361・落ち着いて話し合いましょう
その後。
私達は家屋の中に入り、襲撃してきた女性から話を聞くことになりました。
「ここが、あなたの家ですか」
室内を眺めながら、そう声を零します。
中は暖炉が焚かれており、橙色の暖かい光が薄暗い室内を灯します。
一方、ものがほとんど置かれておらず、殺風景といった印象も受けました。
「…………」
女性は先ほどから口数が少なく、私達を恨めしそうな目で見ています。
現在、彼女は縄で拘束されています。
少しかわいそうだとも思いましたが、またいつ暴れ出すか分からない……というシキの進言から、こういう形になりました。
「驚いたよ。まさかまだ、フロストガルドで住んでいる人がいるなんてね」
ナイジェルがそう声をかけますが、やはり女性から感じる敵意はそのまま。
「どうして、私達を襲ったんですか?」
シルヴィが優しく彼女に話しかけます。
「それに、村中に仕込んでいた罠だって……ただの住民だと思えません。私達を襲った理由を、まずは教えてください」
「だって……今まで誰も村を訪れなかったのに、いきなり他国の紋章が刻まれた馬車が入ってくるんだぞ……! 敵襲以外に考えられないではないか! しかも禍々しい魔力も感じるし……」
ようやく彼女は口を開いてくれて、シキの方に顔を向けました。
みんなの視線が、シキに集まります。
「おっ。魔力を感知することが出来るのか。かっかっか! 妾を警戒するとは、なかなか判断力があるではないか」
一方、シキはそう楽しそうに笑うだけでした。
……まあ、女性の言うことにも一理ありますよね。
私は一息吐き、彼女の縄を解きます。
「へ……」
まさか解放されるとは思っていなかったのか、女性はきょとん顔。
「なにを企んでいる?」
「なにも企んでいませんよ。私達が勝手に、村に足を踏み入れたのは事実ですからね。いつまでも拘束しておくのは、かわいそうだと思ったんです」
縄が完全に解かれ自由の身になっても、彼女は戸惑いの表情を浮かべるのみで、その場から動きませんでした。
「だが、逃げられうと思うなよ?」
「下手な真似をすれば、すぐに斬る」
ドグラスとファーヴが、女性に鋭い目線を向けます。
「……訳の分からないヤツだ。急に村に来たかと思えば私を拘束して、しかもすぐに解放する」
「私達は、戦いに来たわけではありませんから」
「ふむ……まあ、フロストガルドに攻め込んできたというわけではなさそうだな」
女性は少し腑に落ちなさそうな表情ながらも、ゆっくりと立ち上がります。
「どこに行く」
「逃げはせん。というより、逃げたくても逃げられない……と言った方が正しいがな」
鋭い目を向けるドグラスに、女性は背を向けます。
「少し待っていろ。貴様らも腹が減っただろう?」
そう言い残し、彼女は部屋の奥に消えていきます。
なんでしょう? そう思っていると、女性は両手にお皿を持って、すぐに戻ってきました。
「シチューだ。貴様らの口に合うかは分からんが、礼は尽くそう」
テーブルの上に、シチューが入ったお皿を置いてきます。
私達がお互いの顔を見合いながらも席につき、女性が入れてくれたシチューを口にしました。
しばらくして……。
「美味しかったです」
一息吐き、私はスプーンを置きます。
「体の中がぽかぽかと温かくなる感じで……ありがとうございました」
「毒でも入っているかと思えば、そうではなかったみたいだな。もっとも、妾に生半可な毒など、効くわけがないが」
「僕達のために作ってくれたのかな?」
私に続いて、シキ、ナイジェルが順番に口を動かします。
女性は仏頂面で、
「毒などいれん。少し戦ってみて、貴様らにそういうのが通用しないと身に染みて分かったからな。それに朝に作った余りだ。気にするな」
とそっけなく答えました。
「…………」
一方、ファーヴは空になったお皿の中身を見て、なにか意味深に考え込んでいました。
「さて……そろそろ、あなたのお名前を聞かせてもらってもいいですか? 戦う前、カリスタという名前が聞こえましたが……」
「それが私の名だ。フロストガルドの守り人を務めさせてもらっている」
「そうそう、その守り人っていうのはなんなのかな? 誰もいないはずのフロストガルドに君が住んでいたし、不思議な点ばかりだよ」
ナイジェルがそう質問する。
彼女──カリスタさんは少し考えていましたが、
「……まあいいだろう。話してやる。特段、隠すことでもないからな」
そう言って、ゆっくりと話し始めました。
「フロストガルドは年中、雪に覆われた土地だ。作物もほとんど採れず、厳しい生活を強いられている」
