔族嫌いが至聖教団とは限らない。


「それは、そうだな」

「ああ。だから、お前は違う。真の至聖教徒なら、わざわざこのような人目のつかないところに聖木など置く必要などない。すべて、教団に送るだろう」


 ルダの口が少し緩んだのを見て、俺は言葉を続ける。


「──お前、私腹を肥やしているな? 教団に渡す聖木を横領しているのだろう?」


 俺はそう推理を聞かせた。ルダの正体はつまり、表向きは至聖教団に所属する悪徳神官、と。


 もちろん、俺の真意ではない。


 しかし引きつっていたルダの頬は完全に緩んだ。


 自分を熱心な至聖教徒ではなく、金目当ての悪徳神官だと思っている──いかにもな推理にルダは安心したようだ。


 ルダはわざとらしく苦笑いを浮かべて言う。


「ちっ……鼻の良い鼠どもだ。まさか、私を教団に売る……なんて伝手はないよな?」

「ああ。伝手はない。しかしお前を用いて、教団を探らせることはできる」

「つまり、スパイにすると?」

「ならなければ、お前を殺す」

「教団は強大だ。そんな言葉に乗るぐらいなら、ここで死を選ぶ」


 ルダがそう言うと手を少し動かそうとするが、エリシアがすぐに刀を首に突き付けた。


「動かないでください」

「っ……何を言おうが、お前たち魔族の言いなりにはならないよ。だが、交渉なら乗る。聖木は全部、お前たちにあげるよ。洞窟に行って聖木を開放してあげる。だが、代わりに私の命を助けろ」


 自分はお前の言うように至聖教団に所属し私腹を肥やす悪徳神官だ──ルダはそう俺に信じさせようと演技をしている。


 しかしルダは重要なことを口走った。


 聖木の解放……聖木を差し出すのであれば、そんなことをする必要はない。俺たちが聖木について高値で取引されていることぐらいしか知らないと判断したのだろうか。


 だが、俺たちはあの聖木が闇の魔力や悪魔を封印していることを知っている。


 そして、ルダはそんな聖木が集まる洞窟へと行きたがっている。洞窟に行けば、状況を変えられると信じているのだ。


 ここまで分れば十分だ。ルダがあの洞窟でやりたいことは、ひとつしかないだろう。


「解放、か。ルダ……聖木には、悪魔や闇の力が封じられているものもある。もし、そこから聖の力を意図的に抜けば、どうなるかな?」


 強大な闇の力と悪魔が洞窟に現れる。


 隣にいるマレンの肩が少し震えたのが横目に見えた。


 ルダはそれを聞くと、間の抜けたような顔になる。


 普通の人間なら何を言っているかは分からない。しかし、もしこのルダは俺の言っていることを理解しているとすれば。


 ルダはすぐににいっと笑う。


「……へえ、そんなことまで知っているんだ」


 意外にもすぐに観念した。いや、この状況では到底状況を打開できないと判断したのだろう。


 悪魔を意図的に大量発生させようなんてことをする奴らは、俺の知る限り一つしかない。


「……聖の紋章を持つやつもいるんだな──拝夜教徒は」


 ルダは、至聖教団ではない。その対極の、拝夜教徒だ。


 ルダの持つ紋章は、まぎれもなく聖の紋章。彼が闇の紋章持ちを崇拝する拝夜教徒というのは、すこし意外だ。


 ルダは自分の手の甲に視線を落とし、光り輝く聖の紋章を睨んだ。


「何がおかしい? 私が聖の紋章こんなものを授からなかったら……彼女あいつが苛まれることはなかった。彼女が闇の紋章を持っていようと、私はずっと一緒にいてあげられたんだ!! なのに、私がこんなものを持っていたから!!」


 ルダは左手で震える右手を押さえる。自分の手を切り落としたい。そんな風にも感じられた。実際、右手首には痛々しい傷跡も見えた。


 ルダの言う彼女がどんな人物だったかはわからない。しかし、闇の紋を持つ者が、聖の紋章を持つ者が手を差し伸べてくれたときの思いは理解できる。


 自分さえいなければ、聖の紋章を持つ者は幸せになれるのに、と。


 やりなおしの際、俺が何度もユリスに抱いた感情だ。ルダの彼女も同じようなことを思ったかもしれない。


 いずれにせよ、ルダはそんな彼女を守ることができなかった。


 ──説得、できるだろうか。


 俺はルダに言う。


「この世界と紋章が憎いのは、俺も同じだ。だから俺たちは」

「世界を変える、とでも宣うつもりか?」


 天使と悪魔の戦いを乗り越えたとしても、世界が急に変わるわけではない。それでも──


「少しずつでも変えていく。そのために俺たちは戦っている」


 ルダは即座に冷たい笑みを浮かべた。やがて怒声を響かせる。


「……世界が変わる? そんなこと、許せるはずがない!! 彼女がいなくなった世界が美しくなるなんて……そんなことがあってたまるか!!」


 ルダはそういうと、近くの聖木にすぐに手を向けた。


 エリシアはすぐにルダの腕を斬り落とす。


 しかしルダは怯むことなく、すぐにニンフに声を送る。


「やれ!! ──っ!!」


 遠くにいたメーレがすぐに闇魔法でニンフを包む。不利な闇魔法だが、ニンフ程度なら敵ではない。光に包まれたニンフはすっと消えた。


「観念するんだ、ルダ……いや、お前」


 俺はルダの腕を見た。


 ルダの斬られた腕からは血が流れていなかった。断面は黒い影が支配している。


 ルダは腕を見て悔やむ。


「くそっ……どうにもならなかったとはいえ、大失態だ」

「人間じゃなかったのか?」

「人間だよ。体はとっくに死んでいるけどね……」


 そういうと、ルダはにっと笑う。


 俺の頭にすぐにセレーナやヴェルムの霊たちのことが頭によぎった。


 黒衣の女──メリエはなんらかの手段で魂を使役していた。


 このルダも死霊魔法で生かされていたのだろうか。話し方からして、本人が望んだように見えるが。


 俺はルダに訊ねる。


「メリエ、という人物に覚えはあるか?」


 もちろん口を割るわけがないのはわかっている。しかしどんな反応をするか見たかった。


 ルダはそれを聞くと目を丸くする。それから、意外にもこう答えた。


「へえ、あの人を探しているんだ。つまり、あの人のことを知っている……それはいいことを聞けた。これは大収穫だ」


 勝ち誇ったような顔をするルダ。


 ルダはメリエを知っている。


 そして俺たちがメリエを知っていることを大収穫だと言った。


 つまりは、メリエに俺たちの存在を伝えることができると考えていい。


「君たちのことが分かっただけでも、今回は私の勝ちだよ。帝都の地下闘技場のことも、やはり君たちのせいだったんだね、鼠の王」


 そう呟くルダの体は灰となって消えつつあった。


 地下闘技場……リュセル伯爵のことか。


 ルダはメリエだけでなく、リュセル伯爵のことも知っている。そしてルダは拝夜教徒であることを否定しなかった。


 ルダ、そしてメリエとリュセル伯爵は、拝夜教徒で間違いない……


 また、地下のリュセル伯爵は、魔王国とも繋がっていた。


 ……黒衣の女、拝夜教団、魔王国──すべて繋がったな。


 ルダがさらにどんな手を打ってくるか俺は身構える。


 しかし、魔法を使うような素振りはない。やがて俺は、コインに閉じ込められていたヴェルムの霊が空に向かうのを思い出した。


 霊としてメリエのもとに戻る手立てがあるのだろうか。


「……メリエのもとに行くんだな」

「口が裂けても誰にもあの方のことは言えないが、あの方のことを知っているのなら別だ。私があの方に、君のことは伝えておくよ」


 ルダは最後に笑みを浮かべる。


「それじゃあね……ふふ、大失態どころか、大収穫だ」


 そう話すとルダの体は完全に灰となり、そこからほのかな光が空へと飛んでいくのだった。


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