「それなのに、どうしてあなたはここに?」
「それが、私の使命だからだ。フロストガルドの王家に仕え、国を守る──というな」
真剣な顔つきで、カリスタさんが言います。
「フロストガルドの王家……? フロストガルドには、王族が存在しているのか?」
とドグラスが問います。
「存在している。いや……存在していた、と言った方が正しいか。貴様らはこの国ついて、どこまで知っている?」
「あまり詳しくは知りません。猛吹雪のせいで今は誰も住んでおらず、閉ざされた土地だ──と」
「その他は?」
「これは迷信だから、言わなかったけど──」
ナイジェルがそう口を開き、答えます。
「『女王の呪いに触れた、呪われた土地』──だと」
「呪われた土地?」
「それはどういう意味なんだ」
「僕にも分からないよ。何故か、フロストガルドについての歴史的な文献はほとんどないんだ。だけどそのせいで国が滅び、今のような現状を招いている……って聞いたことがある」
私とドグラスからの質問に、ナイジェルが肩をすくめます。
「呪われた土地……あまり穏やかな話ではありませんね」
シルヴィは頬に手を当て、目を細めます。
「話が見えん。結論から話せ。どうして、フロストガルドは滅んだ? ナイジェルの話は本当か」
「まあ待て……禍々しい魔力を持つ者よ。シキと言ったか? 私だって、他国の者に話をする機会なんてほとんどなかったから、慣れていないんだ」
イラつく様子のシキを、カリスタさんは手で制します。
「昔のフロストガルドも雪に覆われた土地であったが、ここまで酷くなかったと聞く。たくさんの人々が住み、他国とも交流があり栄えていた」
「だとしたら、どうして……」
「ナイジェルの言っていることが本当だ。女王の怒りに触れ、呪われた……だから、年中吹雪くような土地になり、人々が離れたと聞いている。まあ女王というのがなんなのかは分からないし、眉唾な迷信である可能性も否めないが」
とカリスタさんは溜め息を吐きます。
フロストガルドも昔は、栄えていた……。
今まで、フロストガルドは誰も住まない土地だと聞かされていたので、驚きです。
そんな歴史があったとは。
「そして、私は守り人の末裔。私の父、そして祖父……ずっと昔から、たとえ国が滅ぼうとも、いつかは再興すると信じて……国を守ってきた」
「辛くなかったんですか?」
「辛い? そのような感情は忘れた。私はこの使命のために、ずっと生きてきたんだからな。他の生き方は知らない」
カリスタさんの言葉は真っ直ぐとしたもので、疑う余地がないように感じました。
暮らすだけでも厳しい土地で、彼女はずっと過ごしてきたんです。実際は当然、辛いこともあったのでしょう。
しかし、彼女は本当に辛いと思っていない。自らの使命を全うするために、生きてきたわけですね。
「……まだ言っていない情報があるだろう」
黙って話に耳を傾けていたファーヴが、ぽつりと言葉を漏らします。
「守り人の末裔は、貴様一人だけではない。他にも複数いるんだろう?」
「……やはり、隠し事は不可能か。その通りだ」
あっさりと答えるカリスタさん。
「王都が近い──他国の者は、“死都”と呼んでいるのだったか? 王都に近いこの村で、私達は身を寄せ合って生きてきた」
「やはり……か。朝に作ったシチューの余りだとは言ったが、一人分にしては多いと思っていたぞ。それにあの罠の数を仕込むのも、一人では不可能だろう」
「まあな。とはいえ、年々守り人の数は少なくなっていった。祖父の代にはもっといたと聞かされたが……」
とカリスタさんは表情を暗くします。
ただでさえ、閉ざされた土地なんですからね。
子を産み育てるのにも、限界があるでしょう。
カリスタさんには悪いですが、年々人口が減っていくのは仕方がないと思いました。
「だったら、他の守り人はどこにいるのかな?」
ナイジェルが問いを投げかけます。
「せっかくだから、挨拶をさせてもらいたいんだけど。僕達が敵じゃないってことを、知ってもらうためにもね」
「今はいない」
断定するカリスタさん。
「いない? 隠すつもりではなかろうな」
シキがぎろっとカリスタさんを睨み、声に警戒心を含ませます。
ですが。
「今更、そんなことをするつもりはない。だが……あれは一週間ほど前だろうか。本当に村から姿を消してしまったんだ。今まで、こんなことはなかったはずなのに……」
カリスタさん自身もよく分かっていないみたいで、声に動揺を滲ませます。
どうやら、嘘は吐いていないようですね。
「なにか、心当たりはないんですか?」





